「ねえ、なにか変じゃない?」
と美花がつぶやいた。「海が……」
信之と輔は、美花の指すほうへつられて顔を向けた。
海が低く鳴っていた。沖合に横一直線に白い筋が見えた。それは最初、水平線を渡っていく細いウミヘビのようだったが、あっというまに厚みを増して迫り、岬から湾へ入ったと思った途端、ゆっくりと大きく鎌首をもたげた。
「津波だ」
『舟を編む』で2012年本屋大賞を受賞した他、『まほろ駅前多田便利軒』や『神去なあなあ日常』など、映像化された作品も多い人気作家三浦しをん。
僕はなんといっても『風が強く吹いている』が大好きなんですが。
今回読んだのは『光』。
冒頭の通り、突如津波という悲劇に襲われる子どもたちを主役にしています。
島の何気ない日常を襲う津波
舞台は美浜島。
中学二年生の信之と美花、そして信之を兄のように慕う輔の日常から始まります。
父親の家庭内暴力に苦しめられる輔。
こっそりと早熟の性を楽しむ信之と美花。
深夜、島の神社で密会しようとする二人に、輔がついて来てしまう。
そこで突如襲われる津波。
あっさりとした筆致で描き込まれた自然の脅威により、島民266名の大半が命を失います。
生き残ったのはたまたま神社を訪れていた三人と、灯台守の老人、そして輔の父親だけ。
駆けつけた自衛隊の活躍により、信之や美花の両親も発見されます。
しかし、信之の妹琴実だけは最後まで見つからないままでした。
二十年後に明かされる秘密
災害救助でやってきた自衛隊たちとともに島に残った信之たち。
そんな中、信之は美花を救うために一つの過ちを犯してしまいます。
そしてその事件は、誰にも知られないままに大津波災害の裏でひっそりと葬られてしまうのでした。
秘密を知るのは信之と美花だけ……のはず。
なのに二十年近くが経った後、再び信之の下に当時の罪が突きつけられるのです。
そうして物語は動き始めます。
そして失速へ
物語の主脈は二十年前の罪に対し、三人がどういった行動を取るかというものなんですが。
正直、津波が来て三人が島を去るまでの方が盛り上がりすぎてしまい、以降の二十年後のお話については失速感を否めません。
そもそも後から調べてみると、この物語の意図ってすごく暗いテーマなんですよね。
「津波の被害から生き残った子どもたち」を描くにしては、夢がないというか。
それもそのはず、本作は2008年の出版。そもそもは2006~7年の間に小説すばる誌上で連載されていたもので、東日本大震災の前に書かれたものなのです。
あの震災を実際に体験してしまうと、津波から唯一生き残った三人の子どもたちであるならばもっと夢や希望や使命感みたいなものを持って生きていて欲しいと思ってしまったりするんですが。
そこはそもそも作者の意図するところではないとわかってはいても、なんとも複雑な気分になってしまいます。
下記のインタビューに詳しく書かれていますが、文体の件だったり、作者にとってはだいぶ実験的な作品だったのかもしれませんね。
『光』三浦しをん|担当編集のテマエミソ新刊案内|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー
映画の方が面白そう……かも
こちらの作品も2017年に映画化されているそうです。
輔役の瑛太さんの迫真の演技もあって、映画の方が断然面白そうです。
作品全体を包む暗いムードも忠実に再現されていそうですし。
後日改めてこちらも見てみたいと思います。