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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『ヘヴンリー・ブルー』村山由佳

この夏――。

私は、お姉ちゃんの年をまたひとつ追い越す。

村山由佳『ヘヴンリー・ブルー』です。

前に書いた『天使の卵』、前回の『天使の梯子』に続く形のシリーズ作品ですね。

ただし本書は前二作は少し性質が違います。

 

天使の梯子』が続編だとすれば、『ヘヴンリー・ブルー』はアナザー・ストーリー。

日本語で言えば番外編という位置づけ。

 

天使の卵』発表から12年、映画化公開に合わせて企画された作品のようです。

 

影のヒロイン・夏姫のモノローグ

天使の卵』のヒロインは春妃ですが、妹である夏姫は作中で非常に重大な役割を果たし、続く続編『天使の梯子』においてはヒロイン役に抜擢されています。

ハッピーエンドではないにせよ、結果的に美しく輝く永遠の愛を手にした春妃と歩太に対し、夏姫は全ての罪を一身に背負うに等しい地獄に突き落とされています。

天使の梯子』はそんな彼女のその後を描いた作品である事は前の記事に書きました。

 

本シリーズにおいて真(=光)のヒロインが春妃であるとするならば、影(=闇)のヒロインは夏姫であるという位置づけができるかと思います。

 

本作は、そんな影のヒロイン夏姫の目線で、上記二作を振り返った作品です。

 

天使の卵』では歩太、『天使の梯子』では慎一が主人公を務め、夏姫は彼らというフィルターを通してしか描かれてきませんでした。

そのためその時々において夏姫が何を想い、どう受け止めてきたのかについてはあくまで想像の範囲内でしかなく、時にそれは自分勝手だったり、冷酷だったりといった誤解を読者にもたらしていたようにも思います。

 

本作のおいて初めて、読者は夏姫の胸の内を改めて知る事ができるのです。

 

 

しょせん番外編……かな

とはいえ本書、全254ページ中『ヘヴンリー・ブルー』本編は167ページ。その中にはところどころ挿絵が入り、僅か数行しかないような散文的なページもあり、非常に空白の目立つものです。

内容に関しても、『天使の卵』『天使の梯子』の象徴的なシーンをコピペしたような部分が目立ちます。台詞等々はそのままに、夏姫目線でちょっとずつ補足していくような具合。

 

なのでこれが独立した小説として楽しめるかと言うと、ちょっと難しいと言わざるをえません。

 

ちなみに本編以外のページはというと、執筆期間中の著者のブログをそのまま抜き出したエッセイ的内容。

こちらも編集者とのやり取りや、『天使の卵』の映画公開へ向けてのイベント等々が描かれていてなかなか興味深いものです。

 

でもまぁ、やっぱり全体的に見ると天使の卵シリーズを読み続けてきた読者に対するファンブック的な要素が強いかな、と思えるわけです。

 

夏姫は救われたのか

唯一の見どころは夏姫は救われたのか、という一点に絞られると思います。

天使の梯子』においてもラストは曖昧ですし、慎一目線であったがために、最終的に夏姫の胸中がどうなっているのかについては想像する事しかできませんでした。

 

ずっとあのまま、過去の罪に苛まれたまま生きていくのか。

罪は罪と受け止めた上で、前を向いて自分の幸せのために生きていくのか。

それとも実は、既に後悔を断ち切る事ができているのか。

 

そんなもやもやした読者の心配に対して、本作では夏姫自身の一人称で描かれているがために、彼女の心持ちを明確に知る事ができます。

それを確認できたたけでも、個人的には読んで良かったと思えます。

 

前に『六花の勇者』の記事でも触れましたが、読者は基本的に登場人物たちに幸せになって欲しいという想いを持って作品を見守っているものです。

だからこそ道半ばで敗れたキャラクターに涙し、絶対に目的を達成しようと頑張るキャラクターを最後まで見届けてやろうと応援し続けます。

 

天使の卵』シリーズについても、同様です。

長い人生の中、どんなに衝撃的とはいえ、たった一度の出来事だけで残りの人生を棒に振るような生き方をしたとは考えたくない。

天使の卵』は完成された作品だからこそ、余計なものを付け足して欲しくないという反発を抱く一方で、どうにかして彼らを救ってあげて欲しい。いつかどこかで幸せになった姿を描いて欲しいと切に願ってしまいます。

 

本作『ヘブンリー・ブルー』にて、夏姫については一つの答えが出たと考えて良いのではないでしょうか。

 

残す所は完結作となる『天使の柩』。

歩太の胸に残った深く大きな傷が晴れる日が来るのかどうか。

期待しかありません。

 

 

 
 
 
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『天使の梯子』村山由佳

「ほんとに、長かったよな、十年。――もう、いいよ夏姫。もう、いいかげんに解放してやろう。俺らが春妃に縛られてるだけじゃない。春妃のほうも、俺らに縛られてるんだ」

村山由佳天使の梯子』を読みました。

青春恋愛小説の金字塔とも言われる『天使の卵』の後日談・続編となる作品。

本作についても以前読んだ覚えがあります。ところが内容についてはいまいち思い出せないというちょうど良いぐらいの記憶の薄れ加減。

せっかく『天使の卵』を読んだ事ですし、未読の『天使の柩』も含め、改めてシリーズ通して読んでやろうと思った次第です。

最近似たようなライト文芸ばかり好んで読んでいただけに、ちょっと食傷気味なのも否めませんし。

 

村山由佳作品で一旦感性をフラットに戻した上で、ライト文芸に戻ろうかな、と。

なお『天使の卵』については先日再読した記事を公開したばかりですので、そちらをご確認下さい。

 

夜叉の道に落とされた夏姫のその後

本作の主人公はフルチンこと古幡慎一。

幼い頃に離婚し、それぞれが自由に恋愛を繰り返す両親を持つ彼は、祖父母宅で育てられます。

祖父は数年前に他界し、現在では祖母との二人暮らし。

 

