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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『世界地図の下書き』朝井リョウ

いじめられたら逃げればいい。笑われたら、笑わない人を探しに行けばいい。うまくいかないって思ったら、その相手がほんとうの家族だったとしても、離れればいい。そのとき誰かに、逃げたって笑われてもいいの。

僕の中での鉄板、朝井リョウです。
本書『世界地図の下書き』は少し前から積ん読化していたのですが、読書も進まず、ブログも書けずというここしばらくの停滞感を抜け出した今、ようやく手にするに至りました。

ここしばらくなかったぐらい本が読みたい。

その想いに間違いなく答えてくれるであろう作者が、僕の中では朝井リョウなのです。

朝井リョウとの出会い

デビュー作桐島、部活やめるってよはタイトルにもなっている桐島自身は登場せず、登場人物たちの口から伝聞的に語られるのみという試みが秀逸でした。
それよりも鮮烈だったのは、思春期の高校時代におけるスクールカーストや陰と陽の描き方。こんなにもあの時代の空気感を表現できる朝井リョウってすごい、と素直に思いました。

反面、文章の初々しさは隠しようようもなく……面白い作家が出てきたなあ、ぐらいの感覚でした。

そんな朝井リョウの評価が一変したのは直木賞を受賞した『何者』
誰もが胸の奥に隠し持っているドロリとした感情を生々しく描き出してしまったその手腕に、頭を殴られたような衝撃を受けました。
まさかあの『桐島』の作者がこんなにも成長を遂げているだなんて。

そこからは『もう一度生まれる』『チア男子!』『武道館』と読んできましたがどれも期待を裏切らない面白さでした。
linus.hatenablog.jp

そうして僕の中で朝井リョウはすっかり鉄板として位置付けられるようになったのです。

朝井リョウ初の児童文学

本書『世界地図の下書き』直木賞を受賞した『何者』の後に出版された本です。
しかも第29回坪田譲治文学賞受賞作品
坪田譲治文学賞岡山県が制定した文学賞で、「大人も子どもも共有できる優れた作品」をテーマとしていますが実態としては児童文学に近い傾向があります。
重松清が『ナイフ』で受賞している他、角田光代や梛月美智子、瀬尾まいこ中脇初枝といったそうそうたるメンバーが受賞しています。
とはいえ、直木賞を獲ってから坪田譲治文学賞を狙ったのは朝井リョウが初めて。

上記のような経緯から、本書は児童文学を思わせるような雰囲気漂う作品となっています。

児童養護施設で暮らす五人の子供たち

物語は主人公の小学三年生の太輔が児童養護施設「青葉おひさまの家」で暮らし始めるところから始まります。
同い年の淳也とその妹で一年生の麻利、事ある度にママの話ばかりする二年生の美保子、一人だけ年上でみんなのまとめ役の中学三年生の佐緒里。
みんな元気な子どもかと思いきや、話が進むにつれてそれぞれに様々な事情や悩みを抱えている事が明らかになっていきます。
太輔もまた、ある日突然両親を事故で失った上、引き取ってくれた親戚の家に馴染めずに施設にやってきた子なのです。
表向きには健気に振る舞いつつ、裏に秘めた想いや出来事が少しずつ明るみになって行く様子は、朝井リョウの得意な手法ですね。
『チア男子!』で最後の最後に全員の素顔が暴かれていく様は圧巻でした。本書でも似たような手法が用いられていると言えますが……大きく違うのは本書は「逃げる」事をテーマに書かれている点。

小さな子どもたちが、自らの想像力で、今いる場所から逃げる、もとい、自分の生きる場所をもう一度探しに行く、という選択をする物語。そんな物語を書き、『逃げる場がある』という想像力を失いかけている誰かに届けたいと思いました

とは著者である朝井リョウ自身の言葉。
太輔たちは様々な出来事に見舞われていきますが、それはよくある児童向けの漫画のように乗り越えるべき壁、成長の糧としての存在ではなく、叶うことのない夢、避けるべき困難として彼らの前に立ち塞がるのです。

