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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『トンコ』雀野日名子

 トンコは店員が投げ捨てた生姜焼き弁当を嗅いだ。プラスチック・カバーの内側で、薄肉となった姉妹豚が寄り添っていた。ポリ容器から転がり出た生姜焼き弁当からは、「M02」の匂いがした。

今回も角川ホラー文庫から雀野日名子『トンコ』のご紹介です。

本書は第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作『トンコ』の他、『ぞんび団地』、『黙契』の三編が収められた短編集となっています。

ちなみに以前ご紹介した『生き屏風』と同時受賞を果たした作品でもあります。そちらもなかなか面白い作品でしたので、気になる方は下記リンク先をどうぞ。

 

 

パラサイト・イヴ』や『黒い家』を生み出したホラー小説大賞も、現在では横溝正史ミステリ大賞と統合され、横溝正史ミステリ&ホラー大賞として生まれ変わっています。

『ぼぎわん』や『記憶屋』を生み出した第22回(2015年)以降は大きなヒット作もありませんし、左記の作品もライトノベルの色合いが非常に強く、元々のホラー小説のイメージからはだいぶかけ離れて行っていますからね。やはり現代においてホラー小説・ホラー映画はオワコン的な扱いになりつつあるのは否めません。

そんな中においても、第15回(2008年)の『トンコ』はかなりの異色作でもありました。

ある意味正統派ホラーとラノベ風味ホラーの端境期だからこそ生まれた稀に見る傑作と言える作品です。

 

 

脱走した食用豚の冒険

表題作『トンコ』はつまるところ上記のような話。

食用豚を積載したトラックが高速道路で横転し、「063F11」と書かれた主人公豚はトラックから脱走します。山や森を彷徨い、川を流れ、海に出、町に迷い込むトンコ。

そこかしこに漂う先に運び出された兄弟たちの匂いに導かれるように放浪し続けますが、なぜか兄弟たちが見つかる事はありません。

最上部に引用した通り、トンコが嗅いでいるのはすでに加工された兄弟たちの匂いなのです。

雑草の間に、唾液と胃液にまみれた未消化のジャーキーが転がっている。踏み潰され、蠅がたかっていた。チワワ女が愛犬に吐かせたものだ。「M07」の匂いがしたため、トンコは「ぎょっぎょっ」と声をかけた。群がった蠅が舞い上がっただけだった。

これをホラーと呼んでいいのかどうかは謎ですが、「怖い」というよりは「おぞましい」という表現がしっくりきますね。豚であるトンコには、どうしてそれらの物体から兄弟の匂いがするのか全く理解ができないわけですから。

 

巻末に掲載された第15回ホラー小説大賞の選評で、林真理子が本作についてこう評しています。

『トンコ』はこのまま純文学雑誌に出ても高い評価を得たはずだ。どこがホラーなのかよくわからないという声もあったが、食用豚の生き方が垣間見えて哀れを誘う。

まさしく言い得て妙ですね。

おぞましいホラー風味の純文学作品。例えれば『およげたいやきくん』の主人公を食用豚に置き換え、緻密な文学作品に仕立て直したような作品です。

ぜひこちらはおススメした一作です。

 

ゾンビ達に支配された団地

続く『ぞんび団地』の主人公はあっちゃんという小さな女の子。

彼女がよく遊びに行くくちなし台は警察や自衛隊厚生労働省により立入禁止区域として封じられた危険な場所。

というのも中にいるのは目の玉が飛び出ていたり、手足が変に折れていて、「うー」としか言わないぞんび達なのです。

ぞんび達は人間がやってくると、大勢で取り囲んで歓迎会の後、仲間へと引き入れてしまいます。ぞんびに齧られた人間も、ぞんび化してしまうのです。

そうして常に群れて行動し、「うー」としか言わないぞんび達にあっちゃんは憧れます。家庭に問題を抱えているらしきあっちゃんは、自分やパパ、ママもぞんびに齧ってもらえれば、ああして三人で喧嘩もせずに仲良く暮らせるのではないかと夢を馳せるのです。

 

……ここまででも十分ヤバいですよね。

 

ところが不思議なのは、普通の人々が来ると即座に襲い掛かるぞんび達が、あっちゃんの事を襲おうとはしないのです。

それどころかあっちゃんに求められるがまま、一緒にこっくりさんをしたりします。ちなみに一緒にこっくりさんを手伝ってくれた拓也くんはこんな男の子。

 

 拓也くんが「うー」と首を傾げると、ほっぺたの穴ぼこに右目が入ってしまいました。反対側に顔を傾けると、びょらぁんと右目が出てきました。

 

こんな調子で、童話のようなですます調でおぞましいぞんび達の様子が描かれて行きます。

果たして、あっちゃんだけが彼らに近づけるのはどうしてなのか。

そんな謎解き要素もあって、ぐいぐい読ませてくれる逸品です。

 

 

首を吊った女の子と兄

三話目の『黙契』は、親を亡くした兄妹の話。

地方警察官として働く兄と、兄の反対を押し切って東京の専門学校へと進学した妹。

ところが妹は、首吊り遺体となって発見されます。

夢を抱いて上京した妹がどうして自殺してしまったのか。兄には全く理由がわかりません。

その理由は、首つり遺体としてぶら下がったままの妹本人から語られていきます。

 

兄の苦悩と妹の懺悔、それぞれの視点から交互に紡がれる物語です。

 

……ただまぁ正直、『黙契』に関しては先の二作に比べるとちょっと落ちるかな、というのが正直な感想。保護者を自認する兄とそんな兄を慕う妹の関係が漫画チックですし、兄の恋人役として登場する女性もちょっと突飛すぎる感じ。

『トンコ』や『ぞんび団地』のように無理やり頷かされてしまうような強引さに欠けたかなぁ、と。

 

卓越した文章力

雀野日名子さんの作品を読むのは初めてでしたが、何よりもその文章力に脱帽です。ラノベどころか文芸界も飛び出して、文学作家としても十分通用しそうな筆力。

解説を読むと、本作以前にも公募に入賞したり、中島和代という別名義で映画のノベライズなども携えているそうな。

受賞時の言葉によるとご本人、怖い話が大の苦手だとか。

そういう意味ではぜひともホラー以外の作品を読ませていただきたいものです。

とはいえ著作を見ると、ホラー小説でデビューしているせいかホラー作品が多いようですね。やはり角川ホラー文庫レーベルの作家として認識されてしまうと、なかなか他のジャンルでの刊行は難しいのでしょうか。

『太陽おばば』が唯一ホラーっぽくない作品のようなので、いずれ読んでみたいと思います。

 

 

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#トンコ #雀野日名子 読了第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。表題作の他、全3作が収録された短編集です。『トンコ』は輸送中のトラックが事故に遭い、脱走する食用豚の冒険譚。先に運び出された兄弟たちの匂いに導かれて彷徨するものの、なぜかそこに兄弟の姿はない。それもそのはず、匂いの元はペットのジャーキーや弁当の具材など、既に加工済のもの。それでも豚であるトンコにはわからず、兄弟たちを探してさまよい続けます。恐怖のホラーというよりは、おぞましい題材の純文学作品。これはこれで素晴らしい。思わず引き込まれる筆力に脱帽。『ぞんび団地』も『トンコ』に負けず劣らず、なかなかの出来ですよ。既に絶版かもしれませんが、未読の方にはぜひおすすめです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。