あの夏を息子と拾いに行くのも悪くない。いや幸せだ。
早速タイトルのネタバレしちゃいましたが。
森浩美『夏を拾いに』です。
和製『スタンド・バイ・ミー』と噂の本作。
だいぶ前に買ってから長い間積読化していたのですが、ようやく読むことができました。
ちなみに最近では積読もTsundokuとして海外に広まりつつあるとかなんとか。
トヨタ式のKaizenが世界に広まって久しいですが、Tsundokuも市民権を得られるんでしょうか?
まーどうでもいい世間話ですね。
世知辛い現在の“私”が息子に語る“あの夏”
冒頭は山手線から井の頭線へと乗り換える“私”の描写から始まります。
40半ばを過ぎ、加齢を感じる男は常務から大阪転勤を持ちかけられる。改札を出た矢先、塾の階段から降りてくる息子を目撃。中学受験へ向けて、五年生の夏休みを夏期講習に費やす息子も、それを促す妻もどことなく冷たく、和やかさはほとんど感じられない。
どんな言葉をかけても煙たがるばかりの息子が、ふとしたきっかけで“私”の発した「不発弾探しの思い出」に食いつく。
そうして“私”は息子に対し、“あの夏”の思い出を語り始めます。
昭和46年、小学5年生の“私”
当時の“私”こと“僕”は東京中央電気という大企業が鎮座する地方の小さな町に住んでいました。
土地の人はチューデンと呼ぶその企業に多くの住民が支えられ、“僕”の両親もまた、チューデンの製品を入れる段ボールの会社を営んでいました。
“僕”はいつも雄ちゃん、つーやんの幼馴染み二人とともに、毎日を過ごしています。
三人は周囲とは少しだけ違っていて、いつも何か楽しい事を探しています。
一学期の終業式には、中庭にあるひょうたん池をジャンプで飛び越えるという試みを表明し、大勢の生徒たちが見守る中、失敗して泥だらけになった挙句、先生たちにはこってりと怒られたりします。
美人で憧れの先生がいたり、鼻に強烈なデコピンをする怖い先生がいたり、暴力で有名な上級生がいたり。
どことなく懐かしく、哀愁が漂う昭和の小学生の世界が広がっています。
自由研究は不発弾探し
正直言って物語に起伏の少ない本書ですが、一番の芯となるテーマが不発弾探しです。
ある時、祖父から戦争当時の空襲の話を聞いた“僕”は、自由研究に不発弾を探すことを思いつきます。
大量の磁石で地中に埋まった不発弾を探知するため、チューデンの敷地内に潜り込んで不良品のスピーカーから磁石を集めたり、作った探知機で森の中を探索したり。
鼻につく転校生の高井君も仲間となり、4人は町の中を探検しまくります。
その合間にも、「遊んでばかりいないで仕事を手伝え」という親との言い争いや、上級生の悪ガキ矢口たちとの争いなど、僕たちには常に様々な困難や葛藤が待ち構えています。
まさしく少年たちの青春を描いた“和製スタンド・バイ・ミー”と言えるのかもしれません。
ちりばめられた「昭和」
昭和46年を舞台としているだけあって、本書の中には当時を思い起こさせるようなエピソードがたくさん登場します。
「マッハ」
「ゴーゴーゴー」
土曜の夜はテレビを見るのに忙しい。『巨人の星』『仮面ライダー』それに『キイハンター』。『8時だョ!全員集合』がなくなってしまったのは残念だけど……。
夏休みの間、午前中にアニメが放送される。ほとんど毎年同じものだったけど、『宇宙怪人ゴースト』や『大魔王シャザーン』がお気に入りで、特に『チキチキマシン猛レース』に登場するブラック魔王のお気に入りの相棒のケンケンという犬の笑い方が好きだ。クラスでも真似する者が多かった。
雄ちゃんの自転車は5段変速ギアの最新のもので、電子フラッシャーと呼ばれるウインカーやスピードメーター、フォグランプ、そして後輪の両サイドにはバッグまでついている。
世代が違うので僕にはピンと来ませんが、同じ時代を知る人が読めばわくわくしてしまうのかもしれませんね。
“世代が違うので”というのが意外とネックで、本書には当時を知る人であれば共感できそうなエピソードがたくさんあるんですよね。
ただし、そうでない場合……というのがちょっと問題。
約500ページに及ぶボリュームはセリフも多く、全体的に文字数も少な目でそこまで難解ではないのですが、いかんせん冗長に感じられるのは否めません。
ストーリー的にもそんなにハラハラドキドキ、という感じでもないですしね。
スタンド・バイ・ミーのように列車に轢かれそうになったり、ヒルに襲われたりといった冒険シーンでもあればちょっとは違うのでしょうが。
世界観としてはスタンド・バイ・ミーと比べるとちょっと小さい。
良くも悪くも、当時の少年たちの“あの夏”をリアルに描いた作品、と言えるのかもしれません。
彼らが成長した姿が、冴えないサラリーマンである点も含めて。
著者の書きたいテーマというのは、物語終盤で大人になった“私”の独白という形で表れています。
下記の文章に共感を覚えたら、読んでみるのをおすすめします。
たとえくだらなくても、その何かを探すことが重要なのだ。“野放し”にできれば、子どもたちもバーチャルな世界から抜け出して、創意工夫を覚えるに違いない。ところが公園で遊ぶことさえ危険な世の中になってしまった。神隠しなどという迷信には、どこかドキドキするようなものがあったのだが、出没するのが変質者や通り魔では、心躍る響きはない。過保護なのは分かっている。しかし命を取られては泣くに泣けない。ゲーム機を買い与え、家に閉じ込めておくことが一番安全な方法とは。我が子のみならず、この国の子どもたちが不憫に思える。
SMAPの作詞家!?
森浩美の文庫が、売れに売れている。2008年12月に文庫化された短篇集『家族の言い訳』は軽く15万部をオーバー。2009年9月に文庫化された短編集『こちらの事情』も順調に版を重ね、2冊併せて25万部を突破したという。
あとがきで文芸評論家の細谷氏いわく、どうやら著者の作品はかなり売れているらしい。
正直あまり聞かない作家名だけど、僕の認識が足りないだけで実は有名な人だったりするんだろうか?
不思議に思って検索してみると……ありましたよwikipedia。
見てびっくり!
作家というより、作詞家だったのね。
しかもSMAPの『$10』とか『SHAKE』とか『青いイナズマ』とか!
個人的にはブラックビスケッツの『STAMINA』『Timing』『Relax』がツボだったりするんですが。
めちゃくちゃ有名な歌の歌詞書いてる人だったんですねー。
なんだかもうすっかり小説よりも何よりもそっちの方面の人としてインプットされてしまいました。