しかし冒頭から、その祖母が亡くなったシーンから始まります。

悲しみに沈む慎一に一人の女性が寄り添い、二人で死生観や後悔について話し合います。

「逝ってしまった人より、残された者のほうが大変だったりもするけど、それでもどうにか自分をだましだまし生きてかなきゃしょうがないんだからね」

そう訳知り顔で諭す彼女に、慎一は反発を覚えるばかり。

ですが僕たち読者が、どうして彼女がそんな事を言うのかよく知っています。

 

彼女こそは天使の卵』において、決して逃れる事のできない後悔を背負って生き続ける宿命を背負わされた夏姫なのです。

 

慎一を主人公としつつ、本作は遺された歩太と夏妃のその後を描いた作品となっています。

 

後悔と向き合う生き様の物語

本作を読んだ感想を一言で言い表すなら……暗い、です。

とにかく暗い。

天使の卵』も決して明るい物語ではありませんでしたが、それでも歩太と春妃が互いに寄り添いながら、幸せになろうと進んでいく様子はほんわりと温かいものがありました。

あちらは冒頭にも書いた通り、基本的には青春恋愛小説ですからね。

 

一方で本作『天使の梯子』は青春恋愛小説と呼ぶ事にためらいを覚えてしまいます。

もちろん、慎一と夏姫の恋愛模様を中心に物語は進むのですが、物語の主題は明らかに恋愛ではないのです。

 

じゃあ何かと問われれば、天使の梯子』は過去の後悔と向き合う人々の生きざまを描いた作品だと思います。

 

天使の卵』からの出演となる夏姫と歩太はもちろんですし、主人公の慎一もまた、祖母の死に際し、夏妃と同じような罪を重ねてしまいます。

それぞれが罪と後悔に苛まれ、喪に服し続けるような日々を送っています。

 

彼らは救いを求めているようでもあり、反面、自ら進んで罰を科しているようにも見えます。

 

いつか彼らが過去から解放される日がくるのか。

暗闇の中を手探りで歩き回る人々を見守るような、そんな物語――最初から最後まで暗い雰囲気に覆われているのも、仕方がないのかもしれません。

 

 

完璧な恋愛との対比

本書、批判的な声も少なくないんですよね。

天使の卵』はあれ自体で完成されているのだから余計な事はしないで欲しかったという意見と散見されるのは成長した夏姫のキャラクター像についての幻滅

 

天使の卵』は間違いなくそれ自体で完成された作品です。

だからこそ今もなお再版を重ね、書店の棚に並び続けています。

 

それはつまるところ、春妃と歩太の恋が完成されていると言い変える事もできます

悲しいけれども、それ故に彼らの恋は永遠のものとなった。

 

後日譚となる『天使の梯子』においても、歩太は春妃への想いを貫き続けています。

再び失う事への恐怖もあり、新しい恋は全くしていない。

言葉の節々からも、十年経っても変わることなく春妃を想っている様子が感じられます。

 

一方で、夏姫。

運命的、と言えば聞こえはいいのですが、以前高校教師を務めていた彼女は、再会した教え子である八つ年下の慎一とあっという間に恋に落ち、肉体関係を結んでしまいます。

しかも前の恋人と別れたその夜の話です。

 

決して尻軽なわけではなく、こんな事になったのは慎一が初めてだと彼女の貞淑さを補足するような記述はありますが、多くの読者にとってはう~ん、と唸らざるをえないわけです。

前の恋人も、あまり好きではなかったような雰囲気ですし。

 

大学生の慎一もまた、一回こっきりや短い付き合いを本条としているような発言もあり、それが家庭環境や様々な事情を背景としたものだとしても、やっぱり軽薄な印象を抱いてしまいます。

 

片や永遠の愛。

片や出会ったその日にベッドイン。

 

夏姫と真一が独立した物語であればまた印象は違ったかもしれませんが、本作はどうしても『天使の卵』が前提にあるがために、どうしても春妃と歩太の関係と比較されてしまいますよね。

 

春妃と同じように夏姫もまた八歳年下の男と恋に堕ちてしまったんだ、と理解しつつも、でもやっぱりあの二人とは重みが違うよな、なんて鼻白んでしまうわけです。

 

 

黒・村山

夏姫のキャラクター像には、どうも数年後に発表される『ダブル・ファンタジー』へ続くものを感じてしまいます。

 

恋愛という心の面については様々な想いや消えない過去を抱えつつも、現実的には目の前の人間とフランクに恋愛関係を結ぶ。そこには肉体関係だって当然のようにある。

好きじゃない相手と平気で寝るのかと問われれば、そうではない。相手の事はちゃんと好き。だからといって過去の傷や思い出までリセットできるわけじゃない。

だとしたらそれはきっと本当の恋じゃないからだ。やっぱり本気で好きじゃないんだ……なんて理想論でしかないよね。人の記憶とか想いって、そんな簡単なものじゃあない。

 

とまぁ、ある意味では現実的と言えるのですが、逆に言うと美しくない姿。

村山作品はいつしか初期の恋愛青春もののテンプレとも呼べそうなキャラクター造形が影を潜め、本作あたりから著者自身を投影したかのような等身大の人物像が中心になっていきました。

青春小説から文学小説への飛躍。

白・村山から黒・村山への転換。

それを象徴するのが夏姫というキャラクター像なのだと思います。

永遠の愛の中にいる歩太や春妃と並べば、夏姫の醜さは嫌が応にも目立ってしまいます。

 

慎一もまた、歩太と夏姫の関係を邪推し、誤解し、嫉妬を繰り返し、非常に醜い。

青臭さと未熟さが鼻にツンとくるほど強烈な醜さを惜しげもなく披露してくれます。

落ち着き払った歩太との対比で、慎一の醜さもまたこれでもかと際立つのです。

 

