もしかすると暦とは、一つに、人々が世の権威の所在を知るすべなのかもしれない。
初めての冲方丁作品です。
『天地明察』。
この作品って、個人的にはとんでもないヒット作という印象があります。
受賞した賞だけでもこの通り。
昔からその物の価値を保証するものとして「折り紙つき」「お墨つき」なんて言われたりしますが、つき過ぎなぐらい付けられています。
映画化もされ、ラノベ作家デビューの冲方丁の名前を一気にスターダムへとのし上げた作品と言えるかもしれません。
元々時代小説・歴史小説の類は嫌いではなかったので、いずれ読もう、読もうと思いながらなかなか機会に恵まれずにいましたが、今回満を持して読んでみる事にしました。
あらすじ
本作の主人公は安井算哲。
碁打衆と呼ばれ、大名や将軍家を相手に碁を打つ名門の一家に生まれます。
父の名を受け継ぐ二代目でありながら、偉大な兄安井算知に気を遣って渋川晴海という別称を名乗り、同じ碁打衆の名門である本因坊家の若手・同策に勝負を持ちかけられても、のらりくらりと逃げ回るような体たらく。
晴海は碁打衆の家人としての役割も果たしますが、彼の頭の中には碁よりも算術が占めているようです。
ある日、絵馬に問題を記し奉納するという算額奉納を見に出かけた先で、ほんの一寸の間に自分が頭を悩ませていた問題を解いてしまった天才とすれ違うところから、晴海の算術への傾倒が加速化していきます。
一方ではその才覚を認められ、全国各地を巡って星の緯度経度を観測する測地隊へ参加する事となります。
これをきっかけに、晴海と星との長年に及ぶ戦いが始まるのです。
脇を固める豪華なキャラクターたち
時は江戸、四代将軍家綱の時代。
江戸時代といえばその成り立ちである初代家康、二代目秀忠、三代家光の後は天下泰平、逆に言えばつまらない時代が続くと思われがちです。
物語になるのももっぱら幕末が多いですし。
ところが本書には、徳川時代の数少ない名優たちが登場するのです。
一人は保科正之。
三代目将軍家光の異母弟にして、会津松平家の藩祖。日本史上、屈指の名君との呼び声も高い人物です。
幕末の会津藩において、松平容保が何かにつけて保科正之の残した教えを持出し、判断に困った際の心のよりどころとしていたのは様々な文献・物語に示されているところでもあります。
渋川晴海は前出の兄との関係から会津藩に出仕しており、彼を支える偉大過ぎる存在として保科正之が登場しています。
二人目は水戸光圀。
彼は非常に先進的な考えの持ち主で、かつ血気盛んな“傾奇者”として描かれています。
その強烈な個性から、『光圀伝』という彼を主人公にした物語も誕生しています。
本書の面白さ
ここまではほぼ当たり障りなく書いてきたつもりなんですが……本書の面白さはというと、正直よくわからないのです。
安井算哲というキャラクターは真面目過ぎるぐらい真面目だったり、算学に熱狂的すぎる程熱を上げてしまったり、個性的なキャラクターではあるのですが、そこに感情移入できたり、人間味みたいなものが描けているかというとちょっと疑問。
色々なエピソードが五月雨的に絡まりあって一つの『天地明察』という書を成しているのですが、それぞれが有機的に結びついているかというとそれも疑問。関孝和との算学をめぐるエピソードなどは安井算哲の人間性を表すためには良いけれど、後半まで長々と引っ張るほど重要なものではなかったのでは?
