おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『満潮』朝倉かすみ

「ところで『そのままのわたし』ってなに?」

 眉子の答えはこうだった。

「だれかがこうだったらいいな、って思う眉子」

「それはまゆちゃんからすると『そのままのわたし』じゃないよね?」

「どうして?」

「ちがうじゃん」

「おんなじよ」

朝倉かすみ『満潮』を読みました。

言うまでもありませんが、先日読んだ『平場の月』があんまりにも良かったので、別の著作も読んでみたいと思ったのがきっかけです。

 

長編作品としては『平場の月』から『ぼくは朝日』を挟んで二作前の作品。

『平場の月』は第32回の山本周五郎賞受賞作品ですが、『満潮』もまた、同じ山本周五郎賞の第30回時の候補作です。

 

ページ数も454ページと、文学・文芸系の作品としてはなかなかのボリュームを誇ります。

『平場の月』の次に読む作品としては悪くないのではないか、と選ばせていただきました。

 

さて、どんな内容をはらんでいるのか。

早速ご紹介していきたいと思います。

 

 

結婚式場で見た花嫁に横恋慕

本書は一見、非常にエンタメ色の強い物語のように見えます。

主な主人公は二人。

常に誰かを喜ばせていないと生きられない容姿端麗な女性眉子と、田舎から出てきた秀才大学生茶谷。

茶谷はアルバイト先の結婚式場で、花嫁姿の眉子を見て一目惚れし、彼女に近づくために彼女の夫の会社でアルバイトを始める……というまるでトレンディドラマのような導入です。

 

あらすじだけ読めば、数年前に大ヒットした『昼顔』のようなドロドロした不倫モノを連想してしまうのではないでしょうか。

 

ところが、エンターテインメントに溢れるのもそこまで。

物語は思わぬ方向へと、深く、大きくねじ曲がっていきます。

 

 

歪な登場人物たち

本書で描かれる人々は、表面上は一般的な生活を送っているものの、その内面はおぞましい程に歪んでいます。

 

主人公の眉子は常に誰かを喜ばせていないと落ち着かないという一風変わった承認欲求の持ち主。

その発露として幼少時のエピソードが語られますが、いつもお漏らしを繰り返すクラスメートの代わりに自分がお漏らしをする、というなかなかの凄まじい内容。しかもそれは、『泣いた赤鬼』に陶酔した結果だという事がわかります。

また中学生の時には、たまたま市民プールで出会った同級生の男の子に声を掛け、プールの中でキスを交わすという大胆な行動を見せます。その後二人は交際へと発展し、初体験を済ませるまでに進展しますが、それらは全て眉子が当時心酔していた物語のシーンを再現していただけと判明します。

少女時代にはそうして既存の物語に自らを没入させてしまう眉子でしたが、やがて彼女は、「誰かが思い描く自分であること」を目指すようになります。

最上部の引用に抜き出した通り、「誰かがこうして欲しい」という自分である事こそが、『そのままのわたし』なのだという真理にたどり着くのです。

 

一方の茶谷は、早稲田の政経に通う大学生。

地方から一流大学への進学を果たした秀才であり、両親が誇る自慢の息子。

ところが彼自身も自身の優秀さを過信しているような節があり、プライドも高く、周囲を見下すいわゆる鼻持ちならないヤツです。

茶谷は自分こそが眉子にふさわしい男であり、じきに眉子も気づくはずだと信じて疑いません。

実際、彼の思惑通り彼は眉子の夫・真壁の会社にアルバイトとして潜り込み、真壁自身の信任を受けて、自宅にまで出入りする腹心としての立場を手に入れるのです。

 

そして眉子の夫・真壁ですが、彼もまた成り上がりの成金社長を絵に描いたような人物。

なんの一貫性もなく次々と新たなコトやモノを欲しがってはすぐに飽きて放り出すという、若くして(そこそこの)地位と金を手に入れた人間にありがちの甲斐性のなさを発揮しまくります。

眉子に対しても、はじめこそ一目惚れ同然で恋に落ち、猛アプローチの末結婚まで漕ぎ着けたまでは良いものの、すぐに若い愛人を作り、家にいつかなくなってしまうのです。

 

このような歪な三者が繰り広げる人間模様が物語の主軸なのですから、イケメン俳優や美人女優がくっついたり離れたりを繰り返す『昼顔』にはなるはずもありません。

 

 

眉子の異常性×茶谷の異常性

冒頭の引用通り、眉子の『そのままのわたし』は他者が望む眉子です。

つまるところ、眉子に対して「こうであって欲しい」と望んでくれる誰かがいない限り、彼女はアイデンティティーを保つ事ができません。

その点、トロフィーワイフとして理想の妻像を求めてくれる真壁は、眉子にとって理想的な伴侶でした。

 

だからこそ真壁が眉子に対して興味を失ってしまうと、眉子は途端に落ち着きを失ってしまいます。

 

そんな眉子は、誰かが自分に対して向ける「こうであって欲しいな」という願望に敏感です。

茶谷が自分に対して好意らしきものを抱いているらしいという事にも気づきます。

眉子もまた、真壁に対する空虚な想いを埋め合わせるかのように、ちょっとずつ茶谷の願望に応えようとします。

 

