突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください
冒頭の引用から始まる『ルビンの壷が割れた』は、全文をFacebookのメッセージで構成されています。
ページ数にして僅か156ページ。
そのほとんどが水谷一馬を名乗る人物から結城未帆子へ、時折未帆子からの返信を交えながら往復書簡形式で続きます。
水谷一馬はFACEBOOKで彼女を見つけるに至った経緯や彼女本人と確信を抱くに至った経緯から始まり、彼女に対して毎回「もうこれで終わりにします」「最後のメッセージにします」と言い訳のように結びながら、メッセージを送り続けます。
気になるのは文中に散見される二人の関係性です。
そこには二十八年前に亡くなった貴女の顔があったからです。
ごめんなさい、勝手に貴女を殺してしまって――。
まさか、そんな貴女と後に結婚することになるとは夢にも思いませんでした。
否が応にも、過去に二人の間にあった関係や事件を勘繰らざるを得ません。
そうして、メッセージの中から一つ一つ手掛かりを拾い、現れる新たな謎に翻弄されながら、紐解くように読み進めていく物語です。
新潮社の戦略勝ち
そもそも本書は刊行前に特設ページで2週間限定で事前公開。
その上でキャッチコピーを募集するという大々的なキャンペーンが実施されました。
現在もそのページは結果発表の形で残っています。
また、下部には作中の人物である水谷一馬のFACEBOOKが埋め込まれていたりしています。
“謎の覆面作家”のデビュー作にしてはかなり大掛かりなキャンペーンですよね。
実際ネットニュース等々でもかなり話題になりましたし。
その割にFACEBOOKの「いいね!」の数が45人しかいなかったりするのは逆に心配になりますが。
僕が読もうと思ったのも、TwitterやInstagramでフォロワーさんがちょくちょく取り上げているのを見てなので、きっと現在も引き続き売れているのでしょう。
反発の声も多かった事は想像に難くないのですが、結果的には新潮社の戦略が勝利したと言って良いのだと思います。
自分たちでも勝利宣言してますしね。
ルビンの壷
しかしながら本書、アマゾンでは星2.5とかなり低評価なんですよね。
しかも内訳を見ると35%が星1つという辛辣さ。
作品の傾向的には仕方ないとは思います。
『イニシエーション・ラブ』や『葉桜の季節に君を想うということ』も星3ですし。
ただね……はっきり言ってしまえは、上に挙げた二作品に比べても本書はだいぶ落ちますよ。
上の二作品は後で読み返したり、徹底的に解説したブログなんかを見ると、かなり整合性やフェアさに気をつかって書き上げられた事がわかります。
※実際にフェアかアンフェアか、という点についてはここでは置いておきます。
残念ながら本作はそういう感じじゃないんですよねぇ……。
色々ネタバレになってしまうので自重しますが、上記の作品のような衝撃を求めて読むものではないです。
ましてはタイトルにもなっている『ルビンの壷』……。
「同じ絵なのに二つの意味に見える」という事で代表的な騙し絵の一種だと思いますが、それが「割れた」となると過剰な期待感を持たせてしまいますよね。
未だに「割れた」の意味は掴めないままです。
これもちょっとね、タイトル詐欺とまでは言わないけれど、そこまでのものじゃないんじゃないかと。
このなんとも「どうしようもないやっちまった感」。
簡単に言うと、ネットでよくある『意味が分かると怖い話』というやつに似ています。
下のようなヤツですね。
昨日は海に足を運んだ
今日は山に足を運んだ
明日はどこへ行こうかと
俺は頭を抱えた
↓
↓
↓
昨日は海に(片)足を運んだ
今日は山に(片)足を運んだ
明日はどこへ行こうかと
俺は(自分のではない)頭を抱えた
はっきり言ってこういうのをびょーんと156ページまで広げた小説にしてみた、という企画です。
辛辣かもしれないけど実際そのようなものですね。
もし本作で良かったという方は、前述の『イニシエーション・ラブ』や『葉桜の季節に君を想うということ』をお試しになってみてはいかがでしょう?
現在映画公開中の『去年の冬、きみと別れ』も良いかもしれません。
■歌野昌午『葉桜の季節に君を想うということ』
■中村文則『去年の冬、君と別れ』