読者はきっと夏姫の奔放さに眉を潜め、慎一の醜さに顔をしかめることでしょう。

夏姫はドライ過ぎて本当に慎一が好きとは思えない。

慎一はガキ臭くて何が良いのかわからない。

二人を見ていても、歩太と春妃の関係を見守っていた時のような暖かい気持ちにはなれない。ドキドキしない、と……。

 

歩太と春妃の理想的な完璧さに比べたら、慎一と夏姫の現実的過ぎる醜さはあまりにも残酷です。

けれどそれこそが、本書の持ち味のようにも思えてきます。

 

天使の卵』の再来を期待した人にとっては肩透かしを食うかもしれませんが、著者自身も成長し、地に足が付いた現実的な作品として『天使の卵』から派生させたのが本作である、と捉えるべきなのかもしれません。

 

ちなみにここから続く『ヘヴンリー・ブルー』や『天使の柩』は完全に未読なので、ここからどう彼らが進んでいくのか、非常に気になります。

『天使の柩』は確か歩太のその後の話だったかな?

夏姫と慎一も登場するんでしょうか?

あっさり別れていたりしたら、それはそれで村山由佳らしくて面白いな、と思ったりもするんですが。

期待が膨らみます。

 

 

 
 
 
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『15歳、終わらない3分間』八谷紬

『つらくても、笑っていたら、いつかきっとたのしくなるよ』

 

八谷紬『15歳、終わらない3分間』を読みました。

引き続きスターツ出版文庫からの作品です。

 

こちらも安定のジャケ&あらすじ買い。

 

なにせあらすじが秀逸です。

詳しくは下部に設置したAmazonの作品ページでも見てもらう事として、これは面白そう、と思えるのは間違いありません。

 

さてさて、どんな作品か。

早速説明していきましょう。 

 

what done it(ホワットダニット)

主人公の乾弥八子は学校の屋上から身を投げます。

しかし次の瞬間、弥八子は教室に。

そこにいたのは霧崎・村瀬・五十嵐の男子三人と、日下の女子女子一人。

それぞれ部活や別の行動をしていたはずなのに、いつの間にか教室内へと移動させられてしまいました。

脱出を試みる五人ですが、ドアは開かず、教室内に閉じ込められている事に気付きます。

そして時計の針は5時27分から30分の間を繰り返すばかり。

 

一体何が起こっているのか。

どうしたら脱出できるのか。

 

一言で言うなれば、本作はクローズドサークルに閉じ込められた五人の脱出ゲームです。

 

 

五人の心情

集められた五人は同じクラスメートというだけで、特に親しい間柄というわけでもありません。

脱出を目指す五人は、そのためのヒントを求めて話し合いを重ねます。

そうして互いを知っていく内に、少しずつ心が結ばれていきます。

 

脱出ゲームとは書きましたが、青春小説としての側面も色濃い本書においては彼らの心情の移り変わりこそが見どころと言えるでしょう。

 

それぞれがひた隠しにしてきた過去やコンプレックスを明かしていく様子は、辻村深月かがみの孤城』を思わせるところがあります。

 

 

ライト文芸です

過度な期待は禁物ですね。

 

次々と各々の秘密が明かされるとはいえ、特に必要性を感じないような小粒なものもあれば、そりゃあいくらなんでも無理過ぎるんじゃない? と思えるものもあったり。

個人的には、主人公である弥八子が自殺するに至ったそもそもの理由に疑問を抱いてしまいました。まぁ、十代の子は深く考えすぎて衝動的に死を思い描いたりもするけど……もうちょっと深いというか、納得できる理由があっても良かったかな? せめて死を決意するきっかけとなったエピソードを描くとか。

 

全般的には、弥八子の独白が多いのも気になりました。

誰かが発言する度、行動する度に自分がどう思ったか、自分だったらどうしていたか等々と弥八子の感想が長々と語られます。もちろん全て不要だとは言いませんが、あまりにも多すぎて登場人物たちのやり取りや話の筋が途切れ途切れになってしまいがちでした。

 

舞台が教室の中、登場人物五人という限られた環境で物語を形成しなければならないが故、弥八子の独白で膨らませたのかなぁという印象を抱いてしまいます。

だったらその分を、自殺を決意するまでの経緯や、モノローグなどに割いて欲しかったなぁ、と思った次第です。

 

 

お約束

突然話が変わりますが、『君の名は。』『天気の子』で有名な新海誠作品に『秒速5センチメートル』という作品があります。

見た事がないという方がいればネタバレになってしまうので恐縮なのですが、ネット界隈ではトラウマレベルの鬱アニメとしても有名な作品ともなっています。

 

www.youtube.com

 

ざっくり言うと、主人公の男の子は子供の頃に一人の女の子と特別な経験をするんですね。

でもそれが最後で、別れたきり。二度と会う事は叶いませんでした。

以後、彼はずっと彼女の事を心の片隅で想い続けています。いつの日かまた会える日が来る事を心待ちしているわけです。

そして迎えたラストシーン、踏切で彼女らしき人物とすれ違い、振り向いた彼と彼女の間を電車が走り抜けます。彼はついにその時が訪れたと胸を躍らせるわけですが……電車が過ぎ去ってみると、既にそこには彼女の姿はありませんでした。

 

主人公はずっと彼女を想い続けていたのです。

きっと彼女も自分と同じ気持ちで、再会を待ち望んでいてくれるはずだと信じていた。

その気持ちが最後の最後で、独りよがりなものだったと知らされるという情け容赦ないラストシーン。

 

類型のハッピーエンドを期待していた観客は、最後の最後に現実の無慈悲さを突きつけられ、そこに自分を重ね合わせる事で絶望するわけです。

 

そうだよ。そうなんだよ。こんなもんだよ……ってね。

 