その様子は一見、夫に満たされぬ性欲を愛人に求める昼顔妻のようにも見えます。茶谷はまさにそう感じたのでしょう。ここぞとばかりに彼女の心を奪おうを躍起になります。

しかしーー「自分こそが眉子にふさわしい」「自分だけが眉子の事をわかってあげられる」と自負する茶谷は、眉子の目にはまったく魅力的には映らないのでした。

この定番の泥沼モードをあっさりと吹き消してしまう眉子と茶谷の決して相容れない異常性こそが、本書のだいご味と言えるのかもしれません。

 

やがて多くの夫がそうであるように、愛人との関係に飽きた真壁は眉子の元へと戻ってきます。

それどころか一通りの興味関心をやり尽くした真壁は、うって変わって理想的な夫へと変貌を遂げるのです。

 

茶谷の頭の中で思い描いていた完璧なはずの計画は、ほとんどが絵に描いた餅に終わってしまいます。しかし大学も辞め、全てを失いかけた茶谷にとっては受け入れがたい現実でした。

 

 

非日常的な日常でした。

この作品、読んでいるうちは物凄く不快でした。

主人公である眉子の人間性や考え方にはさっぱり共感できないし、こんな人いるの?と思わず嫌悪感すら抱いてしまいます。

夫の真壁はあまりにも器が小さく、絵に描いたような成金二代目ですし。

茶谷もまた、どの学校にもいたような鼻につく秀才キャラですし。

よくもまぁこんなにも常軌を逸した人物像を並べたもんだ、と呆れてしまうばかりでした。

 

ところが、読み終わる頃になると不思議と印象が変わってきます。

 

真壁みたいなヤツ……現実によくいるよなぁ。こんなヤツが社長だったら働きにくいだろうなぁ。

茶谷ってうちのクラスにいた〇〇に似てるな。めちゃくちゃみんなに嫌われてそうだし、友達いないんだろうなぁ。

 

なんて……あれ?

よくよく考えてみると、異様に思えた登場人物達もすぐ側によくいる日常的な人物像に思えてくるのです。

 

一番の変わり者である眉子もまた、同じでした。

 

いますよね?

誰かに尽くされるより、自分が尽くしたいタイプの人。

相手の事が好きかどうかよりも、相手のために身も心も捧げる自分に陶酔する、そんな人間。

 

終盤に明かされる彼女の過去の秘密もまた、割と若い女性の一時の過ちとして多く見られる出来事と思えなくもありません。もちろんそこにビデオカメラや悪意が介在していたのは問題ですが、なんとなくその場の雰囲気やアルコールの勢いに飲まれて……というケースは割とよく聞かれる話ではないでしょうか。

そういう女性が、過去を忘れ去ったかのように良き妻として、良き母親として暮らしているのも、まま見られる話です。

 

なので異様な登場人物たちが繰り広げる奇抜な物語かと思いきや、振り返ってみると僕たちの身の回りでも聞かれるごくごく一般的な出来事を題材にした作品だったのかなぁ、と改めて思いました。

 

かといってあまりにも登場人物たちに魅力を欠くので、もう一度読みたいという気分にはならないかと思いますが。

朝倉かすみ……ちょっとまだ魅力や力量を計り知れない作家さんです。

もうちょっと著作を読ませていただこうと思います。

 

 

 
 
 
 
 
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『さしすせその女たち』椰月美智子

「魔法の言葉さしすせそ、よ。さしすせそ、を使うの」

「さしすせそ?」

「さすが、知らなかった、すごい、センスある、そうなのね、のさしすせそよ」

椰月美智子『さしすせその女たち』を読みました。

前回ご紹介した『平場の月』を読んで以来読書熱が復活し、とりあえず何かないかとKindle Unlimitedの中を検索してたどり着いた作品。

 

椰月美智子さんの名前はよく書店で見かけて知っていたのですが、実際に著作を手に取るのは初めて……かと思いきや、だいぶ前、2017年に一冊だけ読んでいましたね。

 

linus.hatenablog.jp

 

上記ブログに書いた通り、内容的にはさらりとした語り口で母親へのDVを語る主人公のサイコっぷりだけが妙に印象に残っているのですが。

 

今回は『体育座りで空を見上げて』からは打って変わり、中学生ではなく、夫も子どももいる母親視点でのお話です。

 

 

多忙を極める妻と、非協力的な夫

主人公の多香実は39歳。

年中クラスの姉杏莉と、年小クラスの颯太という年子の姉弟を持つ母親です。

子ども達はまだまだ手のかかる年頃とあって、多香実の毎日は多忙を極めています。昨今の一般的な例に漏れず、多香実もまたフルタイムで働く兼業主婦。しかも職場では責任ある立場を任せられ、家庭に、職場に、気の休まる暇など全くありません。

 

そんな多香美の夫、秀介は一つ年上の40歳。

食品メーカーに勤務し、他人からは若々しく見られるという風貌の持ち主ですが、これがまぁ絵に描いたような駄目夫。

家事も子育てもほぼ全てを多香美に任せっきりにし、夕飯が買って来た弁当だと聞けば不満顔。最後に入った人がやると決めたはずの風呂掃除の約束も守らず、唯一の当番である子ども達の朝の登園も遅刻しそうだと嫌がります。

 

秀介に対し、多香実の不満は募る一方(←当然!!!)

