おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『YOSAKOIソーラン娘』田丸久深

 札幌人は、ヨサコイが嫌いなことをひとつのステータスにするふしがある。ヨサコイの話をすると田舎者として見られるのは、職場の洗礼で嫌というほど味わっていた。

丸久深さんの『YOSAKOIソーラン娘』を読みました。

初めて読む作家さんです。

 

訳あってよさこいを題材とした創作物を探していたのですが、これが意外と少ないんですよね。

以前札幌のよさこいソーランではなく、高知のよさこいを題材とした『夏のくじら』という作品は読んだ事があったのですが、どうやら小説物としては本書『YOSAKOIソーラン娘』と『夏のくじら』が全て、と言っても過言ではないようです。

(もし他にお心あたりの方がいれば教えて下さい)

 

漫画・アニメになると『ハナヤマタ』という超がつく程有名な作品もあるんですけどね。

 


ハナヤマタ』自体は非常に良く出来た作品だと思うのですが、よさこいそのものというよりはよさこいを軸とした学園モノといった方が良さそうな構成で、実際によさこいを練習したり、踊ったりと必死に打ち込む場面というのは意外と少なかったりします。

 

メンバーもたったの五人しかいませんし。

 

なのでよさこいを描いた作品としては、ちょっと物足りなさを感じてしまったりするわけです。

尚、僕がどうしてこんなアニメを知っているかというと、『ハナヤマタ』の原作漫画を描いた作者浜弓場双さんが、僕が敬愛する角川つばさ文庫の看板作品『四年霊組こわいもの係』の挿絵も担当されているからです。

 

 

 

とっても今風のかわいらしい絵を描かれる作家さんですよね。

その他にも『落ちこぼれフルーツタルト』や『小さいノゾミと大きなユメ』作品も描かれています。

興味のある方は、そちらもどうぞ。

 

 

まぁ、『ハナヤマタ』については直接本書に関わるところではありませんので程々にしておくことにして……前置きが長くなりましたが、 今回の主題である『YOSAKOIソーラン娘』についてご紹介したいと思います。

 

 

YOSAKOIソーラン

本書の舞台は札幌。 

就職のため南日高町から引っ越し、四年が過ぎた満月は行きつけとなっていた居酒屋はねかわでの縁がきっかけで、大郷通商店街で再結成するというよさこいチーム「DAIGOU」に参加する事になります。

 

このYOSAKOIソーラン祭。

知らない方のために簡単にご紹介しておくと、札幌で毎年六月に開催されるイベントです。

毎年全国から約300組近いチームが参加し、市内に用意された幾つものステージやパレード用に封鎖された大通りを、五日間かけて踊り明かします。

 

そもそもの成り立ちは1991年に高知のよさこい祭りを見た大学生が札幌に持ち帰り、実行委員会を立ち上げたのが始まりとされています。

回を重ねるごとにスケールを増し、現在では本場よさこい祭りにも負けない一大イベントへと膨れ上がりました。

よさこい自体に興味も感心もなくとも、札幌のYOSAKOIソーラン祭の名前だけは聞いた事がある、という人も少なくないでしょう。

 

本書はそんなYOSAKOIソーラン祭を、実際に参加する札幌市民の目線で描いたという意味でも興味深い作品となっています。

 

というのも、僕達外部の人間がイメージする表面的な華々しさとは裏腹に、YOSAKOIソーラン祭を取り巻く地元の人々のリアルな心情がありありと描かれているからです。

 

 

アンチYOSAKOI

主人公である満月は、子供の頃からヨサコイ中継を楽しみにし、有力チームの名前や特徴をそらで説明する事ができるぐらい、ヨサコイが好きでした。

そんな彼女が札幌に出て来て直面した現実は、想像以上に強いヨサコイへの逆風でした。

 

冒頭に引用した一文の通り、札幌市民の間ではヨサコイに否定的な意見を持つ人も少なくありません。

本書の中ではむしろ、それが圧倒的なマジョリティーであるとして描かれます。

 

「ヨサコイなんて音楽がガンガンうるさいだけで、やる意味がわかんないです。当日も見に来てくれって言われてますけど、あたし、絶対行きません」

 かつてはさまざまな曲で朝から晩まで行われていたテレビ中継も、徐々に縮小された。アレンジに凝りすぎて本来のヨサコイやソーラン節を見失うチームを嫌がる声も上がった。インターネットの掲示板には批判の声が相つぎ、真相のわからない誹謗中傷もでっち上げられた。YOSAKOIソーラン祭りは市民の祭りではない、ただの金稼ぎの手段だ。踊りもただのダンスコンテストだ。そんな声もあちこちで上がり、とある企業が行った『ヨサコイは好きか嫌いか?』というアンケートでは若干数ではあるが『嫌い』が上回る結果になった。

「まったく、ヨサコイの日は地下鉄に踊り子たちが乗り込んでくるから嫌なのよ。音楽が響いて仕事にも集中できないし。出勤するのが憂鬱だわ」

「もう、駒場さん。そんなこと言ったらヨサコイ隙に嫌われちゃいますよ」 

「……だって、わたしの職場はみんなヨサコイが嫌いなのよ。ヨサコイに出たなんて知られたら、なに言われるかわかんない」

 

 

駒場というパワハラ気質のある上司のせいでただでさえギスギスしがちな満月の職場においても、ヨサコイの話題が上がる時は決まって否定的な論調ばかり。

そんな中でヨサコイを踊る事になった満月は、ひた隠しにするようにこそこそと、チームの活動に参加を続けます。

 

