「魔界都市」とは何か?
かつて、その名を「新宿」といった。
この後膨大な作品を刊行する事になる菊地秀行の処女作であり、発行は1982年。
発行元である朝日ソノラマ社は今から十年以上前に廃業し、会社清算してしまっています。
でもその昔、菊地秀行をはじめ清水義範などを中心に“ジュブナイルSF”というジャンルを築き、当時の少年(←大きな少年もいたのかな?)達の心をがっちりと掴んで離さなかった時代があるそうです。
ちなみに「ジュブナイル」という言葉には「ティーンエイジャー向け」「少年少女の」といった意味がありますので、簡単に言うと今でいう「ラノベ」のはしりみたいなジャンルであり、出版社だったんですね。
ファミコンの初代『ドラゴンクエスト』の発売が1986年、『ロードス島戦記』や『風の大陸』、『フォーチュンクエスト』といった角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫のライトノベルレーベルを確立した作品が出てくるのが1987年以降ですから、菊地秀行は栗本薫や笹本祐一と並び、ライトノベルの黎明期を築き上げた作家たちと言えるかもしれません。
ライトノベル初期というとあかほりさとるに代表される「エロと俺ツエー、擬音語だらけの中身のない小説」というイメージもありますが、それ以前の上記黎明期の作品はジュブナイルと言いつつ、大人向けと言っても過言ではない重厚な世界観としっかりとした文章が特徴だったりもします。
何せ、児童書と一般小説の間に位置するようなジャンルって、当時はなかったでしょうからね。
そういう意味では今でいうラノベを読みたいという人たちは、こぞって菊地秀行をはじめとする数少ないジュブナイル小説を読んでいたと推察されます。
以後の漫画や小説にも多大な影響を与え続けるという『魔界都市〈新宿〉』。
前置きが長くなりましたが、以下にご紹介します。
魔界都市とは
当ブログを読んでくださっている人というのはおそらくある程度読書に親しんでいる方がほとんでしょうから、「魔界都市」という言葉に聞き覚えや見覚えのある方も少なくないと思います。
ざっくり説明すると
魔震(デビル・クエイク)”と呼ばれる謎の大地震によって瞬時に壊滅し、これに伴い発生した亀裂によって外界と隔絶され、怪異と暴力のはびこる犯罪都市となった東京都新宿区の別名
という事になります。
新宿区だけが外界と隔絶されて、とんでもない別世界になってしまっているのです。
中にはエスパーや人造人間等の不思議な能力を持った人間(しかもほぼ悪人)が巣食い、それ以外にも科学や突然変異によって生まれた巨大で凶暴な生物が跋扈しています。
特に巨大化した生物たちが恐ろしい。
両頭の巨大な犬猫なんていうのはかわいいもので、突然頭上から降ってきた巨大なヒルにカップルがミイラ化されたり、酔っ払いの上に降ってきたミミズみたいなやつが耳や鼻から入り込んで人体を乗っ取ったりします。
グロいことこの上ない。
ですが、簡単に言うと「なんでもあり」な舞台なのです。
何が起こっても、何があってもおかしくない。
エスパー的な念動力に襲われる事もあれば、霊的な力に襲われる事もある。かと思えば、一般的な殴る蹴る、刺す、打つといった暴力だって存在します。
小説を書く上ではこれ以上はないというぐらい魅力的な世界。
それこそが「魔界都市」であり、菊地秀行の様々な作品・シリーズを生み出す源泉となっているのです。
大塚英志の作品に登場する「終わらない昭和」も同様ですが、一旦作り出したひとつの世界観から次々と連鎖的に作品を生み出すのって、もしかしたらこの辺りの世代の方々の特徴だったりするんですかね?