ある夜、高熱により痙攣を起こした颯太に対し、秀介が気持ち悪いと言い放ったのをきっかけに、離婚すら考えるようになります。

 

そんな多香実に対し、友人である千恵が教えてくれたのが冒頭のテクニック。

相手を気分良くさせて、人間関係がうまくいくようになるというのです。

 


これ、本書の中では特に触れられませんが、だいぶ前から水商売の女性の間に伝わる有名なテクニックのようですね。

とはいえ多香実には、まるで秀介のご機嫌伺いみたいで真似する気にはなれません。自分流のさしすせそを考えると、ブラックジョークになってしまいます。

 

「砂糖切らしたから買って来て。知らないじゃ済まされないわ。すっとぼけるのはやめて。責任感を持って。そろそろ本気で怒るわよ。かな」

 

まぁ、仕方のない話でしょうね。

 

 

夫婦関係に正解はない

基本的に本書、ひたすら多香実のフラストレーションの種が書き連ねられただけの作品です。

子育ての大変さ、夫秀介への不満、仕事上の問題……等々。

こんなに大変な想いをしながら、よく毎日やっていけてるなぁと感心することしきりです。

 

特に、夫秀介。

彼に対して愛情や信頼のようなプラスの感情が描かれるのはほぼ皆無に等しいが故に、よく離婚しないものだと逆に不思議に思えてしまいます。

 

ところが、羨ましいほど仲睦まじいかに見えた友人・千恵の夫婦関係の裏側にも大きな問題を抱えていたりして……。

一体どんな夫婦関係が正解なのか、そもそも正解なんて存在しないのでは? というのが本書の裏のテーマのようにも思えます。

 

ここでひとつ断っておくとすれば、本書の中には上に述べてきたような問題の明確な答えは一つとして記されません。

日々の生活から浮かび上がる感情の襞を書き表したのが本書であって、離婚してすっきりした、はたまた夫秀介を見直すような出来事が起こり仲直りして一件落着、といったわかりやすいエンディングを迎える事はないのです。

 

問題は問題として、当人たちの間に横たわったまま物語は終わりを告げます。

 

それはおそらく、本書がエンタメ小説ではなく、文学寄りの作品として書かれた事を示すものなのでしょう。

ですので、本書のような作品を読む際にはなんらかの答えやカタルシスを求めるのではなく、文章から浮かび上がる一つ一つの場面や感情の機微のリアルさを楽しむようオススメします。

 

あいうえおかの夫

さて、本書にはまるでアンサーソングのような、夫秀介目線での短編も収録されています。

主に職場での秀介を中心に描く事で、家事に参加しようと思えない男心を描いた作品……と言えそうですが。

 

これに関しては断言しておきます。

 

完全に蛇足です。

 

なんだかなぁ……いかにも取って付けた感が拭えないんですよね。

『さしすせその女たち』で悪く書きすぎた秀介をフォローしておこう、的な。

 

秀介は職場では米澤課長と呼ばれ、優秀なビジネスマンとして描かれます。

部署に困った新人が配属され、彼女に振り回されながらも周囲のメンバーのフォローにも回るという心配り。

職場での秀介は信頼も篤く、後輩からの尊敬も集めています。

 

……ってあのさぁ……ただの別人、だよね?

職場と家庭での二面性を描きたかったのかもしれませんが、ここまで漫画のように極端に人間性が変わるってありえませんよね。

僕は上の『さしすせその女たち』についてフォローを入れました。

本作はあくまで文学的な作品であって、エンタメ作品ではないのだから問題に対する明確な答えやカタルシスを求めてはいけない、と。

 

だからこそ、『あいうえおかの男』によって描き出される漫画感には拒絶反応が強く出ました。

 

自分の妻や子どものフォローすらまともにできない人間が、職場では上手く立ち振る舞っているだなんてそんなのはあり得ないんです。

そんな完璧人間が、一度家へ帰れば「疲れてるから家事なんてしたくない」「風呂入って気持ちよくなっている時に掃除なんてやってられない」なんてぐーたら言わないんですよ。

仮に実在したとしても、上記のような言い訳は多香実に家事を押し付ける理由としてはさっぱり共感できず、やっぱりただの駄目男にしか思えません。せいぜい外面だけは良い男、といったところでしょう。

 

もうちょっとね……職場で重い仕事や人間関係に疲れ果てている感があれば仕方がないとも思えたのかもしれませんが……どうひいきに見ても、多香実の方が圧倒的に大変そうなんですよねぇ。

まぁ、そんな風に反感を抱いたり、同情したりと、心が揺さぶられる点も著者の上手さなのかもしれませんね。

 

本当につまらない作品は、読んでも何も残りませんから。

 

やっぱり読書って、良いものですね。

 

 

 
 
 
 
 
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『平場の月』朝倉かすみ

「仕事が終わって、自販機でガチャコンってミルクコーヒー買って、飲みながら家までぶらぶら歩いて帰るんだ。甘みが喉を通っていって、よそん家の洗濯物や、自分の影や、空の具合や、風の行き先や、可愛いチー坊を眺めると、ちょうどよくしあわせなんだ」

 

朝倉かすみ『平場の月』を読みました。

9月の更新依頼約半年、すっかり投げ出していた当ブログ。その間、これまでの人生の中でも三本指に入るぐらいの大きな出来事が幾つか重なり、読書すらもほとんどしていなかったような状態にあったのですが……ふらりと入った書店で本書に出会い、ふと読書を再開するに至りました。

なので本書が第32回山本周五郎賞受賞作だとか、第161回直木賞の候補作だったとか知ったのも、読後の話になります。

ほぼジャケ買い、衝動買いに近い買い物であったのにも関わらず、お陰でほぼ一日で一気読みを果たし、こうして放置していたブログまで再開したと書けば、本書の評価も言わずもがなでしょう。

