皐月はいつも馬の首の中で眠っている。
そして朝になると、首から這い出て目をこすりながら、あたかも人が布団を直すかのように、血まみれで地面に落ちている馬の首を再び繋ぐ。
いきなりグロ描写から始めてしまいましたが、こちらは実際に本作『生き屏風』の冒頭文です。
第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。
今やすっかり「オカルト風味ラノベレーベル」と化してしまった角川ホラー文庫から2008年に発刊された小説です。
『生き屏風』のあらすじ
主人公である皐月は町はずれに住む妖鬼。
妖(あやかし)という、いわゆる妖怪の一種であり、鬼でもあります。
夜な夜な馬の首に入って眠るという皐月は普段は町はずれで静かに暮らしていますが、そんな彼女の元に、近所の酒屋の旦那からお呼びがかかります。
死んだ妻の霊が店の屏風に憑き、毎年夏になると勝手に喋りだして我が儘放題を要求し、ほとほと困り果てているのだという。
高名な道士に見てもらったものの、無理に祓えば悪鬼になる可能性があるため、誰か適当な人に相手をさせた方が良い。
その条件というのが、独り身で女性、県境に住んでいて、しかも妖鬼ならばなお良い、という。
そうして渋々招かれた皐月を相手に、屏風に憑りついた奥方様は「鴉の汁が飲みたい」
「もっと面白いやつが来るのかと思った」と無理難題を突き付けます。
妖鬼である証拠にと見せた小さな角に対しても、
なんだいそれが角なのかい? あんたにゃ悪いけど、ただのちょっと変わった色したこぶか、オデキにしか見えないねぇ。
とさんざんな言われ様。
気分を害する皐月でしたが、奥方様の求めるがまま、毎日のように「面白い話」をして聞かせ、そうしている内にやがて二人の間に少しずつ親近感というようなものが芽生え始めます。
奥方様へ向けた話の中から、読者も皐月の父の生い立ちや前任者の里守りについて、皐月が里守りに就いた経緯などを知る事ができます。
一方では、我が儘で自分勝手な奥方様の置かれたさみしい立場なども描かれていきます。
妻に先立たれた後、旦那もただのうのうと過ごしているわけではありません。
小間使いの中には既に旦那とただならぬ関係となった娘もいて……。
そんな風に、妖鬼である皐月と生き屏風である奥方様とのやり取りを描いたのが、本書です。
癖のある表紙と書き出しのグロさとはあまりにもかけ離れており、実際にはほのぼのと人間と妖怪の日々の生活を描いたお伽草紙のような、昔話のような雰囲気の物語でした。
皐月を軸とした短篇集
本書には表題作『生き屏風』以外に、『猫雪』『狐妖の宴』という二つの短編が収められています。
なんの予備知識もなく読み始めたのでてっきりそれぞれ独立した話かな、と思っていたら、いずれも妖鬼・皐月が登場する物語でした。
『生き屏風』を読み終える頃には「皐月ちゃんめっちゃ良い子じゃん」といった具合に皐月への好感度や愛着が膨れ上がっていましたので、続く『猫雪』の序盤に皐月が登場した時点で、つい嬉しくなってしまいました。
……って、あれ?
書き始めにレーベルを盛大にディスってしまいましたが、本書ってもしかして「オカルト風味ラノベレーベル」のはしり的な作品だったりして。
ま、いいんです。
面白ければそれで。
『インシテミル』の関水美夜や『another』の見崎鳴に夢中になってしまった時期もありましたから。
キャラ萌えも読書の醍醐味っちゃ醍醐味ですからね。
嬉しいことに続編もあった
さらに調べてみたところ、『魂追い』『皐月鬼』と続編も皐月鬼シリーズとして刊行されている事がわかりました。
後の2冊は皐月が表紙を飾っており、完全に今風の「オカルト風味ライトノベルレーベル」の雰囲気でいっぱいです(笑)
こりゃあつい、読みたくなってしまうかも……。
ただし、2010年の『皐月鬼』以来シリーズが途絶えているのが気になるところですが……。
現在も他の作品を発表したり、ホラー小説というジャンルにおいてはしっかりと立ち位置を築かれているようですから、また話題作を書き上げられるのを期待して、とりあえずは皐月シリーズを楽しむ事にしたいと思います。
皆さんも読んでみてください。
皐月ちゃん、良い子ですから。
ちなみに……
田辺青蛙という名前の読み方がわからず、作者について調べてみました。
ところが……
ん?
四行目にご注目。
コスプレ?
なんと作者、コスプレ趣味があったらしく、日本ホラー小説大賞の授賞式でもエヴァンゲリオンの綾波レイを披露したのだとか。
検索してみると……あー、ありますわ。確かに。
エヴァンゲリオンとかゲゲゲの鬼太郎とか、2010年に作家の円城塔氏と結婚した際には、お祝いのパーティーで今度は碇シンジのコスプレしただとか。
それから10年近く経ってますので、今もまだコスプレを楽しまれているのかは定かではありませんが。
興味のある方は、ネットで検索してみてくださいね。
……あ、肝心な事を書き忘れていました。
作者名の読み方。
青蛙と書いて、「せいあ」と読むらしいです。
田辺青蛙(せいあ)。
以上。