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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『リーダーの仮面』安藤広大

 リーダーの仮面をかぶって仕事を進めて、人から嫌われたとしても、それはあなたの人格が否定されたわけではありません。

 いちいち落ち込む必要などないのです。

安藤広大『リーダーの仮面』を読みました。

当ブログでビジネス書・自己啓発書の類を取り上げる事は少ないのですが、先日、現在の勤め先の社長が本書をやたらと人に進めていたので、読んでみることにしました。

 

”識学”とは

著者の安藤広大氏はマネジメントコンサルティング会社である(株)識学の代表です。

つまりは”識学”という中間管理職向けのマネジメントシステムを商売にしている会社の社長さん、という事になります。

本書はというと、その”識学”について書かれたいわば識学のPR書・教科書的な本になろうかと思います。

 

……なんて書くと、ちょっと怪しさが漂ってしまいますね(笑)

 

では実際のところ、”識学”がどういうものであるのか、本書に沿って解説します。

 

 

リーダーは人間性を排除せよ

”識学”は非常に極端な考え方で、リーダーにとってカリスマ性や人間的魅力は不要だと言います。

「ルール」「位置」「利益」「結果」「成長」の5つのポイントに絞ってマネジメントを行えばいい、とするのです。

そのためには飲み会のようなイベントも不要。そもそも部下と仲良くする必要などない。仮面をかぶったつもりで、粛々とマネジメント業務を遂行せよ、とまで言います。

 

5つのポイントについて一言で言うなれば、

 

「ルール」

  言語化されたルールを作る

   →厳守。例外・特別扱い厳禁。

 

「位置」

  上下の立場を明確に。

   →指示・命令は絶対。

    結果が出ても褒めるな。

 

「利益」

  利益の有無で人を動かす。

   →言い訳を潰し、事実だけを拾え。

 

「結果」

  結果が全て。プロセスは評価するな。

   →結果に繋がらない努力は無意味。

 

「成長」

  目の前ではなく未来の成長を選ぶ。

   →リーダーは先頭を走るな。

 

ざっと上記のようなものになります。

これだけでもかなり尖った考え方だという事がわかりますね。

 

 

経営者らが飛びつく理由

しかしながら(株)識学は僅か三年で上場を果たし、本作は70万部を超えるベストセラーに。弊社の社長もそうですが、識学に傾倒する経営者は後を絶ちません。

その理由はなんなのか……漠然と知る事ができました。

 

要するに”識学”とは「経営者にとって耳障りの良いマネジメント手法」なのです。

カリスマ性や人間的魅力は皆無ですから、部下の機嫌を取ったり、顔色をうかがったりする必要はありません。結果を出した部下をいちいち褒める必要もなく、努力や労力といった義理人情で訴えてくる部下に対しては結果が全て、とぶった切ります。その結果として仮に部下が付いてこなかったとしても、それは上司(=経営者)の人格を否定するものではありません。

 

”識学”ではそれでいい。いや、そうするべきだ、と言うのです。

 

経営者にとって、これほどまでに耳障りの良い考え方はないと思いませんか?

僕は3分の1ぐらい読んだ時点で、なるほどなぁと感心してしまいました。

 

もちろん全てがそういった偏った話ばかりではなく、普通にビジネス手法として使えるものもたくさんあります。

目標設定は数値化する、プロセスは自分で考えさせる、といったものは一例として挙げられるでしょう。

この辺りも、サラリーマンとしての経験の薄い二代目、三代目経営者にとっては目から鱗が落ちる思いなのかもしれません。

 

 

本音と建て前

そしてこの本のよくできている最たる点は、あくまで「これからリーダーになる人のための必読書」として書かれている点です。

著者は、あくまでリーダーたる人に語り掛ける体裁で書いているのです。

これが本当に上手い。

 

この本を手に取った経営者からすると「これだよ!本当のリーダーシップってこういうものなんだよ!」と思わず膝を打ちたくなるに違いありません。

 

要するに本書は、建て前としては「リーダー向け」として書かれているにも関わらず、本音としては実際的にクライアントとなる「経営者向け」に書いているのです。

読んだ経営者は「これは(自分にとって都合の)とっても良い本だ」と感動し、幹部や部下に本書を回覧したりしてしまうわけです。

弊社の社長のように。

 

ところが不思議な事に、本書のAmazonレビューにも、「時代錯誤」「ブラック」といった辛辣な感想が多く見られます。

当たり前ですよね。

リーダー向けと書いてはありますが、あくまで経営者の心に寄り添う形で書かれているのですから。

リーダーの立場にある、またはこれからそういった立場になろうという人が、お題目通り期待して読んだら、的外れに感じてしまうのは仕方がありません。

 

上記のような低評価レビューは、本音と建て前が違うという本書の建付けが生んだ歪と言えるかもしれませんね。

 

 

”識学”はアリかナシか

さて、僕の見解です。

結論から言ってしまえば、どちらでもありません。

アリと思える人もいるでしょうし、ナシナシ、絶対ナシという人もいるでしょう。

こんなもん導入された日には会社が潰れるぐらいの否定をする人も少なくないかもしれません。

 

でもそれもこれも、人対人の問題なので何が正解かなんてわからないし、そもそも正誤の判断なんてつけようがないと思っています。

識学的に、まるで仮面をかぶったかのようなリーダー像でうまくいく会社もあるでしょうし、もっと一人一人にコミットして、泥臭く濃密な人間関係を築いて成功する会社もあるでしょう。

 

いずれにせよリーダー論・組織論なんてものは千差万別・十人十色の世界で、しかもビジネスの場合にはリーダー論なんてもの自体が数ある課題のなかのほんの些末な要素でしかないので、それでもって成功した、失敗したと論ずる時点で安直だな、と思ってしまいます。

日露戦争日本陸軍のように、どんなに屈強で組織だった軍隊があったとしても、本体が財政難で喘ぐような状況では本来のポテンシャルを発揮するのは難しいでしょうし。

どんなに優良企業でも、コロナ禍のような外的要因で呆気なく破綻するケースも多々ありますし。

 

まぁもちろん、上記のような大局での見方は別として、今まさにリーダー的ポジションに就いたばかりで、どんなリーダー像が相応しいか日々頭を悩ませている人々もたくさんいるはずで、そういった方が藁にも縋るような想いで本書のようなビジネス書に手を伸ばすパターンも少なくないのでしょうけど。

 

特効薬なんてものはないので、様々な本を読んだり、そこで得た学びやヒントを活かしたり、精一杯やってみるしかないですよね。

一つだけアドバイスがあるとすれば、たった一冊の本の考え方に妄信してしまったりするのはよくないですよとだけ、付け加えささせていただきます。

では。