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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『恩讐の彼方に』菊池寛

槌を振っていさえすれば、彼の心には何の雑念も起らなかった。人を殺した悔恨も、そこには無かった。極楽に生れようという、欣求ごんぐもなかった。ただそこに、晴々した精進の心があるばかりであった。

再び青空文庫から菊池寛恩讐の彼方にを読みました。

私本太平記』を読み終え、次の『新・平家物語』に取り掛かるまではひとまず間を空けようと考えているのですが、いったん習慣づいてしまうと、スマホに電子本が一つも入っていないのがどうにも落ち着かず。

未読のものから何か適当なものを……と探している内に見つかったのが菊池寛でした。

 

菊池寛といえば文芸春秋の創設者であり、直木賞芥川賞の設立者として知られています。名前は超がつくほど有名。

 

いかんせん……どんな作品を書いていた人なのか、ちょっと思い当たらなくないですか?

そんな興味もあり、今回は『真珠夫人』と並ぶ彼の代表作の一つ『恩讐の彼方に』を読むことにしました。

 

 

主殺しから改心・罪滅ぼしの旅へ

物語は主人公である市九郎が、主人から殺されそうになる場面から始まります。

愛妾であるお弓と密通していた罪を問われ、手討ちにされそうになった市九郎ですが、反撃に出た際、つい主人を逆に殺してしまうのです。

 

お弓とともに逃げ出す市九郎は、行く先々で人々を騙し、旅人を襲う悪事を重ねながら生き延びようとします。ところがそんな日々も長く続かず、罪を罪とも思わぬお弓の悪女ぶりに愛想を尽かし、自らの罪業を償うために出家し、名を了海と改めます。

 

そうして全国行脚の旅に出る了海は、一年に幾人もの犠牲を出すという難所・鎖渡しに当たります。高さ五丈(=約15m)もの絶壁を危なげな桟道を頼って渡らなければならないのです。やっとの思いで渡りきった了海は、これこそが自身の求めていたものであると閃きます。

 

了海は近くの羅漢寺を宿所とし、鎖渡しの岩盤にトンネルを開けるべく、採掘を始めるのです。当初は奇人を見るような目で見ていた近郷の衆も、月日を経るに従って深く掘り進められる隧道に眼を見張り、了海のために食事を運んだり、石工衆を集めて手助けしたりします。しかし、そうして大人数で挑んでも遅々として進まぬ工事に意気消沈し、やがて了海は再び一人ぼっちの採掘作業に戻り……かと思うと、再び村人たちが手を貸し、といったやり取りを数度。月日は18年を過ぎた頃、ついに郡奉行が協力に乗り出し、工事は加速度的に進展を見せ始めます。

 

ところが、そこへ現れたのが中川実之助。了海に殺された主人・三郎兵衛の息子です。当時三歳だった彼は、柳生道場で免許皆伝の修行を積み、父の仇討ちのため諸国を巡っていたのです。石工を指揮し、採掘を進める大将こそ自らの仇と悟り、満を持してやってくる実之助でしたが、目の前に現れた了海は長年の採掘作業により痩せさらばえ、足腰も経たず、目すら耄碌してしまった乞食のような姿に唖然とします。

 

了海は自分こそ仇に間違いないと、甘んじて実之助の刃を受けようと申し出ますが、周囲の石工たちが阻みます。彼らにとって、既に了海は菩薩の再来とも仰がれる存在。トンネルの開通もあと幾ばくも無いところまで差し迫った今命を奪うのはあまりにも慈悲がないと止めるのです。実之助も彼らの嘆願を受け、トンネル開通までの間、了海の命を預けると約束します。

 

人々の手前嘆願を受けいれたものの、長年追い求めていた仇を目の前にしながら目的を果たせなかった実之助は、闇に乗じて了海の命を奪ってしまおうと心に決め、夜更けにトンネルへと忍び込みます。しかし、他の人工たちが休む中、たった一人昼も夜もなくただひたすらに経文を唱えながら鉄槌を打ち付ける了海の姿に、胸を打たれます。

 

