武と繋がっていられるのは、抱き合っているときだけだった。そんな悲しい恋がようやく終わるのだ。喜びはしても涙を流す理由なんてないはずだ。
今日で全部終わりにしよう。武との思い出を全部、涙で流してしまえばいい。
木村咲『いつかの恋にきっと似ている』を読みました。
一時期当ブログで続けて取り上げていたライト文芸系のレーベル「スターツ出版」からの作品です。
その頃から積読化していたのですが、今回ようやく読む事ができました。
ちなみに著者の木村咲さんは『まだ君のことは知らない』で第二回スターツ出版文庫大賞の恋愛部門賞を受賞されたそうです。
ところが本書、最下部にいつものようにAmazonへのリンクを設置してあるので見ていただければわかりますが、口コミが一つもないという稀有な作品となっています。
あんまり売れなかったのかな……と一抹の不安を覚えてしまいますが。。。
まずは内容についてご紹介しましょう。
フラワーショップを舞台に繰り広げられるトレンディ―ドラマ
主人公の真希はフラワーショップの店長を務めています。
彼女には武という恋人がいますが、二人はいわゆる訳ありの関係。
端的に言ってしまえば、武には麻里子という妊娠中の妻がいるのです。
一般的な不倫カップルと同じように、迷いながらも苦く辛い恋に溺れる真希ですが、彼女には別に、何かある度に迎えに来てもらう太一という存在がいます。
太一とは幼馴染みであり、昔から酸いも甘いもよく知った仲です。
太一は真希への想いを常日頃から表明しますが、真希は「太一とはそういう関係にはなれない」と一方的に拒絶するばかり。しかしながら、困ったときにはやはり太一を頼ってしまいます。
この辺り、非常に複雑な女心を表わしていますね。
さらにフラワーショップを管轄する親会社の直轄上司である園山は、事ある度に真希を気にかけてくれます。
本業とは別事業として展開されたフラワーショップや、真希の働きぶりを評価してくれるのは園山だけ。
見た目も中身も抜群のイケメン上司として、園山はキラリと存在感を発揮します。
真希を取り巻く三人の男達と、真希との恋模様。
さらにフラワーショップの後輩である絵美の、真希とは対照的に純情な恋心もあったりと、登場人物達の想いが渦巻く、まさしくトレンディードラマのような恋愛物語となっています。
麻里子の仕返し
麻里子の出産が近づき、真希はついに武に別れを告げます。
「それにわたし、パパって呼ばれてる武には、魅力を感じない」
そう真希が武に言い渡す場面は、本書における一つのハイライトシーンと言えるかもしれません。
しかし、それまでは脇役であった武の妻、真理子にスポットライトが当たるとともに、物語は大きく動き出します。
妊娠中の麻里子が出産を果たしますが、お腹の中にいた赤ちゃんは武ではなく、親友である猛の子どもだったのです。
昔から浮気性で、真希との不倫関係にも勘付いていた麻里子は、猛と関係を結び、彼の子を妊娠していたのです。
従順で自慢の妻である麻里子が家にいるという安心感こそ、武が精力的に外で浮気を繰り返す活力の源でした。麻里子の裏切りを知った武は、大きな衝撃を受けます。
武と麻里子は別れを告げ、麻里子は猛と新たな家庭を築く事になりました。
一方の武は、真希に一緒に暮らす事を提案します。
一度は別れを決めたはずの真希ですが、武に対する想いを捨てる事はできず、受け入れてしまいます。
可哀想なのは、真希に想いを寄せていた太一。
武と同棲すると真希から告げられ、彼もまた大きなショックを受けます。
真希の出生の秘密
そんな時、フラワーショップに匿名の依頼が寄せられます。
とある病院に、お見舞いの花を届けて欲しいというもの。
しかも店長である真希に行って欲しいという、何やら怪しげなものでした。
絵美の心配をよそに、真希はすぐその意図に気付きます。
