「正直に言えば、私、嘘つきなんです。自分に都合が悪いことがあると、頭がぼうっとなって、意識が飛んだり、嘘ついたりしてしまうことがあって。だから、そのときもとっさに自分が殺したことを隠そうとしたんだと……」
第159回直木賞受賞作『ファーストラブ』を読みました。
島本理生作品に触れるのもこれが初。
2018年ももう残り僅かとなっているタイミングで、ハズレる可能性の少ない作品として未読の直木賞受賞作品を選んだのは必然であった、と思います。
ハズレが多い、と揶揄されがちな芥川賞に比べると、直木賞はハズレくじの割合は低めに感じますからね。
とはいえ、時々ハズレが混じってしまうのも事実ですが……。
動機はそちらで見つけてくだい
父を殺害した女子大生聖山環菜にまつわるお話。
女子大生が逮捕後に残した「動機はそちらで見つけてください」というセリフにより、世間でも話題になった事件。
主人公である臨床心理士の真壁由紀は、彼女についての本の出版を打診され、拘留中の環菜と面会を重ねる。
一方で環菜の国選弁護人についたのが、由紀の義理の弟である迦葉。
大学時代の同期生だったという迦葉と由紀の間にも、何やらわだかまりのようなものがある事を匂わせられます。
環菜の動機というホワイダニット(なぜやったのか?)
由紀と迦葉の間に何があったのかというホワットダニット(何があったのか?)
二つの謎を軸に、環菜との面会や関係者への接触がめまぐるしく繰り返され、物語はぐんぐんと進められて行きます。
虚言癖
登場人物たちの口から度々飛び出すのが虚言癖という言葉。
環菜の元カレや母親は、「環菜には虚言癖があった」と口を揃えます。
環菜自身も「私は嘘つきだ」と言います。
実際に、面会を重ねるたびに環菜の証言は二転三転を繰り返し、一貫性に欠いているようにしか思えません。
ですが物語が進むに連れて、嘘をついているのは環菜だけではないように思えてきます。
真実を言っているのは誰なのか。
嘘をついているのは誰なのか。
読んでいるうちに、湊かなえの『告白』や『白ゆき姫殺人事件』を読んでいるかのような混乱に襲われてしまいます。
焦らし、焦らされ……
環菜自身の口から、多数の証言者の口から、環菜の幼少期からの暮らしぶりや家庭環境が明らかになっていきます。
そんな中で、もう一方の謎である由紀と迦葉の間にあった謎に関しても、意外とあっけなく由紀のモノローグという形で明かされます。
やがて裁判当日を迎え、環菜と証人それぞれの口から、再度事件や環菜について語られ、裁判の結果を受ける形で物語は終了。
直後、僕の頭に浮かんだ感想はというと……
……で?
だけでした。
あくまで個人的な主観ですが、序盤から提示され、物語の根幹を成していたはずの二つの謎(ホワイ・ホワット)がものすごく貧弱なんですよねー。
特に由紀と迦葉の謎(ホワット)に関してはしょうもない小粒。
現実的には後々まで引きずる記憶の一つにはなるのかもしれないけれど、物語の根幹に添えるにしてはあまりにも貧弱かと。
っていうか似たような思い出って、結構世の中に溢れてませんかね?
僕もまぁ心当たりがないでもないんですけど。でもそれって思い出の一つとしてそっと胸に秘められて終わりなんじゃないかなぁ、なんて思ったり。
もちろん彼らの場合には、由紀の夫と迦葉が兄弟、という少し特殊な事情もあるのですが、それにしてもいい大人になってからわざわざ蒸し返すような話でもないかと。
……それはさておき
もう一方の謎の方ですね。
環菜の動機。
なぜ父親を殺したか。
これはね、なかなか深い話ではあります。
推理小説でばっさりと断言されるような金・怨恨といった簡単な話ではありません。
薄皮を剥ぐように、環菜の心を覆った殻を一枚ずつ取り除いて、ようやく真理にたどり着くわけですが……はっきり言ってしまえば説得力に欠ける。
これも人によりけりなのかもしれませんけど。
他にも色々と引っかかる点は多いのですが、キリがないのでやめましょう。
とにかく全体的に焦らし、焦らされた分、着地点がどうにも尻すぼみだったという印象です。
メンヘラ気質だったり、完璧人間だったりする登場人物たちに全く感情移入できなかったのもいまいちな要因の一つ。
一応ハッピーエンドというか、清々しいエンディングと言われているようですが、個人的には読み終わってもすっきりしない、微妙な読後感でしたね。
物語としては成立も完結もしてるんだけど、結局何が描きたかったのかが今一つ見えない。
ミステリとしてはいまいちだし、心理学的な物語としてもいまいちに感じてしまいます。
……まぁ、これ以上とやかく言うのはやめましょう。
今年も残り少ないですから、さっさと別の本に取り掛かりたいと思います。
第160回直木賞の候補作が決定
平成30年下半期の直木賞候補作が発表されましたね。
ノミネート作品はこちら
……うーん。
見事なまでに印象にないですね(笑)
炎上コメンテーターがノミネートされている芥川賞よりはマシかもしれませんが。
なんとなくそろそろ森見登美彦さんに直木賞を獲らせるんじゃないかな、なんて予感がしますが。
ちなみに一応ながら、今回取り上げた『ファーストラヴ』が受賞した第159回の選評のリンクも貼っておきます。
改めて見返してみると、この時も小粒だったなぁ。。。