一方で、チームリーダーである太陽をはじめとする「DAIGOU」の面々は、非常に前向きに、精力的にヨサコイに取り組んでいきます。

当初「DAIGOU」の再結成時には商店街の人々から反対意見等の抵抗もあったと言いますが、彼らは苦労を微塵も感じさせません。

踊りの練習だけではなく、衣装小物の製作やブログ・SNSを駆使した情報発信など、それぞれがプライベートな時間を削り、協力して進めていくのです。

 

毎日が憂鬱でアンチヨサコイの巣窟のような職場と、いつも前向きで和気あいあいとした「DAIGOU」のキラキラした時間とが、明暗の対比をくっきりと浮かび上がらせながら交互に描かれて行きます。

 

 

地域小説としても秀逸

札幌市民がYOSAKOIソーラン祭に対して抱くネガティブな印象は非常にリアルで、外部からはうかがい知れない内面的な心情をまざまざと知る事ができます。

更に他にも、本書には地域ならではといった心情・場面が多数登場します。

 

羊羹ツイストのようなご当地パンだったり、アメリカンドッグにグラニュー糖をまぶして食べるといった秘密のケンミンショーのようなご当地要素は枚挙にいとまがありませんし、主人公満月の元彼・真明は札幌市民の特権階級意識を絵に描いたように嫌らしい男です。

 

札幌生まれの札幌育ちは、道内のほかの市町村について知らなすぎる。

 

という言葉通り、札幌市民は札幌以外には全く興味がない都会人なのだと満月は言います。

出自が札幌ではないというだけで相手は途端に興味を失い、道内一の都市としてなんでも揃う札幌こそが至上であり、札幌で生まれ育った自分はそれだけで相手よりも上の存在であると自信満々に見下してくるような、エゴイズムの塊。

元彼はまさにその権化のような男で、田舎者の満月を嘲り、馬鹿にする事で自尊心を保つような最低な人間でした。

 

しかし満月もまた、田舎から誰も知る人のいない札幌に出て来てすぐの頃であり、寂しさを紛らわせるように真明の言いなりになっていたのです。

 

札幌市民のエゴイズムを感じさせる真明だけではなく、後輩である森や他の人間からも垣間見る事ができます。

一方でそれは、田舎者である満月のただの劣等感の現れではないのか、とも思えるのですが、そんな風に思わせる心情描写もまた、小説としては秀逸であると言えるでしょう。

 

そして迎えるYOSAKOIソーラン祭当日

ソロメンバーの一人として選ばれた満月には、チーム内からも嫉妬の目が向けられたり、祭当日にシフトインさせられそうになったり、さらには太陽との関係がぎくしゃくしてしまったりと、様々な紆余曲折を経ながら迎えたYOSAKOIソーラン祭当日。

 

それまでコツコツと積み上げられてきた物語に比べると、当日の風景は味気ないぐらいに淡々と、呆気なく描かれて行きます。

しかしもちろん、物語としては何の波乱もなく踊って終わり、というわけにはいきません。

 

「DAIGOU」をハプニングが襲い、それは満月自身にも大きな影響を与えます。

さらに職場の同僚達との歪な人間関係や、回想として描かれてきた元カレ・真明のその後の姿等、張り巡らされた伏線が一つ一つ丁寧に回収されていきます。

 

 

 

社会人×スポ根……?

終盤は夢中になって読みふけるほど、久しくなかった興奮を味わわさせてくれる良書だったのですが、Amazonの評価数等あまり多くないのが残念なところ。

やはりこれはヨサコイというブームを過ぎた感のある題材である事も大きな要因の一つだと思うのですが、加えて主人公が二十代半ばの社会人女性というのも難しい点なのでしょう。

 

冒頭にご紹介した『ハナヤマタ』は中学生の女の子達が主人公。

その他、スポーツ等を題材とする作品の多くは、中高生やせいぜい大学生といった若い世代が中心となる事がほとんどです。

大人になってからのスポーツものというとレジェンド級の実在の選手をモデルとするケースが多く、そうなると創作物というよりはドキュメンタリーに近いものになりがちです。描かれるテーマも、過去の自分との戦いや家族愛といったものになるでしょう。

二十代中盤の一般的な社会人を中心に、スポーツや文化的な活動を描く作品ってあまり見ないんですよね。

 

つまり、需要が少ないと言い変える事もできます。

 

ましてやヨサコイという、現在ではだいぶ下火となった題材でもありますし。

映像化等の話題でもない限り、なかなか手に取られにくい作品なのでしょうね。

 

だからこそ当ブログでは、ぜひとも本書を推したいと思います。

よさこいに興味があろうとなかろうと関係なく、非常に楽しめる人間ドラマです。

若干ラノベタッチで、読みやすい文体である事も付け加えておきましょう。

 

下火下火と書いてきましたが、札幌や他の全国各地でも、まだまだよさこいに取り組む人々はいますからね。

YOSAKOIソーラン祭自体は、コロナ禍で二年連続の中止となってしまいましたが、今この時も、もう一度踊れる日を夢見て日々練習に取り組む踊り子達がいるのです。

 

札幌までは行けなくとも、もし地元でよさこいのステージがあれば、僕もまた見に行ってみたいと思います。

今の世の中の暗い雰囲気を、明るさ100%のよさこいで吹き飛ばして欲しいものです。

 

 

 
 
