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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『琴乃木山荘の不思議事件簿』 大倉崇裕

「山には、その手の怪談が付きものなんだ。この山域も、決して多くはないが、人が亡くなっている。霊気のようなものが、溜まるんだな」

大倉崇裕『琴乃木山荘の不思議事件簿』を読みました。

著者の大倉氏は1997年に第4回創元推理短編賞佳作を受賞し、『三人目の幽霊』で作家デビューを果たして以来、「このミステリーがすごい!」や「本格ミステリ・ベスト10」にも度々名を連ねるミステリ作家。

とはいえ本作で初めて名前を知った、というのが正直なところです。

 

本書を読むに至った理由も、前記事『ほま高登山部ダイアリー』同様、Kindle Unlimitedのおすすめに出てきたから、というもの。こうして全く知らなかった作品に触れられるというのも、Kindle Unlimitedに登録したメリットと言えそうです。

 

それでは、内容についてご紹介していきましょう。

 

登山×日常の謎=ライトミステリ

舞台は竜頭岳の麓にある琴乃木山荘。

主人公はそこで働く棚木絵里。

山荘には日々様々な人が訪れ、数々の不思議な出来事に見舞われます。おっとりとした性格ながら人望の厚いオーナーや、探偵役である同じスタッフの石飛とともに、事件の謎を解き明かしていくミステリ短編集。

登場する謎は登山にまつわる小話といったところで、人が死んだりするわけではありませんので日常の謎カテゴリに分類されるのでしょう。

 

早速下記に簡単な概略を記します。

 

第一話 彷徨う幽霊と消えた登山者

 ある夜、同僚のまゆみが森の中で人魂のような光を見たと言います。また、小屋の近くの森の中で連日同じ男を見た、とも。人魂と男の正体は?

 

第二話 雪の密室と不思議な遭難者

 誰もいないはずの離れの小屋の中に、光が見える。絵里達が駆け付けてみると、高熱に苦しむ一人の男が寝込んでいた。施錠されていた小屋に勝手に入れるはずはなく、周囲の雪には足あとも見当たらない。男の正体とは?

 

第三話 駐車場の不思議とアリバイ証明

 友人とともに登山から戻ってみると、駐車場に停めた車の位置が来た時とは変わっていたという男。一体誰が、なんのために、どうやって車を動かしたのか?

 

第四話 三つの指導標とプロポーズ

 小屋の裏で一人、プロポーズをするはずの相手が来ないと嘆く男。一方で絵里は、石飛から指導標の一つに悪戯がされていると教えられる。石飛が言うには、去年も一昨年も、三つある別の指導標が同じように悪戯されていたらしい。

 

第五話 石飛匠と七年前の失踪者

 琴乃木山荘を訪れた三人の男女。七年前、彼らと一緒にとあるテント場でキャンプをしていた河内が、テントも荷物もそのままで行方を晦ましてしまった。河内は三人を架空の投資話で騙しており、三人は河内の行方を捜しているのだという。

 

第六話 竜頭岳と消えた看板

 ある夜石飛が見上げると、小屋の上部に掲げられていた琴乃木山荘の看板がなくなっていた。巨大な木の板で作られたもので、大の男が数人がかりでようやく運び上げたようなものだ。絵里は石飛とともに、消えた看板の謎を追う。

 

第七話 棚木絵里と琴乃木山荘

 琴乃木山荘で働く絵里の元に、江島健人がやってくる。彼の妻里水は絵里の元上司で、小さな出版社を経営していたが、不幸な事故によって急逝していた。現在は他の出版社で働く江島は、絵里に自分の下で働くよう決断を促しにやって来たのだ。一方絵里は、事故の直前に里水から送られてきたメールの謎が解けずに引っ掛かっていた。

 

……とまぁ、全部で七話。

語り手である棚木絵里の、ベールに包まれていた下界での生活についても最終話で明かされ、物語としては大団円といったところです。

一方、石飛についてはまだまだミステリアスな点も多いのですが……物語の完成度を損なうようなものではありませんし、次回作を書く上での材料も残したかったのかもしれません。

 

 

 

