おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『私はあなたの記憶のなかに』角田光代

 

角田光代『私はあなたの記憶のなかに』を読みました。

以前にも『庭の桜、隣の犬』の記事で書きましたが、映画化もされた『八日目の蝉』を読んで以来、角田光代は僕が大好きな作家の一人です。

 


『八日目の蝉』は原作も、映画版もちょっと内容が違っていて、それぞれが素晴らしい名作となっていますので、未読の方にはぜひおすすめしたい作品の中の一作です。

 

さて、今回読んだのはそんな角田光代が描く短編集。

早速内容をご紹介していきます。

 

”記憶”をテーマに描かれた八つの短編

本作に収められた八つの短編は、いずれも“記憶”をテーマとして描かれたものです。

いつものように簡単にあらすじを記します。

 

『父とガムと彼女』

父の葬儀の席上、久しぶりに見つけた初子さんの姿とともに甘ったるいガムの香りを思い出す。私が小学校四年生の頃までのおよそ三年半、気が付けば家に来ていた初子さんは、もしかすると父の恋人だったのだろうか。

 

 

『猫男』

恋人との旅先で、十八歳の時、人生で初めて中華料理のフルコースを食べさせてくれたK和田君の事を思い出す。他人の弱さに共振し、自分をすり減らす優しさだけが取り柄のK和田君は、大学を中退してそのまま行方知らずになっていた。

 

 

『神様のタクシー』

寮で同室の先輩ハミちゃんはルールに厳格過ぎるが故にみんなから煙たがられる厄介者。しかし、彼女とは対照的にお洒落で目立つ泉田さんが学校を辞めそうと知ると、ハミちゃんは妙に泉田さんを気にする素振りを見せる。

 

 

『水曜日の恋人』

お母さんには、イワナさんという若い恋人がいた。中学生の私は、高校生か大学生ぐらいのイワナさんと母との関係を不思議に思いつつも、自然に受け入れていた。

 

 

『空のクロール』

一度も泳いだ経験のない私が、高校入学を機に水泳部に入部する。同級生の梶原さんはそんな私が泳ぐ姿を「瀕死の老人が泳いでるみたいだから」とババア呼ばわりし、いつしかそれは私のあだ名になる。

 

 

『おかえりなさい』

二十歳の頃のぼくは、友人の勧めで宗教団体のパンフレットを訪問配布するというアルバイトを始める。そんなある日、たまたま訪れた一軒の家で、年老いた老婆がぼくを「おかえりなさい」と恋人を迎えるかのようにもてなしてくれる。

 

 

『地上発、宇宙経由』

大学生の晶に、知らない主婦ちひろから間違えてメールが届く。どうやら元の恋人宛と察した晶は、元恋人のフリをしてやり取りを重ねる事に。携帯メールが普及し始めた頃を舞台に、メールが結び合わせる現在や過去の人間関係の絡みようが楽しい作品。

 

 

『私はあなたの記憶のなかに』

表題作。さがさないで、という書き置きを残していなくなった妻を探し、思い出の場所を尋ねる夫の話。

 

 

角田光代の持ち味は短編でも全開

いやぁ、良かったです。

正直、とんでもなく胸に響くような作品はありませんが、どれもこれも角田光代らしいどこかダークで、ほろ苦くて、ビターな香りの漂う作品ばかり。

 

『八日目の蝉』もそもそも「不倫相手の赤ん坊をさらって自分の子どもとして育てる」という大きな捻じれから始まるわけですが、物語が進むにつれて、誘拐犯と被害者の構図であるはずの主人公ど子どもの間に実の親子とそん色ない絆のような物が芽生えてくるという、なんとも説明できない複雑な気持ちにさせられる作品でした。

 

本作に収録された作品にも、同じような構図が垣間見る事ができます。

 

『父とガムと彼女』や『水曜日の恋人』では、親の愛人という捻じれた関係にある人物と子どもが、傍目には完全におかしな間柄であるにも関わらず、当事者たちはなんの違和感もなくやり取りを重ねていきます。この「傍目にはおかしい状況なのに、当事者達にとっては至って普通」という状態を描くのが、角田光代は本当に上手いです。

 

個人的なイチ押しは『おかえりなさい』。

痴ほう症の老婆が、見ず知らずの若い男に亡き夫の姿を重ね、甲斐甲斐しくお迎えする様には胸を撃たれるものがあります。罪悪感を抱きながらも、訪問を重ね、勧められるがままにもてなしを受ける大学生の心持ちも非常にリアルなものです。

浦島太郎のような二人の関係がどのような結末を辿るのかは……ぜひとも実際に読んでいただきたいと思います。

 

角田光代、やっぱり良いですね。

久しぶりに小説らしい小説を読んだ、という実感が湧いています。

 

まぁ、あまり万人受けする作風ではないのかもしれませんが……個人的には地道に応援していきたいと思います。

 

 

 
 
 
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『少女は卒業しない』朝井リョウ

あたしは知ってる。ずっとこういう日々が続けばいいって願ってしまった時点で、続かないってわかってること。わかってるんだ、あたしも寺田も。言わなきゃいけないことがあること。

