「父さんは、会社で自分の秘書をしてた女の人と」
「母さんは、この家を建ててくれた工務店の社長」
それぞれソロで歌ったあと、声をあわせて、
「半年前に出ていっちゃって、それっきりなんです」
今回読んだのは宮部みゆきの初期代表作の一つでもあろう『ステップファザー・ステップ』。
宮部みゆきと言えば何年も前に『ブレイブ・ストーリー』を読んで以来、ご無沙汰でした。
その昔、『魔術はささやく』や『パーフェクト・ブルー』といった初期作品を継ぎから次へと呼んでいた時期もあったのですが。
なんとなく離れてしまっていました。
泥棒が双子の父親代わり
主人公は泥棒を生業にする男。
ある日仕事中に落雷に襲われたのが運の尽き。屋根を突き破って落ちたその家には、両親がそれぞれ愛人と駆け落ちして取り残されたという双子の兄弟が住んでいました。
双子は男をかくまい、介抱してくれた上で、持ち出した交換条件というのが「父親代わりになって欲しい」というもの。
断れば警察へ突き出されるのは間違いなく、弱みを握られた男はしぶしぶながら双子の願いを聞き入れます。
こうして双子と男との奇妙な親子関係が始まるのです。
ちなみにステップファザーとは継父の事。
ライトミステリ
本書は7つの連作短編からなっています。
旅行に出かけた双子が旅先で置き引きに遭い助けを求めてきた先で町長が襲撃される事件に巻き込まれたり、授業参観に出向いた学校に何度も脅迫の手紙が送られていたり、はたまた双子の友達の女の子の家の庭になぜか1日おきに地方紙が投げ込まれていたり。
今で言うといわゆるライトミステリと呼ばれるジャンルに当てはまるもののようです。
それぞれの謎は非常に些細で、読者との知恵比べを楽しむといった純粋な本格ミステリとはかけ離れています。
しかしながらこの軽さこそが、宮部みゆきがベストセラー作家になった所以であるともいえると思うんですよね。
というのも本書のあとがきにも書かれていますが、宮部みゆきはかの本格ミステリの旗手こと綾辻行人と同年代……どころか同年同日生まれという奇遇な運命の下に生まれていたりします。
宮部みゆきがまだ本格的に作家として活躍する前、電車の中で『十角館の殺人』を読む人を見かけ、著者が自分と同い年だと知って衝撃を受けたというのは有名な話。
つまるところ宮部みゆきのデビュー当時というのは新本格推理ブームの真っ最中だったわけで、そこで彼女のとった道こそ、
「骨法正しい本格物とかトリックとしてすごくおもしろいのを書く人がいらっしゃいますから、どうもそこにわたしなんかは資質として入っていけないなと思ったときに、ホラーとかコメディーの方に振れてきたんです。どうにか生きる道を探そうと思って」
というコメントの通り、全く正反対の方向に向かう事でした。
その後の宮部みゆきがどうなったかは書く必要もないでしょう。
一つの一里塚として
そうして歴史を振り返ると、本作を含め宮部みゆきの初期作品はなかなか趣深いところがあります。
本作の双子×泥棒の親子関係という設定もそうですし、凝りに凝りまくった物語を苦心して編み出していた様子が垣間見られます。
連作短編の連作たる見どころの一つは、やはり双子と泥棒の関係。
最初は嫌々ながら引き受けた父親役が、双子との関係を通じてどう変化していくのか。
この辺りの機微を描くのがやはり上手です。
後半には双子の父親らしき人物とばったり対面してしまう場面もあったり……ついつい惹き込まれてしまう要素も盛りだくさん。今読んでも普通に楽しめてしまいます。
ただやっぱり、古いですよねえ。いかんせん。
1993年出版と考えればかなり斬新です。
当時大人気だった赤川次郎のシンプルながら奇をてらった設定に通ずるものを感じたりもします。
しかしながら今になってみると、ラノベを代表格にとんでもない設定の本というものはものすごく増えてしまっていますので、ちょっとやそっとのとんでもなさでは僕ら読者を満足させるのは難しくなってしまったようです。
冒頭のセリフのように、双子がセンテンスごとに交代でしゃべるというのも藤子不二雄や赤塚不二夫の昭和漫画を彷彿とさせるものがあります。
加えてコメディ風味の作風なのに、笑いのネタがだいぶ風化してしまっているのがなんともはや。まぁ30年近く昔の小説を読めばそうなってしまいますよね。今の作品を比べるのがナンセンスでしょうし。
まぁでも、最近の宮部みゆきだけを読んで「つまらない」と断じてる人にこそ、やはり初期作品を読んで欲しいですね。『魔術はささやく』なんか大好きで何度も読み返しましたし。
新刊を追いかけるのも良いですが、時には過去のベストセラーを読んでみるのもおすすめです。