 
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『いつかの恋にきっと似ている』木村咲

 武と繋がっていられるのは、抱き合っているときだけだった。そんな悲しい恋がようやく終わるのだ。喜びはしても涙を流す理由なんてないはずだ。

 今日で全部終わりにしよう。武との思い出を全部、涙で流してしまえばいい。

 

木村咲『いつかの恋にきっと似ている』を読みました。

一時期当ブログで続けて取り上げていたライト文芸系のレーベル「スターツ出版」からの作品です。

その頃から積読化していたのですが、今回ようやく読む事ができました。

 

ちなみに著者の木村咲さんは『まだ君のことは知らない』で第二回スターツ出版文庫大賞の恋愛部門賞を受賞されたそうです。

ところが本書、最下部にいつものようにAmazonへのリンクを設置してあるので見ていただければわかりますが、口コミが一つもないという稀有な作品となっています。

あんまり売れなかったのかな……と一抹の不安を覚えてしまいますが。。。

 

まずは内容についてご紹介しましょう。

 

 

フラワーショップを舞台に繰り広げられるトレンディ―ドラマ

主人公の真希はフラワーショップの店長を務めています。

彼女には武という恋人がいますが、二人はいわゆる訳ありの関係。

端的に言ってしまえば、武には麻里子という妊娠中の妻がいるのです。

 

一般的な不倫カップルと同じように、迷いながらも苦く辛い恋に溺れる真希ですが、彼女には別に、何かある度に迎えに来てもらう太一という存在がいます。

太一とは幼馴染みであり、昔から酸いも甘いもよく知った仲です。

太一は真希への想いを常日頃から表明しますが、真希は「太一とはそういう関係にはなれない」と一方的に拒絶するばかり。しかしながら、困ったときにはやはり太一を頼ってしまいます。

この辺り、非常に複雑な女心を表わしていますね。

 

さらにフラワーショップを管轄する親会社の直轄上司である園山は、事ある度に真希を気にかけてくれます。

本業とは別事業として展開されたフラワーショップや、真希の働きぶりを評価してくれるのは園山だけ。

見た目も中身も抜群のイケメン上司として、園山はキラリと存在感を発揮します。

 

真希を取り巻く三人の男達と、真希との恋模様。

 

さらにフラワーショップの後輩である絵美の、真希とは対照的に純情な恋心もあったりと、登場人物達の想いが渦巻く、まさしくトレンディードラマのような恋愛物語となっています。

 

 

麻里子の仕返し

麻里子の出産が近づき、真希はついに武に別れを告げます。

 

「それにわたし、パパって呼ばれてる武には、魅力を感じない」

 

そう真希が武に言い渡す場面は、本書における一つのハイライトシーンと言えるかもしれません。

 

しかし、それまでは脇役であった武の妻、真理子にスポットライトが当たるとともに、物語は大きく動き出します。

妊娠中の麻里子が出産を果たしますが、お腹の中にいた赤ちゃんは武ではなく、親友である猛の子どもだったのです。

昔から浮気性で、真希との不倫関係にも勘付いていた麻里子は、猛と関係を結び、彼の子を妊娠していたのです。

従順で自慢の妻である麻里子が家にいるという安心感こそ、武が精力的に外で浮気を繰り返す活力の源でした。麻里子の裏切りを知った武は、大きな衝撃を受けます。

 

武と麻里子は別れを告げ、麻里子は猛と新たな家庭を築く事になりました。

一方の武は、真希に一緒に暮らす事を提案します。

一度は別れを決めたはずの真希ですが、武に対する想いを捨てる事はできず、受け入れてしまいます。

 

可哀想なのは、真希に想いを寄せていた太一。

武と同棲すると真希から告げられ、彼もまた大きなショックを受けます。

 

 

真希の出生の秘密

そんな時、フラワーショップに匿名の依頼が寄せられます。

とある病院に、お見舞いの花を届けて欲しいというもの。

しかも店長である真希に行って欲しいという、何やら怪しげなものでした。

 

絵美の心配をよそに、真希はすぐその意図に気付きます。

それは太一の父、輝真の病室だったのです。

 

真希の家は、母親一人の母子家庭でした。

母はその昔道ならぬ恋に落ちた後、相手の子どもと宿してしまい、たった一人で産んだのです。

そしてその相手が他ならぬ太一の父である事を、真希は知っていました。

 

真希が太一の想いに応えようとしなかった理由は、そこにあるのです。

自分と太一は同じ父親から生まれた半分血の繋がった兄妹。

何も知らない太一がどんなに自分を想ってくれようとも、真希が受け入れるわけにはいきませんでした。

 

しかしながら訪れた病室で、迎えた太一の母から思わぬ事実を告げられます。

太一の両親も再婚同士であり、太一は母親の連れ子。輝真の実の子どもではないというのです。

 

つまり、真希と太一の血は全く繋がっていない。

……それは、これまでひた隠しにしてきた真希の想いを解き放つものでした。

 

 

不倫や泥沼はライト文芸には合わない

今回はちょっとネタバレも含めて書いてしまいましたが……やはり本書もまた、スターツ文庫というライト文芸レーベルに相応しい作品でした。

イケメンと美女(しかもそのうち何人かは自分の魅力に気づいていないという天然系)が描く恋愛ものというのは、いつの時代でもド定番としてファンを惹き付けてやまないものなんでしょう。

 

ただし、個人的にちょっと引っ掛かったのは、ライト文芸にしてはちょっとドロドロと入り乱れ過ぎかな、と。

 