朝井リョウ『少女は卒業しない』を読みました。

ご存知の通りこのところ短編集ばかり選んで読んでいるのですが、真っ先に候補に挙がったのが本書でした。

 

朝井リョウは第148回直木賞を受賞した『何者』以来大好きで、当ブログの中でも取り上げる事の少なくない作家です。

 

これまで読んできたのはよりによって長編ばかりでしたが、朝井リョウの手掛ける短編がどんなものになるのか。読む前から期待が膨らまざるを得ません。

 

 

卒業式。取り壊される高校。

本書は7人の少女達それぞれの視点から描かれた短編集となっていますが、共通しているのは同じ高校の最後の卒業式であり、別の高校との合併を控えたその校舎は、翌日には取り壊されてしまうという点

卒業式の同じ日、同じ時間を過ごす7人の物語なのです。

 

『エンドロールが始まる』

 図書室の先生に特別な想いを寄せる作田さんこと私。先生に会いたい一心で図書室に通い、本の借り続けた私にとって最後の本の返却日が、目の前に迫る。

 

 

『屋上は青』

 卒業式を迎える孝子の下に、尚輝が会いにやってくる。ダンサーを目指し、芸能事務所にも所属する彼は、高校三年を迎える前に学校を辞めてしまった。とうに立ち入り禁止となった東棟の屋上に忍び込み、尚樹は孝子のためだけにダンスを披露する。

 

 

『在校生代表』

 生徒会の書記を務める亜弓は、在校生代表として送辞を読み上げる。しかしそれはありきたりな送辞ではなく、自身が生徒会に入ろうと思った経緯や、その後の日々、そして一人の先輩への想いを伝える手紙だった。

 

 

『寺田の足はキャベツ』

 女子の後藤と男子の寺田。それぞれバスケ部に所属していたみんなから公認のカップルだったが、浪人して地元の大学を目指す寺田を残し、東京の大学に進学する後藤にはずっと言い出せない想いがあった。

 

 

『四拍子をもう一度』

 卒業式後、取り壊しとなる校舎で行われる最後の卒業ライブ。軽音楽部の元部長杏子は、控室で困惑していた。間もなくステージを控えたビジュアル系バンド【ヘブンズドア】の衣装やメイク道具が消えてなくなってしまったのだ。

 

 

『ふたりの背景』

 カナダからの帰国子女高原あすかは、高校一年生の時に転入してきてからもうまくクラスに馴染めずにいた。そんな彼女が唯一心を開いていたのは、美術部の正道くんと彼がいるH組――しかしそれは、知的障害の子たちのクラスだった。

 

 

『夜明けの中心』

 東棟の幽霊に会いに、深夜の東棟に忍び込むまなみ。そこには香川がいた。香川はまなみの恋人だった駿の友人であり、同じ剣道部のライバルだった男だった。

 

 

それぞれが微かに重なり合う連作(?)短編

同じ学校、同じ時間を舞台としているだけあって、それぞれの話にはそれぞれの登場人物の話題が出てきたりします。

生徒会長の田所君の名前は、特にちょくちょく登場するようです。

 

ただし、決して物語そのものがリンクしているわけではありません。

朝井リョウの処女作『桐島、部活やめるってよ』において、話題の中心である桐島君は一度として姿を現さず、あくまで各登場人物の口から彼の名や人柄が語られるという斬新な描かれ方をしましたが、それを彷彿とさせるものがあります。

 

『在校生代表』の後、『寺田の足はキャベツ』が始まってすぐ亜弓の読んだ破天荒な送辞が早速話題になっていたりすると、思わずクスリとしていまいます。

 

ただまぁ、率直に言ってしまえはそれがどうした、というところでしかなく。

 

全体的にどこか既視感のある物語が多く、さらにパンチにも欠けるという微妙な作品が多かったです。

『寺田の足はキャベツ』における高校生カップルの瑞々しいやり取りこそ流石だなと唸らされましたが、逆に言うと読み終えた後に印象として残っているのはそのぐらい。『屋上は青』はダンスそのものよりも「学校辞めたけどダンサーとして成功しつつある幼馴染みスゲー」な典型的ヤンキーアゲなストーリーに辟易ですし、『在校生代表』はラノベとしてもちょっと非現実的過ぎ。『四拍子』は目茶苦茶過ぎてノリが痛く感じ、読むのがただただ苦痛でした。

 

『ふたりの背景』は悪くないテーマではあるものの、帰国子女の変わり者と知的障がい者という関係性がちょっと素直に受け入れがたく、『夜明けの中心』も決して悪くはないのですが、やっぱり既視感に既視感を重ねたようなチープさが残念だったり。

 

総合的に見て、どうも朝井リョウらしからぬラノベっぽさが妙に色濃い作品集だったように思います。短編という文字数が限られていた事も関係しているのか、いつもであれば見られるようなキラリと光る文章も非常に少なかったという印象。

 

個人的に、朝井リョウ作品の中ではワーストかな。

基本的にこつこつこつこつ伏線を重ねて行って、終盤で爆発させるタイプの作品を書く作風なだけに、短編作品は向いていないのかもしれませんね。もちろん、この一冊でそう断じるつもりはありませんが。