まさに僥倖の出会いでした。

読み終えた今も心地良い余韻と、漲るような読書欲の熱に浮かされているような状態です。

それでは早速、内容についてご紹介しましょう。

 

 

平場(=あり触れた市井)に生きる50代男女の恋

本書の主人公である青砥は、50歳。

妻と離婚し、一人戻った故郷で年老いた母親の看護をしながら、地元の印刷会社で働く日々を送っています。

特に浮ついた話があるわけでもなく、淡々と繰り返される日常。

そんな中、胃に腫瘍が見つかり、病理検査のために訪れた病院の売店で、青砥は須藤と再会します。

須藤は中学時代の同級生で、青砥が初めて告白した相手でもありました。そして彼女こそが、本作のヒロイン役でもあります。

 

50歳と50歳。

中学時代から35年という長い年月を経、再会した二人の男女の恋。

 

互いに一度は結婚し、バツイチとなり、一方はアル中一歩手前まで追い詰められ、はたまた一方も若い男にたぶらかされて全財産を搾り取られる等、様々な辛酸を舐めてきた二人の現在は、年収350万円と200万円以下。

身を包むのはユニクロや無印の安価な服であり、外食ばかりはキツいからと安上がりな宅飲みを選ぶ。熱いからと靴下を脱ぎ捨て、裸電球が似合いそうなボロアパートで向きいながら缶ビールや焼酎を飲む様は、キラキラした恋愛小説の世界とは程遠いものです。

一般的に連想される、成熟された50代のイメージと比べてもすこぶる貧しいとすらいえるかもしれません。

ですが男性の年収の中央値が約300万円と言われる現代、彼らの姿というのは決して特異なものではありません。むしろ彼らと同じような暮らしを送る50代は現実的に遥かに多く存在するのでしょう。

だからこそ、僕達はそこに生々しさを感じてしまいます。

湿気た畳の匂いとともに、向かい合う50代の男女の心模様までもが、脳裏に浮かび上がってくるのです。

 

 

死生観

本書の冒頭は、主人公である青砥が須藤の死を知らされ場面から始まります。

しかも、同僚である元同級生を通じて知る、という非常に不本意な方法によって。

 

そこから物語は、上に紹介した二人の再会の場面へと戻ります。

二人が客観的には不自然な流れながらも少しずつ親交を深め、50年という長い年月によって形成された過去や後悔や反省や自戒等々様々な想いに囚われながらも、互いに寄り添うようになっていく過程が緻密に描かれて行きます。

 

しかしながら僕達は、二人が迎える最期を既に知っています。

ささいなささいな日常の先に待つ運命を考えると、二人が過ごす時間の積み重ねに、下す決断の一つ一つに、胸を痛めずにはいられないのです。

 

これって何かに良く似ている……と考えた僕の頭に浮かんだのは、あまりにも有名なあの作品でした。

 

 

 

『100日後に死ぬワニ』!!!

 

おいおい、あんな炎上作品と一緒にすんなよ! という声が聞こえて来そうですが、炎上はあくまで作品完結後の話ですからね。

 

Twitter上で100日間、日めくりカレンダーのように更新される間は、僕達は毎日更新されていく何気ないワニ君の日常を胸を締め付けられる想いで見守っていました。

漫画や映画の続編が楽しみだと心待ちにしたり、想いを寄せる先輩に告白しないまま黙ってバイト先をやめてしまったり、はたまたただ怠惰に一日を過ごしたり……一つ一つは他愛もない日常のワンシーンですが、その先にワニ君本人も知らない死が待ち受けていると知っている僕達は、複雑な想いを抱かずにはいられません。

 

ワニ君は僕達自身の投影に他ならないからです。

 

明日明後日にも、予期せぬ死が訪れるかもしれない……そう思う事によって今目の前の時間や出来事の価値が一転してしまう。

完結後の炎上によってすっかり忘れ去られてしまった感がありますが、『100日後に死ぬワニ』はその死生観によって沢山の人の心をざわつかせ、大きな話題を生み出したのです。

 

さて、余談が長くなりましたが、つまるところ本書の構造というのは『100日後に死ぬワニ』に良く似ていると言えます。

冒頭に死と、さらには死すら知らされぬ関係性が描かれているからこそ、本来であれば少しずつ盛り上がっていくはずの二人の温かな恋愛模様の裏側に、暗い影を想像せずにはいられなくなる。

 

これらは恋愛映画の名作と言われる『世界の中心で愛を叫ぶ』『風立ちぬ』でも繰り返し使われてきた手法ではありますが、本書は主人公を50代という年齢に設定した点が大きく異なりました。

未来溢れる若者たちではなく、人生の黄金期を呼べる期間はとうに過ぎ去り、晩年と言える老熟期を迎えようとする年代の男女が主人公だからこそ、そして彼らが決して順風満帆な人生を歩んできたとはいえず、むしろ心無い人間であれば負け組と断じてしまいそうな平凡な生活を送っているからこそ、悲哀はより一層深まるのです。

 

 

ひたすらに泥臭く、湿っぽく、だからこそ愛おしい

なんでしょうね。

金もなく、世話を焼いてくれる家族もおらず、取り立てて趣味や特技も存在しない。

毎日働いて、帰宅後に晩酌するぐらいが唯一の楽しみとすら言える、慎ましいどころか貧しい日常――平場を生きる青砥と須藤には、物語の主役として取り上げる程の魅力は全く無いのです。