本当の意味で読者が求めるライト文芸って、『君の膵臓をたべたい』的な爽やかな純愛路線だと思うんですよね。

そういう意味では脇役後輩キャラである絵美の恋愛なんかは悪くない線でしたが、不倫相手の妻もまた別の相手と不倫となるとライト文芸らしからぬ泥沼展開。離婚に関する夫婦のやり取りは詳しくは描かれていませんが、トレンディドラマならぬ昼ドラ的な生臭さは否めません。

 

しかも前半は不倫相手である武を相手に揺れる女心を描いていたにも関わらず、終盤にはコロリと人が変わったように「本当は昔から太一が好きだった。世界で一番好きなのは太一」的な切り替わってしまうのは、読む相手を選ぶかな、と。

もちろん個人的には、本書の真希のように揺れ動く方が現実的だとは思います。

恋愛対象が常に一人に絞られる程人間は都合よく作られていませんし、こっちも好きだけどあっちも好き。どっちも死ぬほど好き、という事は恋愛に限らずごくごく一般的に誰にでも見られる事です。

 

ですから武に対する想いも本物でしょうし、太一をずっと想って来た気持ちも本物なのだと、僕は思います。

 

ただこれ、なにぶんにも小説ですからねぇ。

しかもライト文芸のレーベルから出版されている作品ですし。

 

読者層を考えれば、昔から太一を想っているのであれば他の男には脇目も振らず孤独に生きる純真さみたいなものが必要なんじゃないかな、と思うわけです。仮に叶わぬ想いを紛らわせるために他の男と付き合うのだとしても、その相手が既婚者というのはいただけないかな、と。

どうしても真希がとっても尻軽で、しかも都合よくコロコロと考えを変える自分勝手な女性に見えて来てしまうわけです。

 

もう少し上の年代の読者を対象とした作品ならば問題ないのでしょうが、そうなると文章の雰囲気や、人物像の深みといった他の部分で軽さが目立ってしまうでしょうし……とにもかくにも、レーベルと扱う題材を誤ってしまったかな、と。

ワケありの恋や愛人といった説明は背表紙のあらすじにも載っていますので、個人的にはその辺が本書があまり売れなかった要因のような気がします。

ライト文芸って良くも悪くも「奇跡」とか「純愛」、「永遠」みたいなきれいなテーマが好まれる傾向にあるので、そういうものを望んでいる読者はあらすじ読んだだけで拒絶反応を起こしてしまいそうですし。

 

だいぶ長くなってしまった記事のボリュームからもお分かりの通り、色々と考えさせてくれる作品でした。

 

 

 
 
 
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『狐笛のかなた』上橋菜穂子

桜の花びらが舞い散る野を、三匹の狐が春の陽に背を光らせながら、心地良げに駆けていった。

 

長らく短編集ばかり紹介してきましたが、今回はご紹介するのは久しぶりとなる長編作品です。

しかも和風ファンタジー

獣の奏者』以来の上橋菜穂子作品で、『狐笛のかなた』です。

 


獣の奏者』シリーズはアニメ化もされる人気作となり、『鹿の王』では2015本屋大賞を受賞。その他にも野間児童文芸賞等々、ファンタジー作家とは思えない絢爛たる受賞歴が輝く彼女。

僕は上の『獣の奏者』シリーズしか読んだ事がないのですが、完成された世界観や、善悪の二元論といった単純な構図には収まらないキャラクター造形等、その完成度の高さに夢中になって全四巻を一気読みしたものです。 

 

短編集、短編集と続いてきた先で、彼女の書くファンタジー作品が読みたくなったのはある意味必然かと。

 

前置きはさておき、早速本書の内容についてご紹介していきましょう。

 

 

 幽閉された少年と仔狐、人の心が聞こえる少女

物語は一匹の仔狐が、獰猛な犬たちに追われる場面から始まります。

仔狐は人を殺し、その代償として怪我を負っているようです。

必死に逃げ惑う仔狐。

そこで出会ったのが、たまたま夕暮れの野にやってきた孤独な少女小夜でした。

彼女は着物の懐に仔狐を抱え、森の中へと駆け込みます。無我夢中で逃げた先にたどり着いたのは森陰屋敷。里人の出入りをかたく禁じられているという、曰く付きのお屋敷です。

迫る犬たちに追い詰められた小夜と仔狐を、突如現れた一人の少年が助けてくれます。

彼こそが呪いをかけられ、森陰屋敷に幽閉されているという噂の少年、心春丸でした。

心春丸は犬たちを追い払うだけでなく、仔狐の傷も労わってくれます。

 

こうして運命的な出会いを果たした三人(二人と一匹?)は散り散りとなりますが、やがて再び運命の糸が絡まり合うように、それぞれが導かれていくのです。

 

上記はほんの序盤の一幕でしかありませんが、一人一人のキャラクターといい、世界観といい、これだけでも本書の魅力が伝わるかと思います。

 

 

オーソドックスな一方、オンリーワンのファンタジー

本書は誰もがどこかで見聞きした覚えのある、オーソドックスとも言える物語です。

人の近づかない森の中に幽閉された王子様と、秘められた力を持つ聖女。そしてもう一人、幼い頃に彼らと深い絆で結ばれているのは、彼らと敵対関係にある悪の手先。

漫画やゲーム、あるいは小説といった創作物の中で何度も何度も用いられてきた三角関係です。

 