 

期待が大きかっただけに、残念でした。

 

 

 
 
 
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『おしまいのデート』瀬尾まいこ

洋食であろうが和食であろうが、出来合いのものはなんとなく味が似ている。味付けはものによってさまざまだけど、どれもわずかにピントがずれていて、そのずれ具合が同じなのだ。

すっかり間が空いてしまいましたが、瀬尾まいこさんの短編集『おしまいのデート』を読みました。

彼女の作品を紹介するのは『幸福な食卓』以来となります。

 

 

デートをテーマとした5つの短編集

本書に収められた作品は全てデートをテーマとしています。

いつもながら、下記に簡単なあらすじを記します。

 

『おしまいのデート』

 表題作。両親が離婚し、母親に引き取られた主人公は毎月第一土曜、じいちゃんに会う。父さんの再婚を機に、相手はじいちゃんに変わったのだ。しかしそれも、今日で最後を迎える事になる。

 

 

『ランクアップ丼』

 毎月二十四日の給料日、かつての恩師である上じいと学校近くの食堂で玉子丼を食べる。学生時代に上じいにごちそうになった分を返そうと、彼女とのクリスマスイブをすっぽかしてまで欠かさず繰り返される恒例行事。しかし最後となる二十一回目、上じいではない人物が主人公の目の前に現れる。

 

 

『ファーストラブ』

 それまで疎遠だったクラスメイトの宝田に遊びに誘われる主人公。一緒に映画を見、宝田が作って来たという食べきれないほどのお弁当を食べる。男同士のデートに、主人公はどこかいたたまれない気持ちに襲われる。

 

 

『ドッグシェア』

 三十を過ぎ、離婚を経て一人で暮らす私。彼女の日課は、公園に住み着いているポチに餌を与える事だった。ある日の事、ポチの側には大量の餃子が。あくる日にはエビチリが。誰が何のためにこんな事をしているのか。主人公は相手への接触を試みる。

 

 

『デートまでの道のり』

 保育園で働く私は、カンちゃんの父親である脩平さんと密かに交際している。脩平さんは今度は三人で会いたいというものの、カンちゃんが心を開いてくれないうちはと拒む私。

 

 

上質な薬膳スープ

解説で、吉田伸子さんは本書を「上質な薬膳スープ」と言い表しています。

 

 瀬尾さんの物語も同様、いつも、いつでも、読むと心にすぅ~と沁みて来る。胸の奥にぽっとあかりが灯ったようになる。どんな時でも、読み手をすっぽり包み込んでくれる。

 

まさに言い得て妙かな、と。

 

逆に言うと、わざわざお洒落をして出かける高級料理とは違います。

口に入れた瞬間、衝撃が脳髄まで駆け抜け、食後も陶然と酔い痴れてしまうような類のものではないのです。

 

興奮して夢中でページをめくるのではなく、その時の気分に任せて味わうように読み進める、そんな作品かなと思います。

 

一般的にはハラハラドキドキしながら一気読みさせられるような作品が注目されがちで、本書のような作品というのは評価されにくいのはわかっているのですが、飽きられにくく、長く読み続けられる作品と言えるでしょう。

話題になる作品って、どうしても一過性のブームになりがちですしね。一度読むと、一気に味が薄れてしまうものも少なくないですし。その点本書のような作品というのは、何度でも読み返す事ができます。

衝撃的なインパクトこそありませんが、表題作『おしまいのデート』の中で描かれる祖父と孫娘のほろ苦い空気感などは、じんわりと心に染み込んで消え難いものがあります。

 

皆さんも、たまにはこういった作品を手にしてみてはいかがでしょうか?

 

 

 
 
 
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『5分後に慄き極まるラスト』エブリスタ

そうして、そうして姉はあっという間に、真っ青な花を満開に咲かせた、一樹の贄桜と成り果てた。

 

さて、予告通り今回ご紹介するのはエブリスタの『5分後に慄き極まるラスト』。

前回書いた『5分後に涙が溢れるラスト』と合わせて発売された作品です。

 

改めてご紹介すると小説投稿サイト「エブリスタ」と河出書房の間から「5分シリーズ」という人気シリーズが出版されています。主にはエブリスタ上のミニコン受賞作品の中から、それぞれテーマに基づいた作品を抜粋してアンソロジー短編集として書籍化したものです。

 

『5分後に慄き極まるラスト』と『5分後に涙が溢れるラスト』は、その中からさらに抜粋した13編ずつを文庫化したものです。

 

前回の記事をお読みの方はご存じかと思いますが、正直言うと『5分後に涙が溢れるラスト』は微妙だったんですよねぇ……。

 

さてさてそれでは、赴き異なる本書についてご紹介していきましょう。

 

 

「慄き極まる」をテーマとした13の作品

本アンソロジーのテーマは「5分後に慄き極まる」。

恐怖系の作品ばかり13作を収めたと言う事です。

 

どれも8,000字程度を目安として書かれた作品らしいので、その中で感動を起こすのはなかなか難しいと思うのですが……順に紹介していきましょう。

なお、前回に引き続き、せっかくなので小説投稿サイトエブリスタの該当作品ページへのリンクも設置します。

 