秒速5センチメートル』についてはある意味恋愛モノにありがちなお約束を破ったからこそ話題となったわけなので比較対象にはならないかもしれませんが、とはいえここのところライト文芸作品を読んでいると、ちょっとお約束が過ぎるように感じざるを得ません。

 

小さな頃にした約束を何年も経った後も当たり前のように覚えていたり、高校生の時に離れ離れになった同級生が、大人になっても途切れる事無く一途に想い続けていたり。

でもって再会した瞬間にすぐさま抱き合って結ばれたりします。

いくらなんでもなんだかなぁ、、、と思う事もしばしば。

 

でも以前にも書きましたが水戸黄門暴れん坊将軍といった勧善懲悪の時代劇同様、「期待を裏切る事のないど真ん中の恋愛作品」がライト文芸に求められている事なのだとすれば、仕方のない事なのかもしれませんが。

 

幼い頃の約束があったからといって、それだけの理由で相手のために命を捧げるところまで行ってしまうと、行き過ぎじゃないかなぁと思えてしまうんですよね。

お約束だからとはいえ、それならそれに相応しいだけの理由付けに欲しいなぁと思える作品が多い気がします。

 

きっとそういう作品もあると信じて、もう少し読んでみる事にしましょう。

 

 

 
 
 
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『僕は明日、きみの心を叫ぶ』灰芭まれ

 

《……クラゲの身体の、九十五%の水が涸れました。――来世は幸せになれますように》

 

灰芭まれ『僕は明日、きみの心を叫ぶ』を読みました。

一応先に付け足しておくと、灰芭まれの読み方に戸惑う方が少なくないようですが≪芭≫は松尾芭蕉の≪芭≫ですから“はいばまれ”ですね。

ご本人のTwitterアカウントも @mare_haiba13 ですし。

ネット小説・ラノベ系の作家さんはペンネームが独特な方が多いようです。

引き続きライト文芸系のレーベルであるスターツ出版文庫の作品ですが……こちらの作家さんもまた、スターツ出版が運営する携帯小説サイト「野いちご」や「魔法のiらんど」等に作品を投稿されているネット小説家さん。

 

本作はスターツ出版文庫大賞でフリーテーマ部門賞を受賞し、書籍化に至ったそうです。

というわけで、実は本書も前に読んだ『放課後図書館』同様、ネット上で無料で読めてしまったりするのですが。

 


一応あらすじの最後に「◎書籍とは大きく異なります◎」とある通り一緒というわけではなさそうですね。

 

イジメられっ子をかばったら自分が次のターゲットに

主人公の雪村海月は入学した高校でそれなりにうまくやっていたはずだったのですが、仲間外れにされつつある仲良しグループの中の一人をかばった事が原因で、自分がターゲットにされてしまいます。

しかも自分が庇った相手は代わりにイジメを受ける海月を見て見ぬフリ。

 

リアルですね~。

 

親にも言えず、思い悩む海月。

第一章は彼女が追い詰められていく様がありありと描かれていきます。

そして最後に――放送室の鍵が開けっ放しであると耳にした海月は、早朝の校内で《死にかけのクラゲ日誌》と題し、誰にともなく日々のイジメの内容をマイクに向けて語り続けます。

 

その放送を、たまたま投稿していた生徒会長の鈴川が耳にします。

 

 

自分には何ができるのか

第二章からは一転して鈴川視点の物語に。

顔も名前も知らない誰かの悲痛な叫びを耳にした鈴川は、胸を痛めます。

通りがかるだけで女の子たちにキャーキャー騒がれるような人気者の鈴川は、はぐれ者のヤンキー隆也を常に気に掛けたり、以前には髪が茶色いというだけでイジメられていたクラスメイトを庇ったりと、もともと強い正義感に溢れる男子だったのです。

 

クラゲとは一体だれなのか。

学校中を駆けずり回っても探し当てる事はできず、一方で見つけたところで何ができるのか、と思い悩みます。

 

ようやく海月を見つけたものの、何もできずに逃げられてしまうばかり。

海月の痛みを自分の事のように受け止め、悩み苦しんだ鈴川はある日決心を決め、両親に打ち明けます。

 

物語の構造

だいぶ以前の記事になりますが、『魍魎戦記MADARA』や『多重人格探偵サイコ』の原作者である大塚英志は著書の中で、

 

言ってしまえばぼくたちは大なり小なり誰かから「盗作」しているのであって、むしろ創作にとって重要なのは、誤解を恐れずに敢えて記せばいかにパクるかという技術です。

 

中世の語り部や、この本では説明しませんが、近世の歌舞伎、そして戦後まんがと、その時代時代の物語表現は常にデータベースからのサンプリング、あらかじめ存在するパターンの組み合わせなのです。

 

と断言しています。

 


そんな観点から考えてみると、本書は童話『王様の耳はロバの耳』と『月のうさぎ』の掛け合わせかな、なんてふと思ってしまいました。

 

誰もいない校内放送で想いを語る海月の行動は、森の中の葦に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ理髪師を思わせます。もちろん、そこに至る動機や導き出される結果は違いますけど。

誰にも言えない秘密(悩み)を人知れず叫びたい、という欲求については共通するところがあるのではないでしょうか。

 

そしてもう一つの『月のうさぎ』。

これはもしかしたら知らない人もいるかもしれませんので簡単に説明します。

ある時森の中で倒れているおじいさんを見つけた動物たちが、おじいさんを助けようと話し合います。

しかし要領よく魚や木の実を集める猿や狐と違い、ウサギは何もしてあげる事ができません。

思いつめたウサギは、「おじいさん、私を食べて下さい」と焚火の中に身を投げます。

実はおじいさんの正体は神様で、そんなうさぎを憐み、月の中に蘇らせてあげました。

だから今でも、夜空の月ではうさぎがおじいさんのために餅をついているのです……と、このようなお話。

 

生徒会長の取った行動というのは、まさしくこのウサギと同じであると言えるでしょう。

 

自己犠牲≠正義

実はこの『月のうさぎ』……最近ではあまり評判が良くないと聞きます。

なんとなくわかりますよね?