上記は一例ですが、刀の差し方や江戸における米ぶくれの文化など、あまり本筋には関係のない薀蓄がちょくちょくと挿入されるのも集中力を散逸されます。どこもこれもwikipediaやコトバンクからコピペしたような内容だったりするし。
とかく全体的に読みづらく、流れに乗りにくい文章でした。
とにかく感情移入がしにくい。
主人公とともにハラハラドキドキしたり、主人公の行く末を案じたりというのが物語の醍醐味だったりすると思うのですが、いまいち安井算哲が置かれた状況や心情がつかみにくいんですよね。
どうやら窮地に陥っているようなんだけれども、読んでいる側はその量感・質感といったものが掴めず、ただただ傍観者のように安井算哲がおろおろするのを見守るばかり。逆に何かが上手く運んだらしく算哲が涙するようなシーンでも、他人事のようにしか感じられなかったり……。
元々そこまで複雑な物語の構造ではないのですが、いまいち関連性のはっきりしないエピソードを林立してしまったが為に、安井算哲自身の人物像がよくわからない人間になってしまっているのではないでしょうか?
碁も算術も改暦もどれに対しても真剣味も能力も欠いているようにしか感じられず、そのふわっとした生き様が物語そのものの不安定さにつながっているように感じました。
簡単に言うとどこが面白いの?と。
もっと言うと何が描きたいの?と。
だって安井算哲が成し遂げた改暦という事業を通して、彼の生き様を書きたいというような話であれば、いらないエピソードだらけなんですよ。
“えん”なんていうヒロインなんて全く存在理由もないし。
碁にまつわるあれこれについても、本筋と関係ないのなら軽く触れる程度でいいじゃん、と。
安井家と本因坊家の勝負とか、いちいち書く必要もない。
なんでこんな重箱の隅を突くような駄目出しをするかというと、妙なところで細部を書きまくった一方で、一番重要なはずの改暦へと至る終盤はそれこそwikipediaかまとめサイトかと言わんばかりの簡素な文章で片づけられてしまうのです。
詳しくは書きませんが、「実は晴海はこの日に向けてこれやこれやこんな準備をしていました」→「一気に流れが変わって無事改暦が採用されました」といった具合の乱暴さ。
いくらなんでもそりゃないよー。
大して難解な本ではないとはいえ、上下巻読みづらいのを我慢して一生懸命読んできたんだからさ。
『光圀伝』も個人的には気になっていたんですけどね。
本書を読んだ後は、ちょっと読もうとは思えないかな、なんて。
「本屋大賞は玉石混交」なんて言われますが、その言葉を生んだのが本書を選んだ2010年と、よく2011年の『謎解きはディナーのあとで』のような気がするのは、あながち間違いではないのだと思います。
色々といわくつきの映画
まだ記憶に新しいところですが、2012年9月公開で映画化されています。
映画版は岡田君の迫力もあってか、どうも小説版よりも楽しめそうな予感がします。
が……!!!
有名な映画なだけに大ヒットしたという印象があったのですが、どうやら調べてみると実際には全くの逆だったようです。
326スクリーン……つまり全国津々浦々のほとんどの映画館で上映されたにも関わらず、興行収入10億円……。
今なら“爆死”と切り捨てられるレベルでしょうね。
ちなみに本作の“有名度”はこんな事件とも無関係ではないと思われます。
直前に主演俳優の“ゲス不倫”報道がなされた事で、良くも悪くも映画に注目が集まってしまった印象です。
もしかしたら当時の岡田准一ファンからそっぽを向かれた結果が、低調な興行成績に表れたのかもしれませんが……。
そんなお二人、2017年12月についにめでたくゴールインを果たしています。
さらに5月には妊娠まで!
今秋出産予定との事なので、もう間もなく誕生するのかもしれません。
……一応、本作『天地明察』を語るにあたっては触れずにいられない話題かと思いましたので書いてきましたが、個人的には岡田准一・宮崎あおいともに大好きな俳優さんたちです。
岡田君といえばもう間もなく『散り椿』の公開も迫っています。
どうも『天地明察』の撮影を経て、時代劇役者としての道が開けたような側面もあるようですね。
『散り椿』もぜひ映画館で観たいところなんですが、先日『検察側の罪人』を観てきたばかりなので……とりあえず家で『天地明察』のDVDでも観ようかな。
あ、ちなみにインスタの写真は先日至仏山に登った際、山頂で撮影してきたものでした。
尾瀬で至仏山というシチュエーションに合うのは手持ちの中ではこの本以外にありえないと思ったんだけどなぁ。
ちょっと残念な読書でしたね。