ミステリとしては……

そもそも本書、レーベルはヤマケイ文庫こと山と渓谷社という、推理小説としては似つかわしくない版元から発行されています。

元々は山岳雑誌『山と溪谷』に連載されていたものをまとめたそうです。

そういう意味で色々と異端な点が多い作品だったりします。

 

言い換えると、中途半端な面も多かったりして……。

 

山岳小説として考えた場合、これは間違いなく物足りないでしょう。架空の舞台である竜頭岳の舞台設定もいまいち伝わって来ません。場所はある程度曖昧にボカすにしても、険しい山なのか、ビギナー向けの山なのか、周囲の山やルートとはどんな位置関係にあるのか、その多くが曖昧です。

それに伴い、琴乃木山荘の山小屋としての役割もいまいち伝わって来ません。

これはちょっと説明すると長く、くどくなってしまうので割愛しますが……山小屋って山頂付近だったり、長い縦走ルートの中途だったり、もしくはすぐ側で温泉が湧いていたり、いずれもそこにある理由や必然性があったりするんですが、琴乃木山荘に関してはどうもそれが感じられない。

先代が好きで、その場所に山小屋を建てて営業を始めたら、続々と好きな人が集まってくるようになった……という、山小屋というよりは旅館のようなノリに感じてしまうのです。

肝心の山小屋業務についても、調理・受付といった言葉で触れられるのみで、具体的な働きぶりが見えて来ません。また、客についてもモブとして描かれるのみで、どんな過ごし方をしているのか触れられる事はありません。

ですから余計に琴乃木山荘という施設の特徴のようなものが見えてこないのです。

その場所に絵里や石飛が惹かれて集まってくるような、もう少し説得力のある魅力を伝えて欲しかったな、というのが残念な点です。 

 

また、推理小説として読んだ場合ですが――これも残念と言わざるを得ないでしょう。

ネタバレを承知で、第一話を例に挙げます。

読みたくないと言う方は、読み飛ばして下さいね。

 

第一話の謎は、夜に森の中を彷徨う白い光と毎日見る男の正体ですが、白い光はまゆみ同様、男の正体を不審に思った石飛が夜にその場所を確認しに行ったものだとわかります。

男は息子と琴乃木山荘でキャンプをするという約束をしたものの、腰を痛めて重い荷物を運べなくなってしまい、やむなく毎日少しずつ小分けにして荷揚げしていたというのでした。

だったら荷物は山荘で預かってあげるし、なんなら後で下まで下ろしてあげるよ……というハートフルなストーリーなんですが。。。

 

……まぁ、無理ありますよねぇ。

重い荷物も持てないほど腰を痛めた人が、少量の荷物とはいえ毎日山を登り下りするなんて。

山小屋スタッフとしては「そんな状態で無理して山でキャンプなんかするもんじゃない」と諫めるべきでしょう。子どもとの約束を守りたい親心はわかりますが、いくらなんでも手間とリスクの配分を見誤ってるよな、と。

 

 

……とまぁ、上記の例からもわかる通り、全体的に謎に対する解答がちょっとしっくり来ないものばかりです。

平たく言えば、納得が行かない。

上の第一話同様、どうやってそれを行ったのかという「how」の部分についてはそれなりに理論的に説明がなされているとは思いますが、なぜやったのかという「why」、つまり動機との釣り合いが取れていない。

何度も小分けにして荷揚げしていた、だから毎日見るのはその人だった、まではいいんです。その理由が「子どもとキャンプの約束をしていたのに腰を痛めて重い荷物を持てなくなったから」と言われるとなんじゃそりゃ、と。

 

そんなことのためにそこまでするかー、と突っ込みたくなるというか、半ば呆れてしまうような理由ばかりなんです。

七話中一話だけ、というわけではなく、基本的に七話全て似たような傾向なのが残念なところ。

 

山小屋×日常の謎という発想はあまり見ないし、可能性は無限大に広がっていると思うんですが、なかなかどうして、せっかくのアイディアを上手く活かせていないな、という感想でした。

本作も続編……無いみたいですね。

 

ゆるキャン△』や『ヤマノススメ』が漫画・アニメで盛り上がっているように、小説業界にもそういったアウトドアを題材とした名作が生まれて欲しいと切に願ってしまいますね。

 

 

 
 
 
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