誰かを助けるために自分の命を投げ出すだなんて、現代においては簡単に美徳として讃えられる行動とは言えません。

 

幼い事に初めてこの話を耳にした時、僕も「えっ」と思いました。

そんな事しなくちゃいけないの? これは良い事なの? と……。

 

うさぎは偉いな、と思う反面、素直に受け止めきれないのが正直なところです。

大人になった今となっては、当然のように「他に方法あっただろう」と考えてしまいます。

 

ウサギがあまりにも衝撃的な行動に出てしまったがために、一生懸命食料を集めてくれた猿や狐の献身が矮小化されてしまっているのも気になります。

自分が猿や狐だったらと思うと、いたたまれませんよね。

 

細かい内容に触れればネタバレになってしまいますので、あえて『月のうさぎ』を例にとりましたが、本書において生徒会長・鈴川の取った行動はうさぎに等しいものです。

単純に感動として受け止められないのは僕が大人になってしまったからなのか、それともやっぱり……そんな風に考えると、ついモヤモヤしてしまいます。

 

少なくとも相談された両親が鈴川の行動を許したというのは、理解できません。

僕が両親だとすれば……やっぱり自己犠牲以外で解決する方法を一緒になって考えたと思います。

 

 

ライト……ライト文芸だけど

ここからはちょっと書こうかどうか迷いますが……というのも、本書はあくまでライトノベルですからね。

ライト文芸ですから。

元々はWEB小説の作品だから。

 

そう前置きした上で、やはりどうしても気になる点がいくつかある事を書いておこうと思います。

 

例えば物語の根幹となるクラゲ日記。

放送室に鍵が掛かっていない……これは許容できます。

しかし、早朝の学校で放送をして、聞いていたのは生徒会長の鈴川のみ……これはいくらなんでも無理がある。

 

もしかして生徒会長は学校の鍵の開閉までしているのでしょうか?

少なくとも学校の鍵を開けた教師は校内にいるはずで……二度、三度と続く放送を全く聞かずに終わるという事があり得るのでしょうか? 聞いても意に介さなかったとか?

 

本作、全般的に教師たちの無能さというか、そこに存在しないかのような希薄さが目立つんですよね。

 

また、海月のイジメについても同様です。

作中ではイジメは狡猾で、教師はふざけていると捉えているような記述が見られます。海月の両親も何かしら不審に感じてはいるようですが、本人が口を噤んでいるのでイジメの事実には気づいていません。

 

……って、これもねえ。。。

 

海月に対するイジメは、狡猾という割に大胆です。

上履きがなくなったり、体操服を切り裂かれたり。制服がチョークの粉で汚れているような描写もあります。

 

いや、バレるでしょ。普通に。

 

もっとSNSイジメみたいに表面化しない陰険なやり方ならともかく、物や身体を攻撃したら即バレですよ。そんな子がいれば、クラスメイトの口を通じて校内にも少なからず広がっているでしょう。教師が見て見ぬフリをするのはわからないでもありませんが、生徒たちもほとんどが知らないというのは、ちょっと無理があるんじゃないでしょうか。

 

クライマックスとなる放送のシーンもやはり引っ掛かります。

教師は「やめさせろ!」というだけで誰一人として放送室に向かわない

三十七分間という長時間、全員が一歩も動かず、一生徒のゲリラ的な校内放送にただ耳を傾けるという、無能&無能&無能な教師陣

最終的に主人公が駆け付けるまで、教師どころか他の生徒も誰も放送室に近づかない。

 

加えて、放送で突然「根は優しい」なんて裏側の話を細かな例まで挙げて全校生徒に向けて発表されるヤンキー隆也の心情は察するに余りあります。普通に考えればトラウマレベルの公開処刑です。「プライベートの事まで勝手に言うんじゃねえ」と後から殴られる方が自然でしょう。

 

もちろん、海月も。

 

イジメの詳細を突如校内放送でばらされたりしたら、並のいじめられっ子はそのまま登校拒否か、最悪こじらせて自殺してもおかしくない話だと思います。教師や親にも言えないのは復讐や言ってどうなる?という諦めもあるでしょうが、「自分がイジメられてると認めるなんて恥ずかしい」という自尊心の比重こそ大きいものです。

つまり全校生徒の前で「あいつイジメられてるよ! みんなイジメるな!」と名指しで紹介されるに等しい公開処刑をされているわけで。

考えるだに恐ろしい……。

 

その後、先生たちといじめについて話し合いの場を設けたエピソードがあるのですが、恐ろしいのはそこに当事者たちクラスメイトも同席している描写がある事。

その中で、一人が涙ながらに懺悔と謝罪を繰り返し……って、こんなん絶対やっちゃダメでしょ。

今時「〇〇ちゃんをイジメたのは誰ですか? 正直に言いなさい!」なんてやったら間違いなく教師は首になります。

 

まぁ……ちょっとね、ずらずらと辛辣に書いてしまいましたが、『月のうさぎ』の話を持ち出した通り、色々なところでリアリティーの欠落と、歪んだ正義感を感じてモヤモヤしてしまうわけです。

 

みんなから信頼される優秀な生徒会長という設定と、実際に起こした彼の行動に矛盾を感じてしまいます。自己犠牲を前提とした自爆テロみたいな方法以外に、他に解決策はなかったんでしょうか?

相談を受けた両親や担任教師は、明らかに一人で抱え込んだ彼に対してGOサインを出す事しかできなかったのでしょうか?

そんなにも彼の決意は動かしがたい正当性に満ちていたのでしょうか?

もっと多くの人を味方に加えて、全てを穏便に済ませるような方法を提案できる人間は作中に一人もいなかったのでしょうか?

彼のやり方で、本当に問題は解決するものなのでしょうか?

