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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『狐笛のかなた』上橋菜穂子

桜の花びらが舞い散る野を、三匹の狐が春の陽に背を光らせながら、心地良げに駆けていった。

 

長らく短編集ばかり紹介してきましたが、今回はご紹介するのは久しぶりとなる長編作品です。

しかも和風ファンタジー

獣の奏者』以来の上橋菜穂子作品で、『狐笛のかなた』です。

 


獣の奏者』シリーズはアニメ化もされる人気作となり、『鹿の王』では2015本屋大賞を受賞。その他にも野間児童文芸賞等々、ファンタジー作家とは思えない絢爛たる受賞歴が輝く彼女。

僕は上の『獣の奏者』シリーズしか読んだ事がないのですが、完成された世界観や、善悪の二元論といった単純な構図には収まらないキャラクター造形等、その完成度の高さに夢中になって全四巻を一気読みしたものです。 

 

短編集、短編集と続いてきた先で、彼女の書くファンタジー作品が読みたくなったのはある意味必然かと。

 

前置きはさておき、早速本書の内容についてご紹介していきましょう。

 

 

 幽閉された少年と仔狐、人の心が聞こえる少女

物語は一匹の仔狐が、獰猛な犬たちに追われる場面から始まります。

仔狐は人を殺し、その代償として怪我を負っているようです。

必死に逃げ惑う仔狐。

そこで出会ったのが、たまたま夕暮れの野にやってきた孤独な少女小夜でした。

彼女は着物の懐に仔狐を抱え、森の中へと駆け込みます。無我夢中で逃げた先にたどり着いたのは森陰屋敷。里人の出入りをかたく禁じられているという、曰く付きのお屋敷です。

迫る犬たちに追い詰められた小夜と仔狐を、突如現れた一人の少年が助けてくれます。

彼こそが呪いをかけられ、森陰屋敷に幽閉されているという噂の少年、心春丸でした。

心春丸は犬たちを追い払うだけでなく、仔狐の傷も労わってくれます。

 

こうして運命的な出会いを果たした三人(二人と一匹?)は散り散りとなりますが、やがて再び運命の糸が絡まり合うように、それぞれが導かれていくのです。

 

上記はほんの序盤の一幕でしかありませんが、一人一人のキャラクターといい、世界観といい、これだけでも本書の魅力が伝わるかと思います。

 

 

オーソドックスな一方、オンリーワンのファンタジー

本書は誰もがどこかで見聞きした覚えのある、オーソドックスとも言える物語です。

人の近づかない森の中に幽閉された王子様と、秘められた力を持つ聖女。そしてもう一人、幼い頃に彼らと深い絆で結ばれているのは、彼らと敵対関係にある悪の手先。

漫画やゲーム、あるいは小説といった創作物の中で何度も何度も用いられてきた三角関係です。

 

ところが不思議と、じゃあ具体的にどんな作品があったか例を挙げようとすると、これが難しい。

 

オーソドックスなものとして頭の中に植え付けられているにも関わらず、実際に形にしているケースは珍しいんですよね。

それぞれ単体で、幽閉されている王子(あるいは姫)・秘められた力を持つ聖女・心情的には主人公側なのに立場的には悪役側、といったキャラクターは存在するのですが、組み合わせたものというとなかなか稀有だったりするのです。

 

そういう意味では、数年前話題になった『君の名は。』に非常によく似ていますね。

君の名は。』でも著名な評論家の方や業界人の方々がさんざん言っていましたが、男女の入れ替わりやタイム・パラドックスといった一つ一つの要素はベタでありきたりなものです。それを指して「陳腐」と言い捨てる人すらいました。

確かに断片的に作品の要素だけを取り上げると、既視感すらある設定・光景のつぎはぎのようにすら感じられるのですが、一つの作品として最初から最後まで通して見ると、不思議と印象は変わってしまいます。

 

何かに似ているような気がするけど、何にも似ていないというオンリーワンの作品に昇華されるのです。

 

細部まで語ろうとすれば本書の魅力はどこまででも語りつくせないものがあるのですが、今回はこんな所で。

 

昔の日本を舞台としたオーソドックスなファンタジー作品が読みたい、という方がいれば、ぜひお試しください。

 

 

 
 
 
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