決して胸がすくような青春小説とはいえません。
むしろほろ苦く、現実と向き直させられる物語と言えるかもしれません。

願いとばし

本書の中における重要なイベントとして「願い飛ばし」が挙げられます。
火を灯した無数のランタンを空に飛ばすという一大イベント。
小学校三年生の大輔は佐緒里と一緒に見に行く約束をしたにも関わらず、残念ながら約束は反故されてしまいます。
その後は「願い飛ばし」自体が財政上の理由などにより休眠状態に。
どんなものかというと……
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これ!
見たことのある人も多いと思います!
塔の上のラプンツェル』に出てきたワンシーン!
とっても幻想的ですよね。
ちなみに日本でも同じようなお祭りを新潟県津南町で開催しています。
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その様子がこちら↓↓↓
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www.youtube.com
津南では冬に行っているのに対し、作中では夏休み中のイベントとして語られていますから季節感は異なりますが、津南の雪まつりにヒントを得ている事は疑う余地もありませんね。

やがて大輔たちはとある理由から「願い飛ばし」と復活させようと企てます。
先に「ほろ苦く、現実と向き直させられる物語」と書きましたが、色々な苦難や壁にぶつかりながらも、一生懸命に生きようとする大輔たちの姿に胸を打たれずにはいられません。

お気に入りの文章抜粋

僕は読書ノートをつけています。
その中で気に入ったり、心に残る場面があればそのまま書き取るようにしているのですが、朝井リョウは特に独特の比喩表現や、思わず「そうそう」と共感してしまうような些末な記憶の文章化に長けているので、残す文章が多くなってしまいます。
本書の中で気に入った部分をご紹介したいと思います。

七月の夕方、山の向こう側にある太陽が、むきだしの肌をちりちり痛めつける。地面に伸びるホウキの柄の影を見て、自分はいまこんなにも長いものをもているはずはない、と太輔は思った。

いきなり自分の名前が出て、太輔はひゅっと心臓が持ち上がった気がした。

一年生の麻利は、黄色い帽子の白いゴムを噛む癖があるらしい。汗が染み込んだゴムはとてもしょっぱい味がすることを、太輔は知っている。

約束ね、という佐緒里の声が、お母さんの声と混ざって、頭の中で溶けた。

九月一日、土曜日の午後四時過ぎ。レーザービームのかたまりのような太陽が、ちょうど目線の位置にある。

五人だけでここにいると、まるでここが、世界の中心のような気がしてくる。ここから、世界の何もかもがすべて、始まっていくような気がする。

小さな宇宙の中にいるみたいだ。グラウンドをぐるりと取り囲むようにして、カメラのレンズが並んでいる。そこらじゅうで、太陽をまるごと反射したレンズがぎらっと光る。まるで宇宙の中でふわふわと踊っているようだ。

誰かが踏み固めた雪は、まるで硝子のように硬い。

「てことは、お姉ちゃん、どこにもいかへんってこと?」
「ちゃう」
 ちゃうよ、と淳也がもう一度言った。
「どこにもいかへんのやなくて、どこにもいけへんてことや」

泉ちゃんは負けない。その声を聞いていると、心臓に、ゆっくりと、針を差し込まれていくような気持ちになる。

雲のないオレンジ色の宇宙が、どかんとそこにある。とてもとても、広い。

いかがでしょう?
朝井リョウの他の作品に比べると、少し児童文学を思わせる言い回しや表現が多いようにも感じます。
否応なく現実を突きつけられ、読んでいる最中はいたたまれなく、切なくなるような物語ですが、読後感としては決して絶望や失望というわけではないんです。
不思議と頑張って生きなくちゃと思わせられる作品ですので、ぜひ読んでみて下さい。

しつこいようですが朝井リョウ、鉄板ですよ。

https://www.instagram.com/p/Bl4_tX9nvSL/
#朝井リョウ #世界地図の下書き 読了ここしばらく本も読めずブログも書けない日々が続いていましたがようやく一区切り。反動のようにやたらと本を読みたい衝動に駆られ、選んだのはやっぱり朝井リョウでした。本書は #何者 で #直木賞 を受賞した後の作品であり #坪田譲治文学賞 の受賞作品でもあります。朝井リョウにしては児童文学っぽい雰囲気でいっぱいの作品。今いる場所から逃げる、もとい、自分の生きる場所をもう一度探しに行く、という選択をする物語という本書は児童養護施設を舞台にしており、何らかの事情で親のいない生活を送る主人公たちには沢山の困難に襲われます。選択肢は立ち向かう、戦うというものばかりではなく、背を向ける、逃げるというものもある。でもそれは、本書の中には明確な言葉としては示されないけれど諦めとも同意だったりもする。なんとも切なくていたたまれない、でも読み終わってみると一生懸命生きようと思わせられる不思議な本。深いです。手に汗握る楽しさとは無縁かもしれませんが、ぜひ一度読んでみて下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認下さい。