 

前回絶賛した『一瞬の永遠を、きみと』もまた、色々とご都合主義的な面は気にはなったんですけどね。しかしながら扱っているテーマが本作とは違いますし、レーベルカラーや求められる読者層を考えれば目を瞑るべき部分なのかなと考え、あえて触れませんでした。

 

でも本作は作品に集中できないレベルで色々と気になる点が多すぎたので、さすがに看過できないかな、と。

歪な自己犠牲を安易に正義と称賛して、感動作と銘打つのは間違っていると思います。

荒唐無稽なものがライトノベルとはいえ、やはり最低限のリアリティーや論理は保って欲しいと思うのです。

 

 

 
 
 
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『一瞬の永遠を、きみと』沖田円

「今ここで死んだつもりで、少しの間だけおまえの命、おれにくれない?

 

沖田円『一瞬の永遠を、きみと』を読みました。

一時期の放置具合はなんだったのかと訝しまれるような連日の更新ですが、ライトノベル系は読みやすいのでサクサク進んでしまいますね。

 

本作も例に漏れずジャケ買い

そして前記事『放課後図書室』と同じスターツ出版文庫レーベルからの作品となります。

書店で文庫の棚を見ていると、沖田円という名前は嫌でも目に入るぐらいの人気作家という印象があります。

「淡く切ない涙の恋愛物語」的なライト文芸のイメージが一番似合う作家さんなのかな、と。

 

ここまではどちらかというと変化球的な作品を選んでしまったかもしれませんが、本書『一瞬の永遠を、きみと』はおそらくこれぞライト文芸というべきど真ん中の作品。

しっかりと最後まで楽しんでいきたいと思います。

 

 

自殺しようとした少女は、出会った少年と海を目指す旅へ

主人公である夏海が学校の屋上から身を投げようとしたその時、背後から声を掛けられます。

彼の名は朗。

朗は海を見に行きたいから付き合ってくれ、と夏海にもちかけます。

 

けれど彼は一文無しで交通手段は夏海が乗って来た自転車のみ。

しかも朗は自転車に乗ったことがない、したがって自分では漕げないという変わった男。

 

戸惑いを見せる夏海でしたが、不思議な少年朗とともに、遠く離れた海を目指す冒険の旅へと出発する事になります。

 

 

旅の先にあるもの

夏海はどうして死のうと考えたのか。

朗は何者なのか。

 

大きく二つの謎をフックに、物語は進んでいきます。

 

特に朗は明らかに不審です。

夏でもカーディガンを羽織ったままだし、生まれてこの方アイスを食べた事もない。あまりにも浮世離れした言動が目立ちます。

 

そうしてたまたま立ち寄ったお店の老婆に声を掛けられ、一晩泊めてもらったりと様々な幸運や巡り合わせも手伝い、二人は少しずつ海を目指して進んでいきます。

その過程の中で、初めて会ったはずの互いを理解し、心を惹かれるようになっていきます。

 

ベタ&ベタ&ベタ

細かい内容はネタバレになってしまうので省きますが……簡単に言い切ってしまえば本書はベタのオンパレードです。

特に目新しい要素や展開があるわけでもなく、どこか既視感のあるストーリーを重ねて作り上げられた恋愛小説。

朗に隠された秘密については大半の人が「どうせそういう事情だろう」と想像した通りのものですし、そこから結びつくラストもほぼ予想通りと言って良いでしょう。

 

期待値を上回る事もなく、かといって裏切りもせず、ちょうど良いところにしっかりと着地してくれます。

 

ベタ&ベタ&ベタ。

定番&お決まり&テンプレート。

 

でも極論すればこれがライト文芸ってやつなんですよね。

 

個人的に、こういった「淡く切ない涙の恋愛物語」的なテンプレート型のライト文芸は、水戸黄門暴れん坊将軍といった勧善懲悪モノの時代劇に通じるものがあると捉えています。

テレビドラマも小説も等しく余暇時間を過ごすための娯楽だとするならば、期待を裏切らない、慣れ親しんだ、自分にとって面白いと感じられると約束された作品をユーザーが選ぶのはある意味では当然であり必然な流れなのでしょう。

 

仮に本書が一般文芸レーベルから「これは文学です」という顔で刊行されていたとしたら感想も変わってきますが、ターゲットとする読者層とレーベルカラーにしっかりと合った作品であるという点においてはまず間違いないですし、やはりライト文芸スターツ出版文庫のど真ん中を捉えた作品と言えるのではないでしょうか。

 

こういう作品は事実今売れていて、書店の棚を広げつつあるジャンルなのでしょう。

 

そう言い切るには、まだまだ読書量が足りていませんが。

なのでライト文芸の記事はまだ当分続きそうです。

 

 

 
 
 
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『放課後図書室』麻沢奏

「記憶違いだったら悪いんだけど」

「うん」

「俺達、付き合ってた?」

「…………」

麻沢奏『放課後図書室』を読みました。

前回読んだのは新潮文庫nexというレーベルですが、こちらもスターツ出版文庫というライト文芸レーベルからの出版作品です。

 

スターツ出版について簡単に整理すると、ケータイ小説サイト『野いちご』を運営しており、過去には『恋空』で100万部を超える大ヒット作も打ち出した出版社です。

……と書けば、同じライト文芸という括りの中でもなんとなくレーベルカラーが見えてくる気がしますね。

どちらかというと女性向け、恋愛色の強いレーベルという印象でしょうか。

 

 

図書委員に選ばれたのは、三年前に付き合っていた二人

高校二年に上がってすぐ、果歩は同じクラスの早瀬君と図書委員に選ばれます。

図書委員とは、簡単に言えば放課後の図書室のカウンター業務を担当する係。

しかしながら実はこの二人、三年前の中学二年生の当時、彼氏彼女という関係になったはずの間柄でした。

 

ところが中学二年生という年代にありがちな話で、友達を通じて告白し、付き合う事になったものの、直接には会話すら一度も交わす事なく自然消滅したというのが実際のところ。

