父さんは今日で、父さんをやめようと思う。
冒頭の衝撃的な告白から始まる本書『幸福な食卓』は第26回吉川英治文学賞新人賞受賞作品。
コミック化、映画化もされた人気作品です。
不幸の塊のような家族
主人公となるのは長女佐和子。
中学校の教師だった父親が教師を辞め、さらに父であることすら辞めると言います。
父は以前自殺をしようとしたこともある。
母親は父が自殺未遂した後、自殺を防げなかったことと父の苦しみを共有できなかった自分を責めて、家を出ています。
残る一人の家族である兄の直は、勉強もスポーツも優秀。怒りも興奮もしないスマートな人間です。しかし、才能を何かに注ぐこともなく、ただそれだけの人間であり続けようとします。
なんとも混沌とした家族です。
佐和子もまた、以前父の自殺未遂現場に居合わせ、血塗れの父や茫然自失とした母の姿がトラウマとして胸に残っています。
露になると決まって体調を崩す。
そんな不幸の塊のような家族ですが、びっくりする程穏やかに、まるで何事も無かったかのように生活をしています。
それぞれがそれぞれの苦しみを理解しつつ、各々がごく普通の生活をしているのです。
父も第二の人生を模索し、離れて暮らす母親も普通です。家族関係は至って良好に見えます。
佐和子には意中の相手すらいます。
幸福とは、不幸とは
物語が大きく動き出すのは後半。
とある事件が佐和子を襲うところから始まります。
湖に小石を投げるように、ちょっとしたきっかけで大きく揺れ動いてしまうのです。
まぁただ、個人的には映画『ペイ・フォワード』のように何の脈略もなく物語に感動を与える為だけに起きる悲劇は嫌いなんですけど。
本作が書こうとしている事を書くためには、仕方なかったのかな?
この作品を貫いているのは「幸福とは」という一貫したテーマです。
色々な問題や悩みを抱えながらも日々平穏に過ごす家庭は幸福といえるのか。
それは見せかけなのか。
実はすごく重たいテーマを扱ってると思うんですが、瀬尾まいこさんの筆致によりどちらかというとほのぼのとしたムードで読む事ができます。
はっとするような言い回しがあるのも面白みの一つ
真剣さえ捨てることができたら、困難は軽減できたのに
だけど、違うんだ。そんな利用は存在しない。最初はみんなありがたがってたけど、だんだん俺がやることが当たり前になってくる。すると、助け合うどころかすごくバランスの悪い職場になるんだ。俺はみんなの何倍も仕事する。みんなはそのうち、何もしなくなってしまう。
同じ年代の奴を動かすのって、心底愛すべきお調子者か、尊敬せざるをえないカリスマ的能力を持つか、本気で強いか、バックに何か付いてるか。じゃなきゃ、無理だって。
「子供はいいなあ」
「どうして?」
「次の日が楽しみになるなんて、大人になるとそうそうないからな」
読んだ後に勧めたくなるような傑作ではないかもしれませんが、地味ながらも共感を集め、良作とされる所以がよくわかります。