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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『獣の奏者 Ⅰ 闘蛇編 ~ Ⅳ 完結編』上橋菜穂子

「涙は悲しみの汁だ。涙がどんどん流れでれば、哀しみも、それでだけ減っていくってもんさ。おまえを、そんなに哀しませていることも、やがては、忘れられるようになる」

獣の奏者 Ⅰ 闘蛇編』から『獣の奏者 Ⅳ 完結編』までのシリーズ四作を読みました。

上橋菜穂子作品を読むのはこれが初めて。

どこかで聞いたことのある名前だなぁと思っていたら、2015本屋大賞受賞作品『鹿の王』の作者さんだったんですね。

 

なにかファンタジー作品が読みたいと思っていたところ、Instagramのフォロワーさんから『獣の奏者』をおすすめいただき、調べてみたら全四作にも及ぶ大作かつNHKでアニメ化もされた作品と知り……加えて元々曲だけは知っていたスキマスイッチの『雫』が主題歌だと知り、早速読もうと決めたわけです。

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ちょくちょくライトノベルを読んだりもしてきましたが、こういったガッツリ異世界ファンタジーな作品を読むのも久しぶり。

かなり期待を膨らませての読書となりました。

 

思ってたのと違う

いきなりですが、読み始めてすぐに、僕が期待していたような作品とは大きく異なることがわかりました。

勝手なイメージとしては『指輪物語』のような剣と魔法のファンタジーもの、と思い込んでいたのですが、本書はもう少し大人な、穏やかな作品。

 

まず主人公のエリンですが、彼女は緑色の目をした霧の民(アーリヨ)と人間との混血児。

すっごく簡単に言うと霧の民(アーリヨ)というのは妖精みたいなものですね。

本来人間と交わる事はない存在にも関わらず、禁忌を犯して人間と結ばれたがために、エリンの母は一族から追放されてしまった。

加えて瞳の色が周囲と違うが為に、エリンもまた差別的な扱いを受けていたりする。

この辺りは異世界ファンタジーではベタなハーフエルフ的な設定と言えるでしょうか。

 

そしてエリンの父というのが、闘蛇という生き物の世話をする闘蛇衆の一人。

闘蛇というのもざっくり言うと水棲のドラゴンみたいなもので、生きる兵器のように貴重な扱いを受けています。

父は亡くなり、現在はエリンの母が闘蛇衆として働き、親子二人で生活しているのですが、ある日突然、母が世話していた闘蛇が大量死してしまう。

 

罪に問われ、刑に処せられる母を助けに駆け付けたエリンは、逆に母に救われる形で見知らぬ地へと移り住む。

 

……とまぁ、序盤のあらすじとしては上記のようなところ。

 

ちなみにエリンが最初に住んでいたのは大公領で、次にたどり着いたのは真王領。

この二つはリョザ神王国の領地であり、大公というのは闘蛇を操り、敵国から自国を守る役目を負っています。

真王はリョザ真王国を建国した王の血をひく者であり、その昔、外敵を迎え撃とうという大公に対して闘蛇を操る笛を授けたとされています。

 

互いに持ちつ持たれつの関係でありながら、命がけで国を守る大公領の領民たちは、平和を唱えるだけで安穏と暮らす真王領民に不満を抱いていたりもします。

 

真王領に至ったエリンはひゅんな事から王獣という巨大な生き物に出会います。

羽の生えた巨大なオオカミのような生き物で、エリンは野生の王獣が同じく野生の闘蛇をいとも簡単に貪り食らう場面を目撃するのです。

 

やがてエリンは、大公領で育てられる闘蛇と対比するように、真王領では王獣を保護し、養っている事を知ります。エリンは闘蛇を世話していた母の姿を重ね、王獣を世話する獣ノ医術師を目指すように。

 

