「あたし、自分が、なんで死ななかったんだろうって思うの。あんなにたくさんの人を殺して、どうしてあたしだけ死ななかったんだろう」
しばらく更新が途絶えていましたが、井上夢人『魔法使いの弟子たち』を読みました。
改めて説明する必要もないかもしれませんが、元々は徳山諄一氏とともに「岡嶋二人」名義で数々の名作を生み出しており、「岡嶋二人」解散以後はそれぞれ個々の作家として活動されています。
「岡嶋二人」は競馬シリーズの他、当時としては最先端のパソコンやインターネットを駆使したSFチックなトリックや要素を取り入れた作品を数多く発表してきました。
今となっては時の流れを感じずにはいられませんが、未だ色褪せない作品もありますので興味のある方は一度お試しを。
ちなみに当ブログの中では下記二作品をご紹介しています。
その他、個人的には「岡嶋二人」最後の作品である『クラインの壺』が大好きな作品の一つなので強くおすすめしておきます。
先日映画化で話題になった東野圭吾『パラレルワールド・ラブストーリー』と似た題材を扱っていながら、面白さでは圧倒的・段違いに『クラインの壺』の方が上です。
パンデミックからSFへ
さて、本作もそんな岡嶋二人井上夢人 らしさが全面に出た作品。
週刊誌の記者である仲屋京介は、竜王大学病院で院内感染事故が発生した一報を受けて取材へと出向きます。
そこで出会ったのが落合めぐみ。
病院内に木幡耕三という彼氏が研究員として残っているという彼女は、耕三の消息を知るために同じく院内への潜入を試みている京介に自ら接触してくるのです。
京介は話している内に、めぐみの身体に湿疹らしきものが増えてきている事に気づきます。
前日に院内で耕三に会っていたと知った京介は「目の前に感染者がいる」と通報し、やってきた医療班により病院へと収容されてしまいます。病院に潜入できたと喜んだのも束の間、京介は感染症を発症し、意識不明の重体へと陥ってしまうのです。
目を覚ました京介たちを待ち受けていたのは、恐ろしい現実でした。
竜脳炎と名付けられた感染症はあっという間に全国に広がり、多数の死者を生み出すパンデミックを巻き起こしていたのです。
病院内で木幡耕三から竜脳炎をうつされためぐみを中心に、彼女と場所を同じくした多数の人々が感染。さらにそこから二次、三次と爆発的な広がりを見せ、めぐみ自身家族全てを竜脳炎によって失ってしまいました。
生き残ったのはめぐみと京介、さらにめぐみと耕三が見舞っていた興津繁という老人の三人だけ。しかしながら彼らの血液からワクチンを作り出す事により、致死率は20パーセントまで下げられるようになったのでした。
奇跡的に一命を取り留めた三人は、病院での隔離された生活を余儀なくされてしまいます。そんな彼らに、やがて重篤な副作用が現れはじめるのです。
九十三歳の興津老人は日を追うごとに若返りはじめ、京介は時々幻覚の症状に悩まされるようになります。さらにめぐみは、手を触れずにして物を動かす事のできるサイコキネシス……念動力の能力に目覚めてしまいます。
大学もまた、彼らの副作用に興味を示し、一定の生活を保障する代わりに研究を続けるという協力関係を持ちかけます。
……とここまでがざっくりとした序盤のあらすじですが
竜脳炎のきっかけとなったドラゴン・ウイルスの正体とは。
三人に現れた超能力の理由とその目的は。
パンデミック×SFの有無を言わさぬ謎にぐいぐい引き込まれてしまうのは間違いありません。
スケール大+伏線回収=???
そもそもよく知りもしないで手に取っただけに、僕自身途中からの展開には面食らいました。
まさか超能力ものとは。
単純にパンデミックを題材としたミステリ風味の作品ぐらいに思っていたものですから。
登場人物たちが超能力に目覚めはじめた辺りから、物語は加速度的に展開していきます。
パンデミックだけでは収まらなくなってしまっていますから、読んでいる側としてもこの先どうなっていくのか、全く先読みのできない状況が続きます。
この辺りのグイグイ読ませる仕掛け、流石ですねー。
やはり一番の謎は竜脳炎の原因であるドラゴン・ウイルス。
ドラゴン・ウイルスが一体どこから来て、一体何を目的としたものなのか。
マッド・サイエンティスト的な天才科学者が地球滅亡を企んだとか、はたまた国家規模で超能力者を生み出す科学実験だとか、まぁどんどん空想が膨らむわけです。
読者側の方で勝手にどんどんどんどんスケールが大きくなってしまうわけです。
元々が「岡嶋二人」ですから伏線回収の妙なんてものも勝手知ったるもので、途中に提示された謎も一つ一つ丁寧に回収されていきます。
ただまぁ……結果的に言うとそうして導き出された着地点というのが、意外と平凡なもので肩透かし。。。
あれ?
もう一捻りないの?
という感じ。
色々と期待を膨らませられてしまった分、ちょっと物足りない感じがしてしまいました。
一応最後にオチ的なものが用意されていますが、それが良くも悪くもいわゆる○オチというやつなだけに賛否両論分かれるというか、単純に承服し兼ねるというか。
とにかくグイグイ読ませてくれる勢いのある作品だけに、なんとも勿体ない。
面白いか面白くないかというと、絶対に面白い。
だけど全体的な読後感でいうとすごく物足りない。
尻すぼみというのともちょっと違って、なんというか……スノーボードのハーフパイプという競技で、最初のジャンプで物凄いテクニカルな技を決めたにも関わらず、だんだん勢いがなくなっていって最後のジャンプでは至って普通なジャンプで終わってしまう感じ。。。
読み進めれば進むほど期待値が減少していくという勿体なさ。
つくづく勿体ない作品でした。