井坂幸太郎作品のように、作品同士がつながっているのってファンにとっては嬉しかったりもしますが。
魔界都市〈新宿〉の話
どうも説明が多いですね。
本書『魔界都市〈新宿〉』は菊地秀行の処女作であり、「魔界都市」が初めて登場する作品でもあります。
地球連邦首相の暗殺をたくらむ魔道士レヴィ・ラーと、主人公である十六夜京也との戦いを描いた作品。
十六夜京也は女の子にモテる一般的な高校生ですが、その実、亡き父から授かった阿修羅と呼ばれる木刀を受け継ぐ“念法”の使い手。
この“念法”というのがなかなかの万能薬で、物理的に作用する事もあれば、前述した超能力や霊能力といった超現実的な力に対抗する事のできる唯一の手段であったりもします。
阿修羅を一振りすれば、周囲を取り囲んでいた亡者の魂を根こそぎ吹き飛ばしたりできてしまうのです。
ヒロイン役には首相の娘であるさやかという女の子が登場。
レヴィ・ラーと倒す為に魔界都市へ潜入した京也とともに戦おうと、後を追います。
さやかの武器は合気道と指に嵌められたレーザー・リングだけという無防備さ。
ところが、この無防備さこそが物語の潤滑油になっていたりもするのです。
行く先々でさやかは襲われたり、さらわれたりしますが、これこそが京也の行動を加速させる原因になっていたり。
最初は足手まといと煙たがる京也でしたが、さやかは不思議な力で、人々の協力を招いたりしながら事態を解決していきます。
最近では聞かなくなってきましたが、王道PRGの定番である“慈愛の力”的な存在であると言えばわかりやすいでしょうか?
吉川英治『宮本武蔵』でいう“お通”の存在にも似ているかもしれません。
『宮本武蔵』も本質的にはお通と武蔵を巡るドタバタ活劇のようなものですものね。
心優しい性格である“お通”が優しさに付け込まれ、騙されてあちらこちらに振り回される中で様々な事件が起こり、いつの間にか武蔵も巻き込まれている、という繰り返し。
本書も「レヴィ・ラーを倒す」という目的を除けば、『宮本武蔵』と似たような物語の構造になっていると言えるかもしれません。
きっかけは『魔界都市ハンター』
この本を読むきっかけとなったのは漫画本である『魔界都市ハンター』。
だいぶ昔に少年チャンピオンに掲載されていた漫画らしいですね。
かなり昔、親戚の家で読んだのを思い出して一気読み。
こちらも十六夜京也が登場する作品なんですが、『魔界都市〈新宿〉』シリーズのスピンオフ作品的な位置づけなんでしょうね。
魔界都市に現れた〈神〉をめぐり、世界の破壊を企む『闇教団』と防衛庁所属の『超戦士』が戦う物語。本作の主人公でもある十六夜京也が主役でありながら、脇を固める牧師や超戦士たちの個性が強すぎて癖になる作品です。
レヴィ・ラー対十六夜京也という本作に比べ、様々な立場や人物の思いが交錯し、より深みのある作品に仕上がっていると思います。
たぶん僕に限らず、この漫画で『魔界都市』を知ったという人は少なくないのでしょうね。
だいぶ上の世代の人たちにはなりますが。
そして『魔界都市ブルース』シリーズへ
ちなみに『魔界都市〈新宿〉』は本作と、続いて刊行された『魔宮バビロン』の2作で留まっています。
以降は秋せつらを主人公とした『魔界都市ブルース』シリーズが中心となっているようです。
尚、『魔界都市ブルース』にも本作に登場したドクター・メフィストが登場しています。
僕はそちらは全く読んだ事がないのですが。
……と思いきや、2008年からいつの間にか続編の刊行が進んでいたようですね。
2008年『騙し屋ジョニー』、2010年『牙一族の狩人』、2011年『地底都市〈新宿〉』、2013年には『狂戦士伝説』と続々と発表されたようです。
まぁでも正直、シリーズものってある程度の巻数で完結をみたいですよね。
『魔界都市ブルース』並みにあまりにも長く続いてしまうと……ちょっと読む気が無くなってしまうのは僕だけでしょうか?
今のところ手を出そうとは思えないかもしれません。