念願叶って王獣保護場の学舎に入舎したエリンは、傷ついた王獣の子リアンに出会い、彼女を世話する内に人が世話をする王獣たちに違和感を抱き始めます。

というもの、先の闘蛇衆にせよ、獣ノ医術師にせよ、闘蛇や王獣の世話には昔からの規則ががっちりと決められているのです。

音無し笛を使って身体の自由を奪ったり、特滋水と呼ばれる特殊配合された液体を与えたりする。

そのせいか、人に飼われている王獣は野生の王獣に比べると色褪せ、元気がないように見える事に気づくのです。

 

エリンはかつて見た野生の王獣のようにリアンを育てようと決意し、知らず知らずの内に遠い昔から定められてきた禁忌を犯していってしまいます。

決して人に懐くはずのない王獣と、心を通わせていってしまうのです。

 

……まぁ、こんなところでいいでしょうか。

 

 

全く剣と魔法のファンタジーではないですよね。

 

その先にも触れておくと、その後エリンは王獣リアンと心を通わせ、その背に乗って自由に空を飛ぶに至ります。

人に飼われる王獣は懐かない、飛ばないとされていた常識を覆す奇跡を起こしてしまうのです。

 

ですが王獣は闘蛇の天敵でもある。

闘蛇を主力部隊とする大公側から見れば、途轍もない脅威なわけです。

 

自由に王獣を飼い馴らすエリンは、本人の意思に関わらず様々な思惑を生んでしまうのです。

 

ちょうどリョザ神王国では、大公領と真王領との間で軋轢が増していた時期でもあり、やがて高まる戦禍の機運は、容赦なくエリン達を飲み込んでいきます。

そうして描かれる『王獣編』のラストは……やはり物語のラストを飾るのにふさわしい幕引きでしょう。

 

生き物の本来の生活を奪ってまで守るべき禁忌とは。

人はどうして闘わなければならないのか。

生きとし生きる全ての生物のあるべき姿とは。

 

非常に深いテーマも内包した壮大な物語である事に間違いありません。

 

ライナスの毛布

本書はそもそも『闘蛇編』と『王獣編』の二冊で完結していたそうです。

ですがその後周囲からの要望もあり、アニメ化に際して作者が物語の未完部分に気づいた事も重なって、続く『探究編』『完結編』が書かれたそうです。

 

その意味では、『闘蛇編』と『王獣編』までで一つの作品として読むべきものかもしれません。

 

『探究編』『完結編』については賛否両論多いからです。

 

ちなみに僕の感想はというと……否、とまではいきませんが、別になくても良かったかな、というのが正直なところです。

 

作者自身が「この完璧な物語の完璧さが損なわれてもいい」と書いている通り、『闘蛇編』と『王獣編』で不足していた隙間を埋め、未来を描いた物語ではあるけれども、結果として完璧さは損なわれてしまったかな。

アマゾンのレビューにある批判的な意見とほぼ同意ですが、先に書かれた二編と後に書かれた二編とでは、エリンの人間性が異なってしまった印象です。それはそのまま作者自身の変化でもあるのでしょうが、当初書いていたままその流れで書いていたら、きっとこういう風にはならなかったんじゃないかな、なんて思ってしまいます。

 

まぁ、読者や出版社が続編を強く望んだ結果がこうなってしまったわけですから、仕方のないところではあるわけですが。

 

この辺りって非常に難しいですよねぇ。

 

僕にも続編を書いて欲しいと願ってやまない作品は沢山あるんですが、書いた事で完成度が落ちる結果になるとしたら、残念ですし。

映画もそうですが、シリーズものって続編になればなるほど評価は下がっていくのが常ですしね。

実際にそうして評価を落としてしまった作品も数え上げればキリがないほどあるわけです。

 

既に完結した作品の続編を望むのは、ないものねだりみたいなものなのかもしれませんね。

あくまで個々の胸の内で夢想して楽しむものであって、それこそ願ってはいけない禁忌なのかもしれません。

 

僕のInstagramTwitterのアカウント名になっている「ライナスの毛布」も実はそんなところに関係していたりするんですけどね。

興味のある方は、以前書いた『キャラクター小説の作り方』の記事を確認してみて下さいませ。

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