 

『フォルダ』

 結婚を決めた彼とともに両親への挨拶を済ませる私。しかし車の中で一枚のSDカードを見つける。そこには彼の秘密が隠されていて……。

 https://estar.jp/novels/23677193

 

 

『暇つぶし』

 「助けてください。私は監禁されています」

 突如送られてきたメールとやり取りを交わし、友人とともに現地へと向かう私。その先に待っているものとは……。

 https://estar.jp/novels/23648471

 

 

『幽閉』

 気が付くと、闇に包まれていた私。どうやら乗っていた飛行機が墜落し、私はトイレに閉じ込められているらしい。脱出もできず、周囲から物音すらない中、妻とメールを交わし続ける私。

 https://estar.jp/novels/23639175

 

 

『七歳の君を、殺すということ』

 ある日突然、通り魔に母を殺された僕は、過去にタイムスリップし七歳の頃の犯人に会いに行く。母を殺される前に、犯人を殺そうと……。

 

 

『風と雪と炎』

 雪山で立ち往生し、ビバークを決める登山家。そこに道に迷ったもう一人の登山家がやってくる。登山家は一人より二人の方が心強いと、自分が掘った雪洞の中に相手を迎え入れる。その数年後――

 https://estar.jp/novels/24980845

 

 

『探偵ごっこ

 不倫カップルや横領など、社内で起こる数々の悪事を匿名メールで糾弾する男。

 https://estar.jp/novels/23916577

 

 

『姉は桜になりました』

 人の体を栄養に育つ贄桜の生贄に選ばれた姉は、体内に種を宿したまま過ごしたある日、ついに開花の日を迎える。一人の少女が巨大な贄桜に変貌し、美しい桜を咲かせる狂気的なシーンは必読。

 https://estar.jp/novels/24560879

 

 

『花嫁の新しい彼氏』

 勘違いから交際がスタートし、結婚まで至ったものの花嫁は不満だらけ。結婚そのものも今さら引くに引けないという理由だけで強硬した花嫁は、友人や親せき総出で新郎へのディスリスペクトを繰り返す。それに対し、新郎が取った行動とは……。

 https://estar.jp/novels/25316677

 

 

『最後のチャンス』

 執行の日に怯えながら日々を暮らす死刑囚。彼は自分が冤罪であると主張するものの、既に判決が出た後では受け入れられる事もなかった。そんな彼が遂にその日を迎える。ところがそこに、真犯人逮捕の一報が入り……。

 https://estar.jp/novels/25274979

 

 

『横領したのは上司です』

 銀行員の主人公は、偽造と偽装を重ねて上司自身が横領したかのように工作する。事件が明るみになる頃、本人は海外へと高飛び。しかし、絶対に捕まることはないう確信があった。

 https://estar.jp/novels/25310803

 

 

『IF』

 20年ぶりに小学校時代の仲間2人と再会した博嗣は、過去の思い出話に花を咲かせる。しかし記憶のそこかしこに引っ掛かりを覚える。もう一人、大事な人間を忘れている気がする。

 https://estar.jp/novels/24945552

 

 

『あかんおじさん』

 信号無視をしようとする子供の前に、必ず現れるというあかんおじさん。私もまた、その存在を目にしてしまう。信号無視をした子は、あかんおじさんに呪い殺されるというのだ。ある日、私の目の前で知らない男達が噂の真偽を確かめようと、信号無視をしようとするが……。

 https://estar.jp/novels/25504863

 

 

ハンバーガー店で女子高生が言ってた海の話』

 メンヘラ気質のある妻に愛想を尽かし、度々送られてくる離婚届を本当に役所に提出する事で離婚を果たした男。たまたま夕飯を求めて入ったハンバーガー店で、隣の女子高生が自分の元妻によく似た女について話しているのを耳にする。

 

 

良い……!!!

前回『5分後に涙が溢れるラスト』の記事ではとにかく微妙と酷評してしまったのですが、同日発売されたこちらの『5分後に慄き極まるラスト』は非常に良作揃いでした。

 

初っ端『フォルダ』『暇つぶし』もなかなかですし、『七歳の君を、殺すということ』もかなり読み応えのある内容でした。なかでも個人的にイチ押しなのは『姉は桜になりました』。

いよいよ開花の日を迎え、姉の体が桜に変貌していくシーンは非常にグロテスクでありながら、妙に神秘的で美しくもあるという言葉には言い表わす事のできない感動を与えてくれました。

『あかんおじさん』の捻りを加えたストーリーも秀逸です。

 

『5分後に涙が溢れるラスト』と『5分後に慄き極まるラスト』で迷った際には、ぜひ本書を強くおススメします。

好みもあるかもしれませんが、個人的には圧倒的に後者の方が面白く読ませていただきました。

 

 

『七歳の君を、殺すということ』と『ハンバーガー店で女子高生が言ってた海の話』以外は上にエブリスタのリンクも置いておきましたので、気になる方は一つぐらいお試しで読んでみてはいかがでしょうか?