 

あれは付き合ったと言えるのか。

相手は自分の事をどう思っていたのか。

自分はどうだったのか。

 

図書委員をきっかけに三年の月日を越え、なんとなく消化不良のまま胸の奥にしまい込んでいた過去と、もう一度向き合うようになるのです。

 

うーん、なかなか面白い設定。

 

少女漫画風味

まぁレーベルカラー的にも仕方ない事ですけれど。

基本的には少女漫画を小説化したような作品です。

 

主人公の果歩は内向的で、高校二年生にもなったというのに化粧っ気もなく、男子とうまく会話もできないという純情少女。

クラスメイトの友人たちは何かと恋愛の話題で盛り上がり、果歩にも積極的に恋愛するよう勧めますが、果歩にはあまり興味を持てず……。ですが一たび合コンに参加してみれば、男子や周囲からは「可愛い!」「素質がある!」と絶賛される隠れ(?)美少女だったりします。

 

一方、相手役となる早瀬はサッカーのクラブチームに所属し、絵も得意、さらに勉強もできる上、結構な頻度で女の子に告白されるという絵に描いたようなイケメン王子様。

クラスでは目も合わさない彼は、図書委員の時だけ果歩と積極的に会話してくれます。

しかも一緒に帰った別れ際に、果歩の手に口づけをしてみたり、目を瞑ってとキスを連想させるような素振りを見せては、赤面する果歩をからかって笑うという思わせぶりな態度を取りまくります。

 

完全に自分がイケメンだとわかった上で、女心を手玉に取るタイプですね。

 

果歩は早瀬の思惑通り、その度にドキドキするわけです。

早瀬君、何を考えているのかな?なんて。

 

いやいやいやいや、YOUたち付き合っちゃいなよ!!!と思わず言いたくなるようなもどかしい間柄。

 

ですが本書はそんな二人の行く末を、ヤキモキしながら見守る事を醍醐味とした書かれた作品だと言えるのでしょう。

 

余計な要素やキャラクターを盛り込むわけではなく、ただただ二人の関係だけに焦点を当てて作り上げられる純な恋愛小説に徹底している点は、非常に好感触です。

 

 

ネット小説でした

短い章立てで連作短編のように物語が続き、空き時間にもちょっとずつ読み進められるような作品構成と、読んでいる途中で、なんとなくそんな気がしたんですけどね。

本書は先にもご紹介したケータイ小説サイト『野いちご』で連載され、書籍化された作品でした。

わざわざ買わなくても無料で読めたんですよ。

 


確かに活字慣れしていない高校生~大人の女性が気軽に読むにはもってこいの作風だと感じました。

非常にわかりやすい、ある意味ではライト文芸の一つの典型例ともいえる作品かもしれませんね。

ただし、これ一冊でスターツ出版ライト文芸についてわかった気になるのも危険ですし、もう少し他の本にも手を出していきたいと思います。

 

 

 
 
 
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『消えない夏に僕らはいる』水生大海

小学五年生の夏は特別だった。五人はみな、そう思っている。

けれど高校一年生の夏もまた、特別だ。 

 

水生大海『消えない夏に僕らはいる』を読みました。

新潮文庫nexというレーベルから出ている作品。ライトノベル……というよりライト文芸的なレーベルなんでしょうね。

 

ライトノベルの記事が続いた後、前回はライト文芸のはしりとして『天使の卵』をご紹介しましたが、お察しの通り、ちょっとライト文芸系の作品に興味を持ち始めている次第です。

 

ライト文芸といえば青春であったり、切ない恋愛ものであったり、といった作品が多いように感じていますが……『消えない夏に僕らはいる』というタイトルは非常にそれに沿った作風に感じます。

最下部に作品へのリンクを掲載していますので後程確認していただきたいのですが、教室で、どことなく不安げな雰囲気のある五人の生徒が佇む表紙絵なんかもいかにもライト文芸的な匂いがぷんぷんします。

 

実は本書はこの表紙絵とタイトル名に惹かれたという理由だけでジャケ買いした作品です。

 

さて、内容はどんなものか。

 

 

5年前、事件に巻き込まれた子供たちが同じ高校で再会

小学校五年生の時、響の暮らす田舎町に都会の小学生たちが校外学習でやってきます。

その中にいたのが友樹、紀衣、ユカリ、宙太の仲良し四人。

木工細工の工房でたまたま母親の手伝いにやってきた響は、そこで彼らと出会います。

四人は響に廃校に案内して欲しいとねだり、みんなが寝静まった夜、宿泊施設を脱走して再びその廃校を訪れます。

しかしそこでは響の親戚に当たる青年らが怪しげな動きをしており、見つかった彼らは青年たちに追われ、紀衣は大怪我を負う事態に。

駆け付けた人々により青年たちは取り押さえられ、事件は落着したものの、青年の親戚筋であった響は両親とともに謝罪を繰り返す羽目に。周囲から厳しい声を浴びる響のためにと両親は離婚し、苗字を変え、転校を繰り返すという悲しい生活を送ります。しかし行く先々で事件の事がバレる度に、響は苦しい想いを強いられます。

 

そんな響は高校進学にあたり、隣県の進学校へ。

誰も知る人のいない環境の中で、心機一転新しい生活を夢見る響の前に現れたのは、かつてたった二日だけ一緒に過ごしたあの四人なのでした……。

 

 

ホラー?ミステリ?いやいや日常学園ものです

冒頭にある小学生時代のエピソードは、ちょっと懐かしい感じやほろ苦い雰囲気も満載で物凄く良いです。

とんでもない大冒険を繰り広げた彼らが高校で再会。

きっとここから新たなドラマが、そしておそらく過去の事件も関わる五年越しのストーリーが生まれるはず。

どんな面白い物語になるのかと思いきや……。

 

読み進めるにつれて、どんどん不安になります。

 

そもそもの構成が、一人称にも関わらず章ごとに視点が入れ替わるという非常に読みにくいもの。

つまり上に名前を挙げた五人それぞれが主人公となり、場面場面で視点がころころと入れ替わるのです。

 

その度にいちいち、友樹は高校入学にあたりどんな期待をしていたのか。紀衣はどんな心情だったのか。ユカリは他の四人とどんな風に距離を置いていたのか。といったエピソードが逐一語られます。

 

そうしてようやく物語が動き出したかと思えば、やたらと女王様気取りの面倒くさい学級委員長が頭髪について難癖をつけはじめ、校則で決まっているから天然パーマの場合には親の証明書を提出しろだのという些末なトラブルが始まるのです。

 

 

このあたりでもしや、と思いました。

……もしかして大きな事件とか期待しちゃ駄目?

