本当に、役者という商売は面白い。舞台は面白い。同じホンでも、やる人間でこんなに違ってきてしまう。
興奮冷めやらぬまま、キーボードを叩いています。
さて、この感動をどう記したら良いものか。
今回読んだのは『チョコレートコスモス』。
第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞のダブル受賞した『蜜蜂と遠雷』。
第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞をダブル受賞した『夜のピクニック』。
……等で知られる恩田陸の作品です。
『蜜蜂と遠雷』を読んだら『チョコレートコスモス』を読め!
『蜜蜂と遠雷』で初めて恩田陸に触れたという人が、「他に何かおすすめの作品はあるかな?」と検索した時にヒットするのが上記の『夜のピクニック』と並び、本書『チョコレートコスモス』ではないでしょうか。
本屋大賞も受賞し、恩田陸の代表作の一つともされる『夜のピクニック』と並んで『チョコレートコスモス』が推薦される理由……それは“演劇”の“オーディション”を題材にした上、『蜜蜂と遠雷』と非常によく似た物語の構造となっているから。
実は物語の構造としては非常にオーソドックスな形態です。
- とある「大会」を舞台に「選手」たちが「戦いを繰り広げる。
- 「選手」の中には雑草型から天才肌、エリートまで多種多様なキャラクター。
- 勝負の行方を混乱させるダークホースの存在。
皆さんの頭の中にも何がしかの作品が思い浮かんだかもしれません。
主にそれはスポーツや格闘技を主題にしたものが多いかもしれませんが、意外と名作だったりするのではないでしょうか?
『蜜蜂と遠雷』もそんな構造を利用して書かれた作品です。
『蜜蜂と遠雷』のブログで、僕は上記のように分析しました。
本書『チョコレートコスモス』もまた、オーディションを舞台に多様な女優たちが火花を散らす戦いの物語なのです。
天才・佐々木飛鳥
『蜜蜂と遠雷』では風間塵という一人の天才がダークホースとなり、作中における強烈なスパイスとしての役目を果たしました。
『チョコレートコスモス』で言わば風間塵の役割を果たすのが、大学一年生・若干18歳の佐々木飛鳥。
彼女は全く舞台の経験もないにも関わらず、とんでもない才能を見せつけます。
卓越しているのは模写の能力。
初めて会う人物の仕草や表情、醸し出す雰囲気や空気感までも、そっくりそのまま模写してしまうのです。
彼女はちょっとした興味から大学の劇団に参加し、初舞台で見せた強烈な演技力から、とあるオーディションに参加する事となります。
それは新国立劇場のこけら落としに用意された、伝説的な巨匠・芹澤泰二郎の舞台。
芸能界から大御所と呼ばれる女優や実力派の若手女優、評価急上昇中のアイドル等が参加するオーディションに、素人である佐々木飛鳥が参戦するのです。
オーディションに参加する女優たち
オーディションには数々の女優たちが参加しています。
彼女たちの中で選ばれるのは僅かに2人。
芹澤泰二郎の舞台では主演として2人の女優を軸とする事を予定しており、その為のオーディションなのです。
本書の中で実際に登場するのは佐々木飛鳥に加え、以下の3人。
『岩槻徳子』
往年の映画スターであり大女優。
『安積あおい』
新人ながら女優としての才能を見せるアイドル。
『宗像葉月』
非常に評価の高まりつつある芸能一家生まれの二世女優。
この辺りの配役がなかなかの絶妙さ。
徳子は大女優ならではの落ち着きで、言わば王道・スタンダードな演技を見せますし、あおいは若さを目いっぱい発揮してある意味向こう見ずな立ち回りを演じます。葉月は彼女たちとも違い、若手実力派としての個性的に演じてくれるのです。
同じ舞台を、彼らがどんな風に特徴的に演じるか。
この辺りの描写の卓越さは『蜜蜂と遠雷』に通じる部分があろうかと思います。
一人一人の演奏が終わる度、次はどんな演奏をしてくれるんだろう、なんて本を読んでいるのも関わらず、実際にコンサートホールにいるような気分でページをめくり続けましたもんね。
『チョコレートコスモス』でもあれと同じ興奮を味わえるんですよ。
そして本来は一番最初に触れるべきなのかもしれませんが、彼らとは少し違った立場で当初より物語をけん引するのが、東響子。
彼女もまた葉月同様に役者一家に生まれ、物心ついた時には当たり前のように舞台に立ってきた演劇界のサラブレット。生まれ持った美貌に加え、人気、実力とも若手随一と言われるスター。