 

 

 
 
 
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『5分後に涙が溢れるラスト』エブリスタ

今回読んだのは『5分後に涙が溢れるラスト』。

小説投稿サイトエブリスタと河出書房がタッグを組み、エブリスタに投稿された作品の中からテーマに相応しい作品を抜粋して書籍化したという一冊。

 

最近では短編小説に嵌まっていると言っていますが、そんな中、ふと気になる記事を目にしました。

 


空前のショートショートブーム!!!

 

記事によると、

全国の小中高校で1日10分程度実施される「朝の読書」で1話ちょうど読み切れる程度の分量の短編をまとめて本としてパッケージングすることに、大きな需要があったからだ。

という事情が背景にあったそうです。

 

確かにジュニア小説レーベルの棚を覗くと、隣に『5分で切ない~』『5分で読める~』といったタイトルのアンソロジー作品が各出版社から出版されている事がわかります。

以前から「最近の子にはこういうのが人気なのか」と気にはなっていましたが、ブームは子供だけではなく、大人にも広がっているというのです。

 

そんなわけで今回は、僕の苦手なネット小説へのチャレンジの意味もあって、エブリスタと河出書房の出版である作品を手に取ってみました。

こちらの作品は文庫化作品と言う事もあり、子供向けではなく大人向けとして棚に並んでいますしね。

 

さてさてどんな作品が収められているのか、詳しくご紹介していく事にしましょう。

 

 

「涙が溢れる」をテーマとした13の作品

本アンソロジーのテーマは「5分後に涙が溢れる」。

感動必須の作品ばかり13作を収めたと言う事です。

 

どれも8,000字程度を目安として書かれた作品らしいので、その中で感動を起こすのはなかなか難しいと思うのですが……順に紹介していきましょう。

なお、せっかくなので小説投稿サイトエブリスタの該当作品ページへのリンクも設置します。

 

 

『不変のディザイア』

 一年前の自分にメッセージを送れるというアプリを手に入れたオレ。早速、遼子という女性と別れろとメッセージを送る。その度に今目の前の現実とオレの記憶は変わり、都度不幸な結末を招いてしまう遼子との関係もめまぐるしく変化していく。

 https://estar.jp/novels/23845320

 

『うばすて課』

 超高齢化社会を迎えた世界、ヘブンと呼ばれる高齢者施設への入居の可否を判断するケースワーカーとして勤務する事になる僕。しかし僕には、人の心が読めるという生まれ持った能力があり、涙ながらに生活困窮を訴える面談者のどす黒い裏の顔まで見えてしまう。

 https://estar.jp/novels/23846178

 

 

『ぼくが欲しかったもの』

 無精子症と診断された事により、婚約を破棄された僕はずっと気になっていた喫茶店を訪ねる。マスターや居合わせた客とのやり取りにより、結婚のみを目標としてきた僕が生き方の多様性に目覚める。

 https://estar.jp/novels/24006662

 

 

『隣の家のホームレス』

  家の隣の空き地に、ある日突然ホームレスが住み着いた。ホームレスは子どもである僕達の人気者になるものの、親達は眉を潜め、近寄るなと叱責する。そんなある日、ホームレスの意外な正体が明らかになり……。

  https://estar.jp/novels/23733021

 

 

『なつのかけら』

 夏休み、海に近い祖父母の家で過ごしていた私は、はるにれ君というちょっと不思議な男の子と出会う。はるにれ君とともに、ラムネのガラス瓶に、砂やレジン液を入れて作る工作に夢中になる私。しかし翌年再び祖父母の家を訪れた私に、意外な事実がもたらされる。

 https://estar.jp/novels/24272491

 

 

『レシピ』

 義母が亡くなったと聞き、母の実の娘が遺産を求めてやってくる。金、金と求める彼女に対し、兄弟は母が残した貯金通帳とともに彼女に料理を振る舞う。

 https://estar.jp/novels/24353415

 

 

『もしも最愛のあなたとの約束を守ったとしたら』

 朝食の準備を整え、起こしにいった夫に対し、「ところで、あなたはどちら様ですか?」と問い返す妻。夫は出会った頃からの想い出を呼び覚ます。

 https://estar.jp/novels/24994266

 

 

『38℃に想いを込めて』

 失踪した姉の代わりに、4歳の姪を預かった私。育児放棄されていた彼女はハウスダストやアレルギーにより真っ赤に腫れ上がった可哀想な肌をしていた。そんな彼女が高校を卒業し、春からは専門学校へと進学する。

 https://estar.jp/novels/24997187

 

 

『ひじきのこころ』

 小さな身体のぼくことひじきが紡ぐちいちゃんの家族のお話。大好きだったちいちゃんが男の人を連れてきて、やがて特別な日を迎える。

 https://estar.jp/novels/24748217

 

 

『渡せなかったプレゼント』

 父の日に向けて腕時計を用意する僕。そんな僕に、父は母親が見つかったと告げる。僕は母の連れ子で、父は母が置き去りにした血の繋がりもない僕をずっと育ててきてくれたのだ。また一緒に暮らしたいと言う母の言葉に戸惑う僕に、父は「俺はお前のお父さんじゃない」と冷たく言い放つ。

 https://estar.jp/novels/24917867

 