予感は正しく、結局のところ最後までこんな調子の物語。

基本的に小説はしっかりと全てに目を通すのですが、あまりにもどうでも良いモノローグが多すぎるので、後半はかなり斜め読みしてしまいました。

 

つまるところがスクールカーストの最上位に位置する女生徒がいちいち問題をややこしくし、響のように過去に傷を持つ子はまんまとその餌食にされてしまう、というだけの話です。

 

冒頭の小学五年生のエピソードは響の抱える過去の傷であり、再会した五人はお互いに気まずいながらも最終的に意気投合するという、日常的なスクールカーストを描いた学園モノ作品でした。

 

もったいない……

はっきり言って、肩透かしです。

思わせぶりな表紙絵といい、魅力的な冒頭エピソードといい、かなり面白い素材あったんですけどね。

いやはや、スクールカーストの話だとは。

 

加えて、物語のキーとなる「響の過去の傷」というのが非常に弱い。

響は四人に求められて廃校に案内しただけで、どう考えても全く悪くないんですよ。

ところが彼らを襲った青年が親戚筋で、彼には身寄りもなかったことから響の両親がまとめて謝罪を繰り返す事になった。結果として響も犯罪者として扱われ、行く先々でいじめを受けたという謎の転換を起こします。

 

このロジックに説得力が皆無!!!

 

だから過去の事件を知ったクラスメイト達が「謝罪しろ」と響に詰め寄る様子も、それを止められない四人の気持ちもさっぱり理解できないのです。

 

「いや、案内しろって言われたから案内しただけだよ。実際に怪我を負わせたのははとこだよ」

「そうだよね。響ちゃんは何もしてないよね。むしろ私たちが無理強いしただけだし」

 

このやり取りで済む話ですよね?

僕がクラスメイトなら「そうだったんだ。かわいそうに」と逆に同情することでしょう。

なのに作中の登場人物たちはしつこく食い下がります。

 

せめてはとこが犯した罪が津山三十人殺し並みの大量虐殺だったとか、罪を犯したのがはとこではなく血を分けた兄弟や両親というのであれば、響に厳しい視線が向けられるのもわからないではありませんが。

はとこが。

小学生を傷つけた。

しかもその小学生たちも校外学習の宿泊先から夜中に脱走するような問題児。

加えて響はどちらかというと彼らを止めようとしていた立場。

 

にも関わらずそのせいで響がイジメられ続ける……ちょっと理解できませんね。

 

一番キモとなるここの部分に共感できないのだから、物語全体通して面白いと思えないのは明白です。

むしろ共感できる人、いるの???

 

でもって、五人が再び力を合わせて立ち向かうのはスクールカースト……どうしたら面白くなるのでしょう? 頭を抱えてしまいます。

 

 

設定:ヒーロー戦隊をイメージした五人組(※五人は強い絆で結ばれている)

あとがきによると、作者は五人の主人公にヒーロー戦隊を重ねて書いたそうです。

直情的で正義感溢れる友樹はレッドで、紀衣はイエローで……的な。

 

こちらもはっきり言ってしまえば、失敗ですね。

 

ラノベ・キャラクター小説とはいえ、テンプレ過ぎて個性皆無。

特に女の子たちは名前が書いてなければ見分けがつかないレベルです。

それぞれショートカットだ、髪の毛がくるくるだ、と外見上の特徴は書かれていますが、思考レベルや発言内容ではほぼ一緒。イエロー役、グリーン役、と名札を貼られたマネキンにも等しい人間性

登場人物の中には誰かを好きになったり、失恋したりするキャラクターも出てきますが、その理由にしても外見上の優劣ばかり。

 

主人公五人を含め、心の底で繋がっている、惹かれているという印象が全くない。

 

五人はただただ昔そういう事件があって、長い時間を過ごして来たから当たり前にみんな強い絆で結ばれているという設定があるから、そういうものなんだという前提で物語が書かれています。

ラノベにありがちな設定だけの物語ですね。

とりあえず男と女が出てきて、当たり前のように惹かれ合う。でもお互いの何に惹かれているのか、読者にはさっぱりわからない。こいつら欠陥だらけじゃん? 見た目が良ければそれでいいの? なんて読者の疑問を無視したまま、男女はお互いの一挙手一投足にドギマギするという話が延々と続いていくラブコメ……そんな作品はラノベに限らず一般文芸でも時たま目にしますが、似たような作品と言えるでしょう。

 

設定:強い絆で結ばれた五人

 

誰がどんな性質であろうと、お互いの上っ面しか見てなかろうと、彼らは設定上そうなっているので、お互いの全てを無条件に受け入れる。

まー、確かにヒーロー戦隊ものと言えるのかもしれませんね。

 

ライト文芸のテンプレにあるような「青春」「恋愛」「ほろ苦」的な内容を勝手に期待していた僕の手落ちでしかないのですが……かえすもがえすも、表紙絵で彼らが深刻そうに眉を曇らせる理由が面倒な人間関係だったなんて。

 

いやはや、残念な読書でした。

 

 

 
 
 
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