 

薄汚く、生活感に溢れる部屋で貧しい宅飲みデートを繰り返し、人工肛門の扱いがどうたらこうたらと語るジジババの恋に、魅力などあろうはずがありません。

35年ぶりに再会した同級生と意気投合し、ちょっと良い仲になったかと思ったら、相手が癌を発症して死んでしまった。バツイチだったジジイはまた一人の生活に戻った。

ただそれだけの話。

今日もどこかの病院の待合室で繰り返されていそうな、どこまでも平凡で平場の恋の物語です。二人の恋は、二人を知るごく一部の噂好きの同級生の間でほんのちょっと話題に上るぐらいで、特に多くの人の興味関心を惹きつける事もないのでしょう。

 

でも、そう思えるのは僕達がまだまだ遠い先の未来の話だと鷹揚に構えていられるから。

きっと実際には、自分が想像するよりも遥かに早く、二人と同じ50代に達してしまうに違いありません。

 

誰しもが大人になってみると、子供の頃思い描いていた程には、自分が大人ではない事に驚くはずです。

小中学生の頃に見ていた20代は、とてもしっかりした大人でした。

20代の頃に見ていた30代の先輩は、自分よりも遥かに頼りがいのある大人でした。

30代の頃に見ている40代の先輩は、何もかもをも知り尽くしたスペシャリストのような大人でした。

でも……自分が同じ年齢になってみて初めて、昔からほとんど変わっていない自分に気付かされるのです。

 

50代もきっと、同じなのでしょう。

世間的に見れば彼らは既に人生の酸いも甘いも知り尽くし、達観して人生の後半戦へと向かっているように見えるかもしれません。

しかしながら実際には、20代の頃と変わらないのでしょう。

恋もすれば夢も見る。

失恋したり、大切な人を失えば……やっぱり同じように、悲しんだり苦しんだりするのです。

 

それが傍目から見ればジジイとババアのくだらない色恋沙汰に見えたとしても。

 

今自分の身の回りにいる50代や60代の人々の影にも、同じように色鮮やかな出来事が溢れているのかもしれません。

そう考えると、世界がちょっと違って見えるような気がします。

 

本当に本書に出会えて良かった。

今はそんな感謝の想いでいっぱいです。

 

きっとこの先も、本書の記憶を呼び起こす事があるでしょう。

その時のための忘備録も兼ねて、久しぶりにブログを更新させていただきました。

 

未読の方がいらっしゃれば、ぜひご一読を。

今はピンと来なくとも、数年後、数十年後に、本書の事が懐かしく思い出せるような日が来るかもしれませんよ。

 

 

 
 
 
 
 
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『#拡散忌望』最東対地

わたしと一緒にドロリン、しチョ?

 

最東対地『#拡散忌望』を読みました。

今回もKindle Unlimitedの中から何か良さげな作品はないかなと探していたところ、たどり着いた作品です。

 

その題名の通り、どうやらスマートフォンSNSなどを題材としたホラー小説のよう。

 

実はちょうどこういう作品を探していました。

というのもホラー映画・小説の名作『リング』も発行は1991年。もう三十年も前の作品なんですね。

古くから形や名前を変えて存在してきた「呪いの手紙」を現代風(当時)にビデオテープとして置き換え、全国を恐怖に陥れた古典中の古典。

 

『リング』の成功は、多くの人々が現実にあり得そうな身近なものとして受け止められたのが一番の要因だと思います。実際に「呪いのビデオ」やそれに似たタイトルのオカルトビデオは次々と発売され、レンタルビデオ店では常に貸し出し中になるような盛況ぶりを見せていました。

「呪いの手紙」→「呪いのビデオ」へと時代に合わせて進化を遂げたように、今後多くの人々を恐怖に震え上がらせる作品に欠かせないものは、間違いなくスマートフォンSNSの存在だと思います。それらの存在こそが、現代生活においては切っても切り離せない身近なツールだからです。

その一例として『スマホを落としただけなのに』も大きなヒット作品になりました。

 

さて、前置きが長くなりましたが、本書はそんなスマートフォンSNSを軸に呪いが伝播していくという僕が望んでいた通りの作品。

あまり売れている様子がないのが気にはなりますが……それでは中身についてご紹介していきましょう。

 

 

呪いのツイート

カラオケボックスで盛り上がる高校生達のスマホが一斉に鳴り、それぞれに一つのツイートが送られてきます。

 

《ドロリンチョ@MWW779

  ひ」お「s6.smq@あv7ひyw@g。つ≫

 

添付されているのはその中の一人透琉。

集合写真を無理やり切り抜いたようなアップの写真は、少しずつ赤味を帯びていきます。

そして――突如目、鼻、口からピンク色のどろどろした液体を吹き出す透琉。

湯気を放つそれは、透琉の脳みそや内臓などが液状化して飛び出したものなのでした。

 

透琉は病院に運ばれ、一命こそ取りとめますが鼻も口も溶け落ちたまま、ただ生きているだけという状態に陥ってしまいます。

 

数日後、今度は同じようなツイートがるいの写真とともに配信され、るいもまた、透琉と同じ無惨な姿へと変貌してしまいます。

 

 

呪いへの対抗手段

対抗手段はたった一つ。

該当ツイートを、100回リツイートさせること。

それによりツイートは消え、呪いの餌食になる事を避けられるのです。

 