ところが不思議と、じゃあ具体的にどんな作品があったか例を挙げようとすると、これが難しい。

 

オーソドックスなものとして頭の中に植え付けられているにも関わらず、実際に形にしているケースは珍しいんですよね。

それぞれ単体で、幽閉されている王子(あるいは姫)・秘められた力を持つ聖女・心情的には主人公側なのに立場的には悪役側、といったキャラクターは存在するのですが、組み合わせたものというとなかなか稀有だったりするのです。

 

そういう意味では、数年前話題になった『君の名は。』に非常によく似ていますね。

君の名は。』でも著名な評論家の方や業界人の方々がさんざん言っていましたが、男女の入れ替わりやタイム・パラドックスといった一つ一つの要素はベタでありきたりなものです。それを指して「陳腐」と言い捨てる人すらいました。

確かに断片的に作品の要素だけを取り上げると、既視感すらある設定・光景のつぎはぎのようにすら感じられるのですが、一つの作品として最初から最後まで通して見ると、不思議と印象は変わってしまいます。

 

何かに似ているような気がするけど、何にも似ていないというオンリーワンの作品に昇華されるのです。

 

細部まで語ろうとすれば本書の魅力はどこまででも語りつくせないものがあるのですが、今回はこんな所で。

 

昔の日本を舞台としたオーソドックスなファンタジー作品が読みたい、という方がいれば、ぜひお試しください。

 

 

 
 
 
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『私はあなたの記憶のなかに』角田光代

 

角田光代『私はあなたの記憶のなかに』を読みました。

以前にも『庭の桜、隣の犬』の記事で書きましたが、映画化もされた『八日目の蝉』を読んで以来、角田光代は僕が大好きな作家の一人です。

 


『八日目の蝉』は原作も、映画版もちょっと内容が違っていて、それぞれが素晴らしい名作となっていますので、未読の方にはぜひおすすめしたい作品の中の一作です。

 

さて、今回読んだのはそんな角田光代が描く短編集。

早速内容をご紹介していきます。

 

”記憶”をテーマに描かれた八つの短編

本作に収められた八つの短編は、いずれも“記憶”をテーマとして描かれたものです。

いつものように簡単にあらすじを記します。

 

『父とガムと彼女』

父の葬儀の席上、久しぶりに見つけた初子さんの姿とともに甘ったるいガムの香りを思い出す。私が小学校四年生の頃までのおよそ三年半、気が付けば家に来ていた初子さんは、もしかすると父の恋人だったのだろうか。

 

 

『猫男』

恋人との旅先で、十八歳の時、人生で初めて中華料理のフルコースを食べさせてくれたK和田君の事を思い出す。他人の弱さに共振し、自分をすり減らす優しさだけが取り柄のK和田君は、大学を中退してそのまま行方知らずになっていた。

 

 

『神様のタクシー』

寮で同室の先輩ハミちゃんはルールに厳格過ぎるが故にみんなから煙たがられる厄介者。しかし、彼女とは対照的にお洒落で目立つ泉田さんが学校を辞めそうと知ると、ハミちゃんは妙に泉田さんを気にする素振りを見せる。

 

 

『水曜日の恋人』

お母さんには、イワナさんという若い恋人がいた。中学生の私は、高校生か大学生ぐらいのイワナさんと母との関係を不思議に思いつつも、自然に受け入れていた。

 

 

『空のクロール』

一度も泳いだ経験のない私が、高校入学を機に水泳部に入部する。同級生の梶原さんはそんな私が泳ぐ姿を「瀕死の老人が泳いでるみたいだから」とババア呼ばわりし、いつしかそれは私のあだ名になる。

 

 

『おかえりなさい』

二十歳の頃のぼくは、友人の勧めで宗教団体のパンフレットを訪問配布するというアルバイトを始める。そんなある日、たまたま訪れた一軒の家で、年老いた老婆がぼくを「おかえりなさい」と恋人を迎えるかのようにもてなしてくれる。

 

 

『地上発、宇宙経由』

大学生の晶に、知らない主婦ちひろから間違えてメールが届く。どうやら元の恋人宛と察した晶は、元恋人のフリをしてやり取りを重ねる事に。携帯メールが普及し始めた頃を舞台に、メールが結び合わせる現在や過去の人間関係の絡みようが楽しい作品。

 

 

『私はあなたの記憶のなかに』

表題作。さがさないで、という書き置きを残していなくなった妻を探し、思い出の場所を尋ねる夫の話。

 

 

角田光代の持ち味は短編でも全開

いやぁ、良かったです。

正直、とんでもなく胸に響くような作品はありませんが、どれもこれも角田光代らしいどこかダークで、ほろ苦くて、ビターな香りの漂う作品ばかり。

 

『八日目の蝉』もそもそも「不倫相手の赤ん坊をさらって自分の子どもとして育てる」という大きな捻じれから始まるわけですが、物語が進むにつれて、誘拐犯と被害者の構図であるはずの主人公ど子どもの間に実の親子とそん色ない絆のような物が芽生えてくるという、なんとも説明できない複雑な気持ちにさせられる作品でした。

 

本作に収録された作品にも、同じような構図が垣間見る事ができます。

 

『父とガムと彼女』や『水曜日の恋人』では、親の愛人という捻じれた関係にある人物と子どもが、傍目には完全におかしな間柄であるにも関わらず、当事者たちはなんの違和感もなくやり取りを重ねていきます。この「傍目にはおかしい状況なのに、当事者達にとっては至って普通」という状態を描くのが、角田光代は本当に上手いです。