 

『彼女の嘘と俺の隠し事』

 5年間付き合って来た華の秘密に気づく俺。彼女は自分を見ていない。ずっと一緒にいて、そんな事にも気づかないと思ったのかと俺はショックを受ける。そんな俺に、華は別れを切り出す。

 https://estar.jp/novels/25058266

 

 

『コバルトブルーに切り取って』

 広樹と春子という二人の同級生とともに絵に打ち込む主人公。才能に溢れる反面、口の悪い春子は揃って美大を目指すという二人に反し、自分は絵の道になんて進まないと言い放つ。

 

 

『さよならはみどりいろ』

 祖父が自費出版で書いた絵本を、毎日ランドセルに入れて持ち歩くわたし。小学二年生を迎えた時、一人の少年が転校してくる。他のみんながわたしを馬鹿にする中、彼だけはすごいなと褒めてくれた。しかしそんなある日、彼は私の大事な絵本に……。

 https://estar.jp/novels/25242134

 

 

……涙?

単刀直入に結論から書きます。

 

……微妙でした。

 

WEB小説だから、という言い訳は別にしても、何万とある作品の中から選びに選び抜いた13作品にしてはその……ううん。

 

8,000字という制約の中ではこうならざるを得ない面はあると思うんですけどね。

より多くの感動を与えるためにはベタに起承転結を遵守せざるを得なかったりもするでしょうし。

 

でもどれもちょっと既視感があるというか、読み始めた段階である程度先が読めてしまう作品ばかりだったように思います。

涙が溢れるかどうかはともかくとしても、大きく胸を揺さぶられる作品は残念ながらなかったかなぁ。

 

エブリスタの「5分シリーズ」そのものに懐疑的にならざるを得ないわけですが、実は本書と同時に発売された『五分後におののき極まるラスト』も購入していますので、次回はそれも読んだ上で改めて評価を記したいと思います。

 

 

 

 

 
 
 
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『天に遊ぶ』吉村昭

「あんたたちは、文学をやっているそうだな。日比野の父親は、息子がなにやらわけのわからんことをやっている、と嘆いていた。そんなことをしているから疑いをかけられるんだ」

さて、今回読んだのは吉村昭『天に遊ぶ』。

当ブログで紹介するのは初めてですが、実は僕、この吉村昭という作家が大好きです。

初めて読んだのは確か中学生の時。教科書か何かで知った『関東大震災』を読んで、淡々と起こった出来事だけを記すリアルさに戦慄したものです。

 

以後、北海道の三毛別羆事件を描いた『羆嵐』や黒部第三発電所のためのトンネル工事を描いた『高熱隧道』等々を読みましたが、実際に起こった事件や出来事を下敷きとして書かれる作品はどれもドキュメンタリー映画を見ているようで、最後まで興奮冷めやらぬまま一気読みしました。

 

『天に遊ぶ』はそんな社会派小説化吉村昭が描く短編集。

しかも一作が原稿用紙10枚分という、超がつくほど短いショートショート作品群となっています。

 

 

ざっくりあらすじ

細かく感想を書くまでもない短い作品ばかりですからね。

いつものごとく下記にざっくりとしたあらすじを記します。

 

 

『鰭紙』

 南部藩における天明の飢饉(1782~)の実態を調べる男の話。飢えのあまり人肉すら食べたエピソード等。史料に残すべきもの、敢えて省くものの取捨選別。

 

『同居』

 独身の部下に見合い相手を紹介し、お互いに気に入ったと思いきや……彼女の自宅を訪問し、そこにいる同居相手に困惑する。

 

『頭蓋骨』

 北海道のとある漁村で、その昔避難民を乗せた船が沈没するというエピソードを小説家が取材。たまたま網にかかった幼児の頭蓋骨が「大きな毬藻」のようだったという言葉に、大きな感銘を受ける。

 

『香奠袋』

 著名な作家の葬儀のため、集まる編集者たち。都度訳知り顔をして受付に交じるという香奠婆さんの話題で盛り上がる。

 

『お妾さん』

 幼少時住んでいた町には、お妾さんの住む家が多くあった。時々外から目にする妾宅からは俗世離れした雰囲気を感じるものの、空襲騒ぎのさ中、娘とともに心細そうに身を寄せ合うお妾さんの姿に憐みを感じる。

 

『梅毒』

 井伊直弼を暗殺した現場指揮者、水戸脱藩士の関鉄之介。彼は梅毒を患っていたとする不名誉な噂が流布されていたが、調査をしたところ、彼は梅毒ではなく糖尿病に冒されていたことがわかってくる。

 

『西瓜』

 別れた妻と喫茶店で再会する男。妻は元夫である自分の部下に結婚を迫られているという。関係を疑う元夫に、彼女は想像するのも気持ち悪いと吐き捨てる。別れたのは夫の浮気が原因だったが、わざわざそんな事のために呼び戻すと言う事は夫と復縁したいという事なのだろうか。

 

