「お互い自分の身を守れるように一つだけルールを考えたから、それに従ってもらえないかな」
「ルール?」
統が素早く反応した。
「うん、一つだけ嘘を混ぜてほしいんだ」
冬休みに帰省せず寮に残る事を決めた四人の男子高校生。
迎えたイブの夜、彼らだけの秘密の告白ゲームが始まって……。
上の設定に興味を持ったら即読むべきでしょう。
始まりはホラーから
物語の主人公は美国(よしくに)。
『帰る』という言葉に女々しさを感じるという彼は、今年初めて残る事を決断します。
一緒に残るのは寛司と光浩の二人。
遠く博多から来ているという光浩は毎年寮に残り、明るく快活な寛司は両親が離婚調停中である事から美国とともに初めての居残りを経験します。
そこへやってくるのが統(おさむ)。
彼は元々自宅からの通学組ですが、片親である父は遠く種子島の研究所におり、たった一人で生活している彼は、当然のように三人の間に混ざり込むのです。
スーパーで買い出ししてきたごちそうやケーキに囲まれる中、イブの夜だから懺悔大会をしようと提案する統。
彼の口から語られたのは、「自分が母親を殺した」という衝撃的なものでした。
統は「白い服を着た女が追いかけてくる」と恐怖の告白をするのです。
翌朝、目を覚ました彼らの前に、首つり死体のように吊るされた人形が現れ――
……って
めちゃくちゃホラーじゃないですか?
イブの夜、ろうそくの明かりの中で告白ゲームを始める四人の少年。
そこで語られる実の親の殺害。
翌朝現れる謎のおぞましい人形。
いかにも定番中の定番といったホラーの舞台装置が整いすぎてしまいます。
また、人形のいたずらを仕掛けたのは誰なのか。
文中に明言はされませんが、やはり四人の中の誰かなのだろうと勘繰らずにはいられません。
誰が。
どうして。
綾辻行人の『囁きシリーズ』を彷彿とさせるホラー&ミステリーな雰囲気が高まります。
それぞれが抱えた事情と悩み
ところが物語はそこから四人それぞれの事情へとピントがズレていきます。
寮で自殺したクラスメート。
美国が彼女と別れた理由。
突然訪れる寛司の両親。
光浩の生い立ちの秘密。
などなど。
序盤に流れたホラーテイストはいつの間にやら消え失せ、何やら青春群像へと変貌するのです。
そうしてお互いの事を知るにつれ、最初は喧嘩やいさかいの絶えなかった四人の間で、少しずつ絆が深まっていきます。
腐女子向け・ボーイズ萌え
とにかく全般に言えるのは「腐女子向け」という事でしょう。
短くはない冬休みを四人だけで過ごす事になったとはいえ、男目線で読むと違和感を感じざるを得ない部分も多々あります。
そもそも最初から連れだって買い出しに行くし。
クリスマスイブぐらいはありかなーと思わなくもないですけど、翌日からも光浩が料理当番のようになって、朝と夜に決まって食事を準備してくれたりします。
突然テニスで争ってみたり、別な日には「ランニングする」と言い出した美国に他の三人まで参加したり。
決まって芝生なりコートなりの上で四人が仰向けになって空を見上げてみたり。
違和感の最たるものは寛司の言動でしょう。
美国がお気に入りだという彼は、ちょくちょく美国への好意を口に出します。
「惚れ直してくれた?」
「うん。体抜きでだけど」
こういう会話って男同士でするもんかなー、と……。
なんとなく女の子同士だと「かわいい」「大好き」みたいな言葉を同性同士で割と気軽に言ったりする感がありますが、男同士だと、それこそ少女漫画の中ぐらいじゃないでしょうか。
そういう意味では恩田陸自身が腐女子要素を持った人物なのかもしれません。
ちなみにあとがきには
「高校生がさわやかすぎる」と言われることもあるのだが、私の知っている高校生、私の知っている少年たちはこうなのだ。ま、多少の理想は入ってますが。
寮が舞台ということで、知り合いの編集者で某超有名私立高校で寮生活を送っていた男性に話を聞いた。しかし、あまりにも美しくない実態に、参考にはしないことにした。
と著者本人が書いていますので、現実感よりも美しさを優先した確信犯なのでしょう。
とはいえ、気になる人には気になってしまうかもしれませんが……。
回収されない伏線
また、恩田陸作品を読む上で要注意なのは回収されない伏線がままある、という点でしょう。
処女作である『六番目の小夜子』の時からその傾向はありましたけどね。
本書も初期作品という事で、その傾向がまだ強く残っています。
統の告白だったり、美国が見たお化けの正体だったり……全容がすっきりとしないまま、物語が終わってしまうのです。
ミステリー作品を読みなれていて、きっちり伏線が回収されないと気持ち悪いという方には、恩田陸は向かないかもしれません。
とはいえ、きっちり回収して丸く収める恩田陸作品として『ドミノ!』があげられると思うんですが、僕個人的には『ドミノ!』よりは本書の方が楽しめました。
なので伏線回収=面白い、という単純な図式ではないという事も付け加えておきます。
なんか悪評が多い気がするけど
結果として、一番重要なのは面白いのか、つまらないのか、という点に尽きると思うんですが、これが意外と
面白い(笑)
さんざんけなしといてそれってどうなの? ……とは自分でも思いますが、どうしても本書については“アラ”の方が目についてしまいまして。
ストーリー的にもそう起伏があるものではありませんし、一人一人の内面や背景を描くという意味では『夜のピクニック』に近いと言えるのかもしれません。
全体通してみると普通に面白い。
まず冒頭のホラー&ミステリー風味で物語に惹き込まれてしまうし、その後はちょっと昭和テイストを感じる青春描写が鼻につく点を除けば、テンポもよく、四人の関係もよく現れていて、退屈することなくサクサク読めてしまう。
270ページ弱という決して長くはない作品の中に7日間1日ずつ章立てされているおかげで、軽快な短編集でも読んでいる気分で読み進められました。
『蜜蜂と遠雷』や『夜のピクニック』に比べれば見劣りするのは仕方ありませんが、物語の完成度としては悪くはなかったと思いますよ。
あとは何度も描いてきた“腐”っぽい情景描写や回収されない伏線といったアラの部分が受け入れられるかどうか、でしょうね。
個人的には悪くなかったので、また別の恩田陸作品を探してみます。
では。