 

個人的なイチ押しは『おかえりなさい』。

痴ほう症の老婆が、見ず知らずの若い男に亡き夫の姿を重ね、甲斐甲斐しくお迎えする様には胸を撃たれるものがあります。罪悪感を抱きながらも、訪問を重ね、勧められるがままにもてなしを受ける大学生の心持ちも非常にリアルなものです。

浦島太郎のような二人の関係がどのような結末を辿るのかは……ぜひとも実際に読んでいただきたいと思います。

 

角田光代、やっぱり良いですね。

久しぶりに小説らしい小説を読んだ、という実感が湧いています。

 

まぁ、あまり万人受けする作風ではないのかもしれませんが……個人的には地道に応援していきたいと思います。

 

 

 
 
 
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『少女は卒業しない』朝井リョウ

あたしは知ってる。ずっとこういう日々が続けばいいって願ってしまった時点で、続かないってわかってること。わかってるんだ、あたしも寺田も。言わなきゃいけないことがあること。

朝井リョウ『少女は卒業しない』を読みました。

ご存知の通りこのところ短編集ばかり選んで読んでいるのですが、真っ先に候補に挙がったのが本書でした。

 

朝井リョウは第148回直木賞を受賞した『何者』以来大好きで、当ブログの中でも取り上げる事の少なくない作家です。

 

これまで読んできたのはよりによって長編ばかりでしたが、朝井リョウの手掛ける短編がどんなものになるのか。読む前から期待が膨らまざるを得ません。

 

 

卒業式。取り壊される高校。

本書は7人の少女達それぞれの視点から描かれた短編集となっていますが、共通しているのは同じ高校の最後の卒業式であり、別の高校との合併を控えたその校舎は、翌日には取り壊されてしまうという点

卒業式の同じ日、同じ時間を過ごす7人の物語なのです。

 

『エンドロールが始まる』

 図書室の先生に特別な想いを寄せる作田さんこと私。先生に会いたい一心で図書室に通い、本の借り続けた私にとって最後の本の返却日が、目の前に迫る。

 

 

『屋上は青』

 卒業式を迎える孝子の下に、尚輝が会いにやってくる。ダンサーを目指し、芸能事務所にも所属する彼は、高校三年を迎える前に学校を辞めてしまった。とうに立ち入り禁止となった東棟の屋上に忍び込み、尚樹は孝子のためだけにダンスを披露する。

 

 

『在校生代表』

 生徒会の書記を務める亜弓は、在校生代表として送辞を読み上げる。しかしそれはありきたりな送辞ではなく、自身が生徒会に入ろうと思った経緯や、その後の日々、そして一人の先輩への想いを伝える手紙だった。

 

 

『寺田の足はキャベツ』

 女子の後藤と男子の寺田。それぞれバスケ部に所属していたみんなから公認のカップルだったが、浪人して地元の大学を目指す寺田を残し、東京の大学に進学する後藤にはずっと言い出せない想いがあった。

 

 

『四拍子をもう一度』

 卒業式後、取り壊しとなる校舎で行われる最後の卒業ライブ。軽音楽部の元部長杏子は、控室で困惑していた。間もなくステージを控えたビジュアル系バンド【ヘブンズドア】の衣装やメイク道具が消えてなくなってしまったのだ。

 

 

『ふたりの背景』

 カナダからの帰国子女高原あすかは、高校一年生の時に転入してきてからもうまくクラスに馴染めずにいた。そんな彼女が唯一心を開いていたのは、美術部の正道くんと彼がいるH組――しかしそれは、知的障害の子たちのクラスだった。

 

 

『夜明けの中心』

 東棟の幽霊に会いに、深夜の東棟に忍び込むまなみ。そこには香川がいた。香川はまなみの恋人だった駿の友人であり、同じ剣道部のライバルだった男だった。

 

 

それぞれが微かに重なり合う連作(?)短編

同じ学校、同じ時間を舞台としているだけあって、それぞれの話にはそれぞれの登場人物の話題が出てきたりします。

生徒会長の田所君の名前は、特にちょくちょく登場するようです。

 

ただし、決して物語そのものがリンクしているわけではありません。

朝井リョウの処女作『桐島、部活やめるってよ』において、話題の中心である桐島君は一度として姿を現さず、あくまで各登場人物の口から彼の名や人柄が語られるという斬新な描かれ方をしましたが、それを彷彿とさせるものがあります。

 

『在校生代表』の後、『寺田の足はキャベツ』が始まってすぐ亜弓の読んだ破天荒な送辞が早速話題になっていたりすると、思わずクスリとしていまいます。

 

ただまぁ、率直に言ってしまえはそれがどうした、というところでしかなく。

 

全体的にどこか既視感のある物語が多く、さらにパンチにも欠けるという微妙な作品が多かったです。

『寺田の足はキャベツ』における高校生カップルの瑞々しいやり取りこそ流石だなと唸らされましたが、逆に言うと読み終えた後に印象として残っているのはそのぐらい。『屋上は青』はダンスそのものよりも「学校辞めたけどダンサーとして成功しつつある幼馴染みスゲー」な典型的ヤンキーアゲなストーリーに辟易ですし、『在校生代表』はラノベとしてもちょっと非現実的過ぎ。『四拍子』は目茶苦茶過ぎてノリが痛く感じ、読むのがただただ苦痛でした。

 