『読経』

 父の葬儀の際、昔自分の家に居候していた男と三十数年ぶりに再会する。彼は自分の不注意で弟を死なせてしまい、精神的な落ち込みを不安視した両親が、主人公の家に預けたのだ。葬儀の間、僧のお経に合わせて読経をする彼のよどみない声に、連日読経を繰り返して来た事を想像させられて胸が痛む。

 

『サーベル』

 大津事件にて、ロシアの皇太子ニコライを暗殺した津田三蔵の末裔M氏に取材のため会いに行く。津田の血の継承者としてどんな迷惑をこうむって来たかと尋ねたところ、どんなに時間が経っても、どこで調べてきたのか研究者と称する者が絶えず訪れると言われ、恐縮する。

 

『居間にて』

 伯父が亡くなった事を、脳卒中から寝たきり状態となっている伯母に伝えるべきか相談。ついに伝えたという兄にその時の様子を確認していたところ、布団を被り、泣いているかと思いきや、伯母は笑っていたのだという。

 

刑事部屋』

 出張から帰宅したところ、部屋の前で待ち伏せしていた刑事に警察署まで連行される男。大学時代の友人が殺された事件について、嫌疑がかかっているのだという。結局犯人は別件で逮捕され、無罪が判明するものの。

 

『自殺』

 元気がないと運ばれてきた犬を診察したところ、肺癌を患っている事が判明。既に成す術もないため、弱って来たタイミングを見て安楽死させようと医師は提案。しかしその後、飼い主の隙をついた犬は道路に飛び出し、車にひかれて死んでしまう。今まで一度としてそんな行動をとった事はないだけに、自殺ではないかと医師と飼い主は話す。

 

『心中』

 自殺した女性の下で、ナイフで刺されたダックスフントが発見された。運び込んできた警察の求めに応じ、医師は手術を施して犬の命を救う。その後犬は、女性の息子に引き取られていった。

 

『鯉のぼり』

 孫が交通事故で死んだ後も鯉のぼりを上げ続ける老人に、深い悲しみを感じる。その後、物干し台に衣類を干すのは爆撃機に対する合図だという噂が流れ、サイレンの度に人々は洗濯物を取り込むようになった。それでも尚、男は今年も鯉のぼりを上げるのではないかと危惧していたところ、その前に町は焦土と化し、終戦を迎える事になる。

 

『芸術家』

 スナックを開いていた芳恵は、旅館に逗留していた小説化を名乗る男とともに行方をくらましてしまう。そんな彼女がとある温泉街の料理屋で働いていると聞きつけ、従兄妹の耕助が迎えに行く。彼女が店を売った金や貯金を借りて東京へ行き、今では年に数度手紙をよこすだけという男を、芳江は一途に信じ続けているという。

 

『カフェー』

 友人の家で大切に保管されていた敷島を一本貰い、吸ったのをきっかけに、戦前近所の煙草屋にいたNさんを思い出す。彼はセルロイドの機械を買ってせっせと働いていたが、カフェーの女にうつつを抜かし、稼いだ金を貢いだ事が露呈し、妻との間で近所中に知れ渡るような大げんかを繰り広げたのだ。

 

『鶴』

 昔一緒に同人雑誌を欠いていた岸川の葬儀で、岸川が二十五歳も年上の女と再婚した事を思い出す。彼女は七十九歳だというのに美しさを保っていた。岸川の死因は腹上死だったという。

 

『紅葉』

 結核出後の療養のため、4年目に奥那須の温泉宿に滞在した友人。夜半、隣の部屋からすすり泣くような営みの声が聞こえてきて居心地の悪い思いをする。翌朝になってみると、寝室の男女が殺人犯だった事が判明する。二人は山中で自殺するつもりだったのだ。

『偽刑事』

 小説の取材をしていると、刑事に間違われることがある。八丈島でも勘違いされ、咄嗟に同行していたK氏こそ刑事だと嘘をつく。しかし罰が当たったのか悪天候により飛行機は飛ばず、数日の立ち往生の後無事帰りの飛行機へ……と思いきや、死を予感するほど恐ろしく揺れ、やはり罰が当たったと胸の中でしきりに反省する。

 

『観覧車』

 離婚した妻と娘とともに遊園地で過ごした男。彼は度重なる浮気の後、別れを告げられたのだった。きっぱりともう終わった事だと言い切る妻に対し、男の未練は募るばかり。さんざん復縁を迫り、二人を見送るものの……どうにも身体の疼きが収まらない男は、付き合い始めた別の女にすぐさま電話をかける。

 

『聖歌』

 姉の葬儀の際、聖堂内に思いがけず澄んだ男の声が響き渡る。その昔姉が交際していた相手で、親の反対によって結婚を諦めたのだった。一流企業の役員にまで上り詰めた姉の夫と、どこかうらぶれた感じに見える男とを見比べ、やはり父の判断は間違えてなかったのだと納得する。

 

以上、全21話。

『鰭紙』や『梅毒』といった取材から生まれたエピソードはやはり素晴らしいですね。短編とはいえ、吉村昭のらしさが存分に発揮されているように感じられます。

 

個人的には『居間にて』や『鶴』のようなそこはかとなくホラーの風味が感じられる作品も好きです。

『観覧車』の今に通じるコミカルさもいいですね。さんざん愛を訴えた相手が目の前からいなくなった途端、平気な顔で違う女に電話するという。

 

長編を読むような味わい深さこそありませんが、ショートショートがお好きなら、こんな作風に触れるのもたまにはいいのではないでしょうか?