彼女は別の舞台であおいと共演し、彼女の才能に舌を巻くと同時に、芹澤舞台のオーディションに参加するというあおいに嫉妬します。そして呼ばれもしないオーディション会場へと足を運ぶのです。
演劇界のサラブレット、という異名にそぐわぬ、プライドをかなぐり捨てたなりふり構わぬ行動に、つい彼女の味方にならざるを得ません。
響子は上の三人の演技を目の当たりにし、芹澤泰二郎監督自身にオーディションを受けさせてくれるよう懇願しますが、「無駄なオーディションはやらない」とピシャリとはねのけられてしまいます。
しかし、迎えた二次オーディション。
芹澤は響子に別の役目を打診するのです。
恩田陸はスロースタート
物語が盛り上がってくるのは一次オーディションが始まる物語後半から。
それまでの約300ページや響子とあおいの舞台上での関係性や、飛鳥の演劇デビュー等、彼らの人間性やこれまでの人生を描いた言わば伏線が中心となります。
その間は冗長さが否めず、正直読むのが捗りません。
これって『夜のピクニック』にも見られたんですけど、恩田陸の特徴というか癖なのかもしれませんね。基本的に前半は盛り上がりに欠けるのです。
しかし、一時オーディションが始まると物語に一気に火が点きます。
やめ時を見誤ってしまい、ついついどこまでも夢中になって読み続けてしまうような状態です。
もしかしたら本作の評価がいまいちなのって、そんなところにもあったりして。
拭えない時代感・未熟さ……
本書は2004年6月から約1年強の間、『サンデー毎日』で連載されていた作品です。
『夜のピクニック』が 2004年5月までの連載でしたから、直後に書かれた作品と言えるかもしれません。
『蜜蜂と遠雷』が2009年4月からですから、約5年の月日が流れている事になります。
そういう意味では、ところどころ“古さ”が目立つんですよねぇ……。
これは『ドミノ』にも見られた傾向なんですが、ところどころで地の文に、作者というか天の声の“語り”的なものが入ってきたりするんです。
そろそろこの辺りで、佐々木飛鳥なる少女がいったいどんな人間なのか、彼女の側から語っておく必要があるだろう。
よく言えば司馬遼太郎なんかではよく見られる語り口です。
でも最近の小説ではすっかり見られなくなったと感じています。
こういう語り口が出るだけで、妙に“昭和感”が出てしまうというか……。
今はこういった前置き無しに、ストレートに書き始めますよね。もしかしたら無駄な文章として、編集さんにカットされてしまうのかもしれません。存在しなくても普通に成立しますから。
その他、『蜜蜂と遠雷』の完成度と比べてしまうと、どうしても“アラ”が見え隠れしてしまいます。
佐々木飛鳥があまりにも生まれ持っての天才過ぎるので、もう少し風間塵的なエピソードや後ろ盾が欲しいとか、他の登場人物に関してもちょっと弱いように感じられたり、とか。飛鳥と同じ劇団員である巽や新垣が一般人の目線の役割を果たしますが、彼らの役割を考えると人物造形としてはもっと薄めで十分なんじゃないか、とか。序盤から視点がころころ変わるから混乱する、とか。
今から数年前の作品なんで仕方がないのでしょうが……。
でも、もし本作を今の恩田陸が書き直したら、とんでもない作品が出来上がったりして。
なんてついつい考えてしまったりしました。
でもさらに深く突き詰めると、本作『チョコレートコスモス』の構造をほぼそのままに、中身を変えて新たに書き直したのが『蜜蜂と遠雷』と言えるのかもしれません。
未完の続編『ダンデライオン』
とにかく熱中してしまい、幸せな読書時間を味わわせてくれた本書でしたが、あとがきによると作者の中では『ダンデライオン』、『チェリーブロッサム』と続く三部作なのだそうです。
しかし、『ダンデライオン』は連載していた雑誌の廃刊により、中断状態となっているそうな。。。
構想はほぼ出来ているのでしょうから、描き下ろしでもなんでもぜひ続けて欲しいところです。
今の恩田陸ならば、きっとどこの出版社でも連載再開を受け入れてくれると思うのですが。
でも……『蜜蜂と遠雷』がブレイクしてしまった今となっては難しいのかな?
完成度で劣る『チョコレートコスモス』の続編よりは、『蜜蜂と遠雷』の続編なりアナザーストーリーの方が需要高そうですもんね。
いずれにせよ恩田陸は意外と多作家でまだまだ未読の本もたくさんありますので、それらを読みながら気長に待ちたいと思います。
少なくとも本書を読んだ事で、僕の中での恩田陸の評価はまた一段と高まりました。
早く別の作品を読みたいですね。
とりあえず積読本に『ネバーランド』があったから、手始めはそれになるかな。
こうご期待!