『ふたりの背景』は悪くないテーマではあるものの、帰国子女の変わり者と知的障がい者という関係性がちょっと素直に受け入れがたく、『夜明けの中心』も決して悪くはないのですが、やっぱり既視感に既視感を重ねたようなチープさが残念だったり。

 

総合的に見て、どうも朝井リョウらしからぬラノベっぽさが妙に色濃い作品集だったように思います。短編という文字数が限られていた事も関係しているのか、いつもであれば見られるようなキラリと光る文章も非常に少なかったという印象。

 

個人的に、朝井リョウ作品の中ではワーストかな。

基本的にこつこつこつこつ伏線を重ねて行って、終盤で爆発させるタイプの作品を書く作風なだけに、短編作品は向いていないのかもしれませんね。もちろん、この一冊でそう断じるつもりはありませんが。

 

期待が大きかっただけに、残念でした。

 

 

 
 
 
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『おしまいのデート』瀬尾まいこ

洋食であろうが和食であろうが、出来合いのものはなんとなく味が似ている。味付けはものによってさまざまだけど、どれもわずかにピントがずれていて、そのずれ具合が同じなのだ。

すっかり間が空いてしまいましたが、瀬尾まいこさんの短編集『おしまいのデート』を読みました。

彼女の作品を紹介するのは『幸福な食卓』以来となります。

 

 

デートをテーマとした5つの短編集

本書に収められた作品は全てデートをテーマとしています。

いつもながら、下記に簡単なあらすじを記します。

 

『おしまいのデート』

 表題作。両親が離婚し、母親に引き取られた主人公は毎月第一土曜、じいちゃんに会う。父さんの再婚を機に、相手はじいちゃんに変わったのだ。しかしそれも、今日で最後を迎える事になる。

 

 

『ランクアップ丼』

 毎月二十四日の給料日、かつての恩師である上じいと学校近くの食堂で玉子丼を食べる。学生時代に上じいにごちそうになった分を返そうと、彼女とのクリスマスイブをすっぽかしてまで欠かさず繰り返される恒例行事。しかし最後となる二十一回目、上じいではない人物が主人公の目の前に現れる。

 

 

『ファーストラブ』

 それまで疎遠だったクラスメイトの宝田に遊びに誘われる主人公。一緒に映画を見、宝田が作って来たという食べきれないほどのお弁当を食べる。男同士のデートに、主人公はどこかいたたまれない気持ちに襲われる。

 

 

『ドッグシェア』

 三十を過ぎ、離婚を経て一人で暮らす私。彼女の日課は、公園に住み着いているポチに餌を与える事だった。ある日の事、ポチの側には大量の餃子が。あくる日にはエビチリが。誰が何のためにこんな事をしているのか。主人公は相手への接触を試みる。

 

 

『デートまでの道のり』

 保育園で働く私は、カンちゃんの父親である脩平さんと密かに交際している。脩平さんは今度は三人で会いたいというものの、カンちゃんが心を開いてくれないうちはと拒む私。

 

 

上質な薬膳スープ

解説で、吉田伸子さんは本書を「上質な薬膳スープ」と言い表しています。

 

 瀬尾さんの物語も同様、いつも、いつでも、読むと心にすぅ~と沁みて来る。胸の奥にぽっとあかりが灯ったようになる。どんな時でも、読み手をすっぽり包み込んでくれる。

 

まさに言い得て妙かな、と。

 

逆に言うと、わざわざお洒落をして出かける高級料理とは違います。

口に入れた瞬間、衝撃が脳髄まで駆け抜け、食後も陶然と酔い痴れてしまうような類のものではないのです。

 

興奮して夢中でページをめくるのではなく、その時の気分に任せて味わうように読み進める、そんな作品かなと思います。

 

一般的にはハラハラドキドキしながら一気読みさせられるような作品が注目されがちで、本書のような作品というのは評価されにくいのはわかっているのですが、飽きられにくく、長く読み続けられる作品と言えるでしょう。

話題になる作品って、どうしても一過性のブームになりがちですしね。一度読むと、一気に味が薄れてしまうものも少なくないですし。その点本書のような作品というのは、何度でも読み返す事ができます。

衝撃的なインパクトこそありませんが、表題作『おしまいのデート』の中で描かれる祖父と孫娘のほろ苦い空気感などは、じんわりと心に染み込んで消え難いものがあります。

 

皆さんも、たまにはこういった作品を手にしてみてはいかがでしょうか?

 

 

 
 
 
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『5分後に慄き極まるラスト』エブリスタ

そうして、そうして姉はあっという間に、真っ青な花を満開に咲かせた、一樹の贄桜と成り果てた。

 

さて、予告通り今回ご紹介するのはエブリスタの『5分後に慄き極まるラスト』。

前回書いた『5分後に涙が溢れるラスト』と合わせて発売された作品です。

 

改めてご紹介すると小説投稿サイト「エブリスタ」と河出書房の間から「5分シリーズ」という人気シリーズが出版されています。主にはエブリスタ上のミニコン受賞作品の中から、それぞれテーマに基づいた作品を抜粋してアンソロジー短編集として書籍化したものです。

 

『5分後に慄き極まるラスト』と『5分後に涙が溢れるラスト』は、その中からさらに抜粋した13編ずつを文庫化したものです。

 

前回の記事をお読みの方はご存じかと思いますが、正直言うと『5分後に涙が溢れるラスト』は微妙だったんですよねぇ……。

 

さてさてそれでは、赴き異なる本書についてご紹介していきましょう。

 

 