ぜひお試しを。

 

 

 
 
 
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『主婦病』森美樹

 『ユリエさんのあそこ、ぐちゃぐちゃだね。音をきかせて』「いいわよ、ほら、こんなになってる」私は、ヘタを取った熟れたトマトに携帯電話を近づけた。トマトに割り箸を突き刺し、ぐちゃぐちゃにかきまぜる。

『すごいいやらしい音』

 男が歓喜のため息をもらす。

森美樹『主婦病』を読みました。

R-18文学賞読者賞を受賞した『まばたきがスイッチ』をはじめ、全六話の短編を収めた短編集。

最上部にいつものように引用分を載せましたが……これを読んだだけで、彼女の着想の非凡さが伝わってくれたらいいな、と思います。

 

 

緩やかに繋がる世界観

収められた六つのストーリーは決して連作短編というわけではないのですが、それぞれが緩やかに共通した世界観で繋がっています。

例によって短編なので、各話のざっくりとしたあらすじを記しておきます。

 

『眠る無花果

 母親が事故で無くなり、整骨院を営む父親と暮らす女の子の話。亡くなった母の記憶を引きずる彼女に対し、父は当然のごとく母のいない生活を受け入れます。母の死によって変わる日常の変化に対する少女の戸惑いと、大人の身勝手さがありありと描かれます。

 

 

『まばたきがスイッチ』

 全く会話のかみ合わない夫との生活に飽いた主婦は、他人には言えない秘密のアルバイトを始める。毎朝洗濯物を干す度に、お向かいで同じように洗濯物を干す金髪の男の子に興味を持ち……まさに主婦病とでも言うべき歪んだ人物像を描いた傑作。

 

 

『さざなみを抱く』

 会社を経営する夫が、ある日突然脳出血で倒れ、片麻痺が残るという介助なしでは生きられない体に。その事がきっかけで、夫が長い間隠して来た秘密も露呈してしまう。妻は満たされない想いと向き合いながら、自分から目を背け続けた夫の介護に精を出す。

 

『森と蜜』

 整骨院を営む夫と、絵子という娘……という唐突に『眠る無花果』で亡くなった母親目線で話が進む。娘の絵子をおさげ頭にしたがる彼女には、子供の頃に麗羅という同級生の友達がいた。彼女との不思議な想い出を回想していくうちに、主人公の歪んだ人格が浮かび上がってくる。

 

 

『まだ宵の口』

 経済的に不自由はないにも関わらず、夫を避けるように団子屋での早朝アルバイトに勤しむ妻。突然店長が失踪し、直後同僚の親友までもが姿を消す。残された友人の子どもの面倒を見つつ、妻は親友の帰りを待ち続ける。

 

 

『月影の背中』

 祖父の経営するタクシー会社で、いちドライバーとして働く孫娘。夫はセックスの最中に声を出すなと強制する異常な性癖の持ち主。やがてアパートに引っ越して来た金髪の青年と関係を結んでしまう。合間合間に挿入されるタクシーのエピソードでは、腹にナイフが刺さった女性が客として乗って来たりと、不思議な世界観。

 

 

いずれもキーとなるのは金髪の青年ですね。

彼は必ず主人公達の前になんらかの形で姿を現します。

 

ただ……これって意味はあったのでしょうか?

 

 

『まばたきがスイッチ』は秀逸

本作において、R-18文学賞で読者賞に輝いたという『まばたきがスイッチ』はまさしく傑作です。

テレクラの描写といい、いざという時のために100万円用意すべきというたまたま聞きかじった言葉に妙に翻弄されてしまう様子といい、飲み込まれるように読み込んでしまいました。

 

文章も素晴らしい。主人公達の一風変わった、でも日常的にありえるかもしれないと思わせる絶妙なラインの心の襞を、非常に繊細な筆致でもってありありと描き出してくれる。

 

だからこそ逆に疑問なのが、金髪の青年をわざわざ毎話登場させ、物語を結び付けようとした点。

短編集として何か面白みを創出したかったのかもしれませんが、別にあってもなくても問題ないような仕掛けですし、かえって面白みを損なっているような気がします。

『まばたきがスイッチ』は一話完結の短編として単体でも大きな満足度を得られるにも関わらず、他五作は変な連動性を取り入れたがために一話ごとの完成度が大きく損ねられたように感じられます。

 

金髪の青年ではなく、爽やかな印象の好青年で会ったり、悩みを抱えた青年であったり、他の人物に置き換えた方が読者の感情移入もしやすくなるだろうし、物語としての深みも創出できたんじゃないかな、と。

 

とてもとても良い文章を書かれる作者さんだけに、上記の点だけが返す返すも残念なところ。

余計な不純物を交えず、一球入魂で仕上げた長編作品があればぜひとも読ませていただきたいと願います。

 

 

 
 
 
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