翌日から採掘する人工の中には、実之助の姿も見られるようになりました。自分も手を貸す事で、一日でも早く復讐の日がやってくるよう手を尽くそうと考えたのです。

了海が穴を掘り始めてから21年、実之助が加わってから一年半の月日が過ぎたある日、ついに了海の振るったノミが岩盤を突き抜け、トンネルは開通を見ます。約束通り、「お切りなされい」と申し出る了海でしたが、実之助の恩讐は成し遂げられた偉業の脅威と感激に打ちのめされ、二人は手を取り合って感涙するのでした。

 

ザ・王道

読み終わった感想ですが……いや、これスゴいですよ。

ザ・王道といった感じです。

 

不意に犯してしまった罪をきっかけに悪の道を転げ落ち、そこから改心を見せるものの、過去を知る人物が現れ、罪を問い……ってもうこれ、未だに使い倒され続ける王道パターンじゃないですか。

こりゃあ小説としても劇としても人気出ますよね。今読んでも普通に面白いですもん。

 

事実関係だけ見れば悪いのは間違いなく了海だけど、ひたむきに罪を償うために生きてきたその後の人生を知っている分、もう十分贖罪は果たしたのではないかと思えてくる。しかしながら、親を殺された実之助が同じだけの時間をかけて仇討ちを志してきた気持ちもわかる。読者にもたらす、どちらが正しい、正しくないでは割り切れない複雑な感情。

 

いやぁ、本当に本作、完璧ですよ。

 

付け加えるならば、上記のような内容が短編ですっきりとまとまっているのも素晴らしい。

余計な記述は一切なく、テンポよく物語が進んで行って、潔く終わる。

 

最近の小説の中には無駄に引き延ばしたようなだらだらした作品が多いだけに、このケレン味のなさが非常に気持ちよく感じられました。

紙の本で約25ページ、青空(Kindle)で無料という手軽さでもありますので、ぜひオススメしたい一作です。

 

 

名勝耶馬渓・青の洞門

ちなみにですが、本作にはモデルが存在するようです。

九州大分の名勝、耶馬渓にある青の洞門が了海の掘ったトンネルであり、その採掘を指揮した禅海和尚こそが了海のモデルとなっているそうです。

実際には禅海和尚は托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工を雇って事業を進めたそうなので、了海のように自らの肉体を酷使しながら掘ったわけではないそうですが。

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菊池寛の作品のモデルとなっている事もあって、かなり有名な観光スポットのようですね。

僕は東北住まいで、西日本にはほとんど馴染みがないので知りませんでしたが。

 

そういう意味では、すでに青の洞門の存在を知っている、言った事があるという人の本が、本作は楽しめるかもしれません。

 

 

初めて読んだ菊池寛ですが、思いの外良かったです。

スマホでの青空読書はまだしばらく続きそうなので、そのうち『真珠夫人』の方にも手を出してみたいと思います。

いずれ『新・平家物語』にも取り掛からないと。

 

https://www.instagram.com/p/BvaVwKKlJXP/

#恩讐の彼方に #菊池寛 読了文藝春秋の創始者だとか、芥川賞・直木賞の創設者だとは知っていましたが、肝心の作品についてはさっぱり覚えがなく。私本太平記が終わってスマホのkindle枠が空いたのではじめての菊池寛に挑戦してみました。 主殺しを犯してしまった市九郎は悪の道を転げ落ちた挙げ句、出家して了海と名を改め、贖罪の旅に出ます。鎖渡しと呼ばれる一年に何人もの犠牲者を出す難所にたどり着き、隧道を作るためにたった一人、岩盤を掘削しはじめます。最初は馬鹿にしていた村人たちも少しずつ心を開き、賛同者も現れたりしますが固い岩盤の穴掘りはなかなか進みません。18年が過ぎ、奉行所の助力を受けて完成に近づき始めたその頃、了海の前にかつて殺した主人の息子である実之助が仇討ちに現れ…… いやぁ、目茶苦茶良かったです。今でも十分に通じる王道小説。紙換算で僅か25ページという短編にも関わらず、無駄な記述のないシンプルな文章ですっきりまとまっていて気持ちが良い事この上ありません。菊池寛、凄いですね。他の作品も読んでみたいと思います。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。