その姿を見送っていると、また小さく空に先行が走った。ゴロゴロという地鳴りのような遠雷のいる場所を見つけようとするかのように、和美は腕組みにして外に鋭い視線を投げた。
恩田陸の作中に「遠雷」なんて言葉を見つけるとそれだけでドキッとしてしまいます。
『蜜蜂と遠雷』、本当に良かったですもんね。
1992年に『六番目の小夜子』でデビューした著者はもう20年以上作家活動をされている計算になりますが、本書の刊行は2001年。デビューして約10年弱の頃の作品です。
ちなみに『六番目の小夜子』については僕の大好きな綾辻行人『another』との関係もあり、下記ブログに記していますのでぜひご一読を。
まぁ、読んでいただけばわかるんですけどかなり酷評してるんですけどね(笑)
28人の登場人物
ページをめくって最初に目にするのが「登場人物より一言」と題のついた人物紹介。
なんと全部で28人(?)もいます。
それぞれに
「膝の痛みは何でも教えてくれる。あたしの膝は天気予報と占い師より正確。
電車の中ではお年寄りに席を譲りましょう。そこ、寝たふりするな!
といった一言メッセージ付。
今でいうラノベに通じる試みではありますが、約20年近く経った今読むと昭和の匂いがぷんぷんします。
並んだ人物も俗に言う生保レディから子供タレント、大学のミステリ研究室に俳句サークルの老人、ホラー映画監督、農家、果てには猫まで、とバラエティーに富んだラインナップ。
本書『ドミノ!』はこの様々な人々が東京駅を中心に繋がり絡まりあってまさしくドミノのように一つの物語を作り出す、という群像劇なのです。
よく似た構造の物語としては伊坂幸太郎の『ラッシュライフ』が有名ですね。
構造を楽しむエンターテインメント
また冒頭の話に戻ってしまいますが、『蜜蜂と遠雷』、本当に良かったですよね。
風間塵と栄伝亜夜、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールというそれぞれタイプの違った若き天才に加えて、努力家の高島明石という登場人物それぞれの人物造形をかなり深く細かく描いていて、まるで現実に知っている人々のように全員に感情移入せずにはいられませんでした。
そういう意味では『夜のピクニック』も似たような作品と言えるかもしれません。
西脇融と甲田貴子という異母兄弟に対してすっかり感情移入してしまい、物語そのものは24時間かけて長い距離を歩き通す遠足という単純なものであるにも関わらず、すっかり熱中してしまいました。
ただし、本書は異なります。
28人もの登場人物を登場させ、僅か400ページ弱の中で物語を成立させています。
ですので、正直なところ一人ひとりの人物描写は簡素にならざるを得ません。
ある意味では最初に出てくる登場人物紹介の記述を利用して、極めて記号的にキャラクター像を作り上げていると言っても過言ではありません。
ラノベ的、アニメ的な手法です。
記号化されたキャラクター達がどんな風に一つの物語の中で絡まりあうか、という点を楽しむおそらく恩田陸にとっても実験的な小説であって、一人ひとりの人物描写や深みを楽しむものではないのです。
ですので、『蜜蜂と遠雷』や『夜のピクニック』的なものを期待されている方は要注意かもしれません。
物語中には極めて現実離れしたアニメ的なエピソードが多数出てくる、という点も付け加えておきます。
一応フォローを入れておくと、28人もの登場人物を400ページ弱の中でパズルのようにつなぎ合わせるというだけでもすごい事なんですけどね。
だからそこを楽しむ物語、と思っていただければ良いかと思います。
また、軽快で読みやすい文章も特筆すべき点で、ほんの数時間で一気読みできてしまえます。
恩田陸の違う一面を知りたいという方は、さっくりと読んでみてはいかがでしょうか?