とはいえ高校生達の間に、そう簡単に100回もリツイートをさせられるようなアカウントを持つ人間はいません。

しかし、主人公である尚には可能です。

尚が自分のアカウントで拡散すれば、すぐさまリツイート数は100を超えるのでした。

 

高校二年という中途半端な時期に転校してきた尚は、実は炎上アカウントの持ち主。

以前のアルバイト先で俗に「バカッター」と呼ばれるようなツイートを繰り返し、炎上してきた秘密の過去があったのです。

 

しかし繰り返される呪いに、次第に尚の炎上アカウントも効力を失い始めます。

さらに対象者が二度目のツイートの場合、前回リツイート数を見たした段階、つまり途中から最スタートになるというハンデを背負う事がわかります。

ドロリンチョの呪いはどうやったら解けるのか。

尚たちは、呪いが生まれた原因を突き止め、呪いそのものを止めようとします。

 

 

設定ありき、が透けて見える

……とまぁ上記がざっくりとしたあらすじでして、この後次々と犠牲者が増える中、彼らが過去に背負った罪や、隠していた裏の顔等が暴かれていくわけです。

ある意味では推理小説・サスペンス仕立てとも言えるでしょう。

 

ただし……はっきり書いてしまえば、面白みのようなものは皆無ですね。

リツイートで回避できる、という仕掛けもあくまで設定ありきのもので、それにより呪いが回避できる理由もこじつけ以下のレベルでしかありませんし。

SNSの仕掛けそのものが設定ありきなんですよね。

原因となる呪う側からすると、SNSを使う必然性がない。

恨みを晴らすべく怨霊となって関係者を呪うにしては、いちいち次の犠牲者を指定したり、リツイートされる間待っていてあげたりと、あまりにもまどろっこしいやり方だなぁ、と。

 

一番恨み深い相手からターゲットにするならともかく、大して当たり障りなさそうなモブキャラが餌食になっていくあたりもいかにもご都合主義ですし。後出しじゃんけんのごとく途中から呪いのルールが変わっていくのも、恐怖というよりはやっぱりご都合主義にしか感じられない。

主人公である尚のバカッター設定も、あくまで「呪いを回避するために強い拡散力を持つアカウント」の為に裏付けされただけであって、それ以上の深みもないですし。

ヒロインとの関係性も特に何かきっかけがあったわけでもなく、やはり設定ありきでいつの間にか相思相愛になっていたりします。

 

結局のところ、同級生にひどいイジメをしていた連中に襲い掛かる呪いを、転校してきた元バカッターが一緒になって立ち向かうという話に終始するだけなんですよね。

イジメた子達の間に良心の呵責みたいなものがかけらも描かれない点も見逃せないところ。

読者側からすると、彼らがどんな目に遭ったとしても、自業自得だろうなーぐらいにしか思えないのです。

誰にも感情移入する事もできないまま、ただただB級スプラッター以下の「ピンクの肉汁が目や口や鼻や耳から噴き出た!」的なグロいシーンが繰り返されるだけでしかありません。

 

最終的に呪いの原因そのものを解く方法としてたどり着いた結論が「被害者であるイジメられっ子に謝罪する」だったのも完全に肩透かしですし。

しかも謝罪したのはイジメた本人ではなく、まるで無関係な人間。

もしこれで「謝って貰えたから許します。もう気が済みました」なんてエンディングを迎えていたらと思うとゾッとします。

 

せっかく現代的な要素を取り入れたところで、こうご都合主義と浅い設定ありきになってしまうと台無しですね。

設定は決して悪くないので、そこにしっかりとした整合性や物語としての深みを生み出せれば、良作にもなり得たと思うのですが……なかなか難しいものです。

 

面白い現代風のホラー……読みたいなぁ。

 

 

 
 
 
 
 
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『天使の囀り』貴志祐介

天使の囀りこそは、我々が待ち焦がれていた福音です。

 

貴志祐介『天使の囀り』を読みました。

貴志祐介作品を紹介するのは『青の炎』以来になります。

 


上記記事を一読いただければ一目瞭然ですが、映画化もされたベストセラー『青の炎』に関してはさっぱり僕には合いませんでした。

なのであまり貴志祐介という作家にいい印象はなかったのですが、Kindle Unlimitedで面白いホラー小説はないかと探したところ、本作を推している方が多かったようなので読んでみることにしました。

 

『天使の囀り』……正直、あまり聞き覚えのあるタイトルではありませんが。

 

 

アマゾン調査隊と不思議な猿の話

冒頭は一人の男性から送られてくる手紙形式で始まります。

男性はアマゾンの調査隊に参加しており、そこで見聞きした新鮮な驚きや感動をそのまま伝えようとしている様子。

食料は主に現地調達しているという調査隊ですが、用意しておいた食料の大半を手違いにより失ってしまい、腹を空かせているところに一匹の猿が現れます。

猿を捕まえ、分け合って食べる面々。

飾り気のない文面に記された頭だけは誰も食べなかった……という一文に、どこか薄気味悪さを感じさせます。

ところが戻って来た調査隊に対し、それまでは友好的だったはずの現地住民が突如敵対心を露わにします。

このままでは大変な事になってしまう――という大事なところで手紙は途切れてしまいました。

 