「慄き極まる」をテーマとした13の作品

本アンソロジーのテーマは「5分後に慄き極まる」。

恐怖系の作品ばかり13作を収めたと言う事です。

 

どれも8,000字程度を目安として書かれた作品らしいので、その中で感動を起こすのはなかなか難しいと思うのですが……順に紹介していきましょう。

なお、前回に引き続き、せっかくなので小説投稿サイトエブリスタの該当作品ページへのリンクも設置します。

 

 

『フォルダ』

 結婚を決めた彼とともに両親への挨拶を済ませる私。しかし車の中で一枚のSDカードを見つける。そこには彼の秘密が隠されていて……。

 https://estar.jp/novels/23677193

 

 

『暇つぶし』

 「助けてください。私は監禁されています」

 突如送られてきたメールとやり取りを交わし、友人とともに現地へと向かう私。その先に待っているものとは……。

 https://estar.jp/novels/23648471

 

 

『幽閉』

 気が付くと、闇に包まれていた私。どうやら乗っていた飛行機が墜落し、私はトイレに閉じ込められているらしい。脱出もできず、周囲から物音すらない中、妻とメールを交わし続ける私。

 https://estar.jp/novels/23639175

 

 

『七歳の君を、殺すということ』

 ある日突然、通り魔に母を殺された僕は、過去にタイムスリップし七歳の頃の犯人に会いに行く。母を殺される前に、犯人を殺そうと……。

 

 

『風と雪と炎』

 雪山で立ち往生し、ビバークを決める登山家。そこに道に迷ったもう一人の登山家がやってくる。登山家は一人より二人の方が心強いと、自分が掘った雪洞の中に相手を迎え入れる。その数年後――

 https://estar.jp/novels/24980845

 

 

『探偵ごっこ

 不倫カップルや横領など、社内で起こる数々の悪事を匿名メールで糾弾する男。

 https://estar.jp/novels/23916577

 

 

『姉は桜になりました』

 人の体を栄養に育つ贄桜の生贄に選ばれた姉は、体内に種を宿したまま過ごしたある日、ついに開花の日を迎える。一人の少女が巨大な贄桜に変貌し、美しい桜を咲かせる狂気的なシーンは必読。

 https://estar.jp/novels/24560879

 

 

『花嫁の新しい彼氏』

 勘違いから交際がスタートし、結婚まで至ったものの花嫁は不満だらけ。結婚そのものも今さら引くに引けないという理由だけで強硬した花嫁は、友人や親せき総出で新郎へのディスリスペクトを繰り返す。それに対し、新郎が取った行動とは……。

 https://estar.jp/novels/25316677

 

 

『最後のチャンス』

 執行の日に怯えながら日々を暮らす死刑囚。彼は自分が冤罪であると主張するものの、既に判決が出た後では受け入れられる事もなかった。そんな彼が遂にその日を迎える。ところがそこに、真犯人逮捕の一報が入り……。

 https://estar.jp/novels/25274979

 

 

『横領したのは上司です』

 銀行員の主人公は、偽造と偽装を重ねて上司自身が横領したかのように工作する。事件が明るみになる頃、本人は海外へと高飛び。しかし、絶対に捕まることはないう確信があった。

 https://estar.jp/novels/25310803

 

 

『IF』

 20年ぶりに小学校時代の仲間2人と再会した博嗣は、過去の思い出話に花を咲かせる。しかし記憶のそこかしこに引っ掛かりを覚える。もう一人、大事な人間を忘れている気がする。

 https://estar.jp/novels/24945552

 

 

『あかんおじさん』

 信号無視をしようとする子供の前に、必ず現れるというあかんおじさん。私もまた、その存在を目にしてしまう。信号無視をした子は、あかんおじさんに呪い殺されるというのだ。ある日、私の目の前で知らない男達が噂の真偽を確かめようと、信号無視をしようとするが……。

 https://estar.jp/novels/25504863

 

 

ハンバーガー店で女子高生が言ってた海の話』

 メンヘラ気質のある妻に愛想を尽かし、度々送られてくる離婚届を本当に役所に提出する事で離婚を果たした男。たまたま夕飯を求めて入ったハンバーガー店で、隣の女子高生が自分の元妻によく似た女について話しているのを耳にする。

 

 

良い……!!!

前回『5分後に涙が溢れるラスト』の記事ではとにかく微妙と酷評してしまったのですが、同日発売されたこちらの『5分後に慄き極まるラスト』は非常に良作揃いでした。

 

初っ端『フォルダ』『暇つぶし』もなかなかですし、『七歳の君を、殺すということ』もかなり読み応えのある内容でした。なかでも個人的にイチ押しなのは『姉は桜になりました』。

いよいよ開花の日を迎え、姉の体が桜に変貌していくシーンは非常にグロテスクでありながら、妙に神秘的で美しくもあるという言葉には言い表わす事のできない感動を与えてくれました。

『あかんおじさん』の捻りを加えたストーリーも秀逸です。

 

『5分後に涙が溢れるラスト』と『5分後に慄き極まるラスト』で迷った際には、ぜひ本書を強くおススメします。

好みもあるかもしれませんが、個人的には圧倒的に後者の方が面白く読ませていただきました。

 

 

『七歳の君を、殺すということ』と『ハンバーガー店で女子高生が言ってた海の話』以外は上にエブリスタのリンクも置いておきましたので、気になる方は一つぐらいお試しで読んでみてはいかがでしょうか?

 

 

 
 
 
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