それは太一の父、輝真の病室だったのです。
真希の家は、母親一人の母子家庭でした。
母はその昔道ならぬ恋に落ちた後、相手の子どもと宿してしまい、たった一人で産んだのです。
そしてその相手が他ならぬ太一の父である事を、真希は知っていました。
真希が太一の想いに応えようとしなかった理由は、そこにあるのです。
自分と太一は同じ父親から生まれた半分血の繋がった兄妹。
何も知らない太一がどんなに自分を想ってくれようとも、真希が受け入れるわけにはいきませんでした。
しかしながら訪れた病室で、迎えた太一の母から思わぬ事実を告げられます。
太一の両親も再婚同士であり、太一は母親の連れ子。輝真の実の子どもではないというのです。
つまり、真希と太一の血は全く繋がっていない。
……それは、これまでひた隠しにしてきた真希の想いを解き放つものでした。
不倫や泥沼はライト文芸には合わない
今回はちょっとネタバレも含めて書いてしまいましたが……やはり本書もまた、スターツ文庫というライト文芸レーベルに相応しい作品でした。
イケメンと美女(しかもそのうち何人かは自分の魅力に気づいていないという天然系)が描く恋愛ものというのは、いつの時代でもド定番としてファンを惹き付けてやまないものなんでしょう。
ただし、個人的にちょっと引っ掛かったのは、ライト文芸にしてはちょっとドロドロと入り乱れ過ぎかな、と。
本当の意味で読者が求めるライト文芸って、『君の膵臓をたべたい』的な爽やかな純愛路線だと思うんですよね。
そういう意味では脇役後輩キャラである絵美の恋愛なんかは悪くない線でしたが、不倫相手の妻もまた別の相手と不倫となるとライト文芸らしからぬ泥沼展開。離婚に関する夫婦のやり取りは詳しくは描かれていませんが、トレンディドラマならぬ昼ドラ的な生臭さは否めません。
しかも前半は不倫相手である武を相手に揺れる女心を描いていたにも関わらず、終盤にはコロリと人が変わったように「本当は昔から太一が好きだった。世界で一番好きなのは太一」的な切り替わってしまうのは、読む相手を選ぶかな、と。
もちろん個人的には、本書の真希のように揺れ動く方が現実的だとは思います。
恋愛対象が常に一人に絞られる程人間は都合よく作られていませんし、こっちも好きだけどあっちも好き。どっちも死ぬほど好き、という事は恋愛に限らずごくごく一般的に誰にでも見られる事です。
ですから武に対する想いも本物でしょうし、太一をずっと想って来た気持ちも本物なのだと、僕は思います。
ただこれ、なにぶんにも小説ですからねぇ。
しかもライト文芸のレーベルから出版されている作品ですし。
読者層を考えれば、昔から太一を想っているのであれば他の男には脇目も振らず孤独に生きる純真さみたいなものが必要なんじゃないかな、と思うわけです。仮に叶わぬ想いを紛らわせるために他の男と付き合うのだとしても、その相手が既婚者というのはいただけないかな、と。
どうしても真希がとっても尻軽で、しかも都合よくコロコロと考えを変える自分勝手な女性に見えて来てしまうわけです。
もう少し上の年代の読者を対象とした作品ならば問題ないのでしょうが、そうなると文章の雰囲気や、人物像の深みといった他の部分で軽さが目立ってしまうでしょうし……とにもかくにも、レーベルと扱う題材を誤ってしまったかな、と。
ワケありの恋や愛人といった説明は背表紙のあらすじにも載っていますので、個人的にはその辺が本書があまり売れなかった要因のような気がします。
ライト文芸って良くも悪くも「奇跡」とか「純愛」、「永遠」みたいなきれいなテーマが好まれる傾向にあるので、そういうものを望んでいる読者はあらすじ読んだだけで拒絶反応を起こしてしまいそうですし。
だいぶ長くなってしまった記事のボリュームからもお分かりの通り、色々と考えさせてくれる作品でした。