恋人の無事を祈る北嶋早苗の前に、ある日ひょっこり張本人である高梨が姿を現します。

どうやら無事帰国を遂げたようです。

しかし、久しぶりに会った彼は以前とはどこか違っていて……とんでもない量の食事を平らげる大食漢に、旺盛な性欲。さらにあんなに怯えていた死に対してさえ180°変心したような姿勢を見せます。

一体彼に何があったのか。

そして彼はどうなるのか。

ひたひたと恐怖の波が押し寄せてくるのを感じます。

 

 

天使の囀りの正体

天使の囀りとは、帰国後の高梨が見る幻覚症状に他なりません。

彼の耳には無数の天使が羽ばたくような幻聴が聞こえるのです。

そうした時、彼は甘美な陶酔感に酔いしれるようになります。

 

帰国後、異常な食欲を示す高梨は早苗と会う度に肥大化していきます。

また、彼女の職場内で性交渉を求めたりと、異常な行動も目立ち始めます。

さらには誰よりも死を恐れていたはずの高梨の書斎には、大量の自殺を扱った本や人が死ぬシーンばかりを集めた発禁の映像集まで。

やがて高梨はホスピスに勤務する早苗のデスクから、勝手に大量の睡眠薬を持ち出します。

彼は早苗の忠告も無視して大量の睡眠薬をアルコールとともに摂取し、あえなく自死を遂げてしまうのです。

 

高梨の死に違和感を抱いた早苗は、アマゾン調査隊のメンバーや主催社に連絡を取ることに。

そうして調査隊に参加したメンバーの中には高梨以外にも謎の不審死を遂げている人間がおり、さらに似たような原因不明の自殺はアマゾン調査隊には全く関連性のない市中にも起きている事を知るのです。

 

 

おぞましい

本書は角川ホラー文庫から発行されているホラーカテゴリーに分類される作品です。

しかしながら本書から得られるのは単純な怖さやスリルといったものではありません。

的確に当て嵌まる言葉をあげるとすれば、おぞましいというもの。

ただただ、とにかくおぞましい。

 

天使の囀りがなんなのか。

高梨らを死においやっている存在がなんなのか。

 

その正体を知った時点で、非常に気分が悪くなります。

終盤に向けて早苗らがその正体を突き止め、分析を重ね、彼らのアジトと思われる場所に向かう段に至っては、あまりのおぞましさにページをめくるのが嫌になるぐらいです。

 

気分が悪いと言っても、綾辻行人『殺人鬼』のようなグロテスクな気持ち悪さとはまた違ったおぞましさ。

具体例をあげれば、飲み物や食事など、今まで無意識に行っていたはずの食べ物や飲み物を口に運ぶという何気ない動作にすら、躊躇を覚えるようになります。

そこに何か、得体の知れないものが存在しているんじゃないかと怯えずにはいられないのです。

 

想像していたホラーとは全く異なりますが、このようなおぞましさを味わう事になるとは思いもしませんでした。

良い意味でまた読み返そうとは思えない、凄まじい作品でした。

貴志祐介という作者を見直した気分です。

 

このぐらいのインパクトが楽しめるのならぜひとも他の作品も読んでみたくなりますね。

 

 

 
 
 
 
 
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『ヴンダーカンマー』星月渉

 でも、北山君が言う通り、郷土資料研究会が、唯香のヴンダーカンマーなのだとしたら……。

 もしかしたら、唯香は人殺しを集めていたんじゃないだろうか?

 

星月渉『ヴンダーカンマー』を読みました。

出版元は竹書房といいます。

あまり聞かない名前だな、と思ったら、元々は麻雀雑誌の出版から始まった割と後発かつニッチなジャンルの雑誌・漫画・小説等幅広い形式で出版している会社だそうです。

 

上にニッチと書きましたが、竹書房が力を入れているジャンルの一つにホラーが挙げられるようです。

竹書房怪談文庫なるレーベルも立ち上げていまして、その名の通り古くから伝わる怪談やいわゆる怖い話を集めた短編集等々、かなりの数の本を出版しているようです。

角川や新潮といった大手出版社は本格的なホラーから手を引き始め、昨今ではホラーとは名ばかりのあやかし系ライトノベルばかりが書店の棚を占めるようなイメージだったのですが……そういう隙間産業に入り込んでいくあたりが、小さな出版社の面白いところですね。

 

最近山登りに関する怪談系の作品を読んでいたので、ホラーつながりでKindleUnlimitedのおすすめに出てきたのでしょう。

ちょっと調べてみたところ本書、小説投稿サイト「エブリスタ」上で行われた第1回最恐小説大賞なるコンテストの受賞作だそうです。

 

……エブリスタか。

 

以前5分シリーズなる短編集を読み、良くも悪くも玉石混交の印象がありましたので、受賞作とはいえ期待値としては上がりも下がりもしないのですが……とにもかくにも、読んだ感想を記していきたいと思います。

 

 

ヴンダーカンマーとは?

まずは内容に入る前に、題名の意味からご説明したいと思います。

ヴンダーカンマーとは、ドイツ語で「驚異の部屋」を意味するそうです。

 

驚異の部屋 - Wikipedia

 

様々な珍品を集めた博物陳列室。

簡単に言えば、コレクターズルーム的意味だと思えばいいでしょうか。

 

自分のお気に入り、または気になったものだけを集めた蒐集部屋。

その意味するところについては、本書を読み進めるに従って次第に明らかになる事でしょう。

 

 

六人六章立ての物語

本書の章立ては、なかなか物珍しいものがあります。

 

  1. 北山浩平
  2. 東陸一
  3. 南条拓也
  4. 西山緋音
  5. 渋谷美香子
  6. 渋谷唯香

 

章のタイトルとなった六人それぞれの視点で、物語は紡がれていきます。

1章である北山少年は、”みなさん”と誰かに向けて語り掛けます。

そこで明かされるのは彼自身の凄惨な生誕の経緯と、渋谷唯香が何者かに殺され、集められたそれぞれと何かしらの秘密を抱えていただろうという事です。

 

渋谷唯香を殺したのは誰なのか。

彼女との間に、一体何があったのか。

 

それぞれの視点から追っておく半オムニバス形式の作品となっています。

 

 

不快感全快のイヤミス

本書をカテゴライズするのであれば、イヤミスと言う事になるのでしょう。

後味悪く、読んで嫌な気持ちになるミステリー。

 

本書で描かれる六人は、彼らを取り巻く人々も含めて、非常に特殊な環境に置かれています。

その最たるものとして南条拓也を例に挙げれば、彼の唯一の身寄りであり、母親は知的障がい者です。

しかも彼女は、売春によってお金を得、日々の生活の糧としています。

誰かに騙されたり、嫌々ながらというわけでもなく、彼女自身がセックス好きで、楽しんでやっているのです。

母親が仕事をしている間、拓也は押入れの中で終わるのを待ちます。

母親が知らぬ男に抱かれ、歓びの声をあげるのを暗闇の中で聞き続けるのです。

 

……ね? すごく嫌でしょ(笑)

 

登場人物達はみな高校生ぐらいの年頃ですが、描かれる嫌らしさの大半は性に関するものです。それがまた悩ましい。

物語全体のテーマとして性に触れないわけにはいかないのですが、やはりなんとも気分が悪いものです。

 

ですから本書は最恐小説大賞受賞作と言ってもオバケやオカルト的なホラー小説ではありません。

ひたすらに不快感だけで埋め尽くされたイヤミス、というのが本来の姿なのです。

 

 

そこからもたらされるもの

イヤミスである以上、問題となるのは不快感と引き換えに読者にもたらされるのは何なのか、という点でしょう。

鮮やかな謎解きであったり、ざまぁみろと快哉を叫びたくなるようなどんでん返しであったり、そういったカタルシスがあるからこそ、不快感に意味がある。

 

ところが本書……困った事にそれがない。

読んだからといって何もないのです。

 

登場人物が順々に過去を語っていきます。

どれもこれも、目を覆いたくなるような最悪の事態です。

全員、生まれながらにして不幸を運命づけられたとしか思えません。

もちろんそれこそが作者の狙いだったのでしょうけれど。

 

しかし最終的に渋谷唯香の口から全てのエピソードが語られたところで、バラバラだった時系列や出来事がなんとなく繋がったかなぁという感想に終わるだけ。

イヤミス、とは言いましたが、犯人の手がかりは全くなく、読者側で犯人探しを楽しめるような作品でもないですし。

 

あぁ、そうだったんですね。なるほどねー。

 

としか感想の述べようがないのです。

 

 

目立つ現実離れとちぐはぐさ

読んでも何もない……と書きましたが、そもそもどれもこれもが現実離れし過ぎている、という点も見過ごせません。

これは第二章である東陸一の時点から察する事ができます。

名家の御曹司として将来を約束され、周囲からはリッチーと呼ばれるという恵まれた環境に生まれ育った少年。

そして彼の姉である園美。

 

しかしながら陸一にも園美にも、全くもってそのプロフィールに見合うような人間性が伝わって来ません。

まずそんな家柄の少年は、自分の姉を「ねえちゃん」とは呼びませんしね。

特に家柄の良さを彷彿とさせるような場面もありません。

著者にとっては「日当たりのよい十二畳の部屋」と「シャインマスカット」が裕福の象徴なのでしょうか?

 

ホストに貢ぐように、ただ好きだからと理由だけで唯香に数百万の金をつぎ込む園美はただの愚か者にしか思えません。名家の娘で見た目も美しいようなのですが、高校を卒業して社会人になるぐらいまでの人生の中で、恋愛経験は一度も無かったのでしょうか。どうしてそこまで唯香という一人の同性の少女に溺れてしまったのでしょうか。そのあたりの説得力も皆無です。

 

なんだか特別な理由がありそうな〈郷土歴史研究会〉も名前として登場するだけで活動は特になし。

ただ唯香が他の四人と母親である教師を所属させるためだけに作ったようです。

それがヴンダーカンマー???

同好会に所属させるのが???

いまいち意図が掴めません。

 

本書、上記のように現実離れした設定や人物像、意味がありそうで全くないフレーズ等々があまりにも多すぎて、読んでいてちぐはぐさを感じます。

さらに登場人物達は「そうはならんやろ!」と思わず突っ込みたくなるような言動をするので、読めば読む程混乱してしまうのです。

 

あんまり書くとネタバレになってしまうので難しい所ですが……あまりにも不可解な点も多かったため、再整理の意味も含めて下記にまとめていきたいと思います。

完全にネタバレの内容を含みますので、未読の方、これから読もうという方はご注意下さい。

 

※↓↓↓以下ネタバレ※

 

 

『北山耕平』

 初めに登場するのは北山耕平。

 彼は”みなさん”、と誰かに向かって語り掛けます。

 その口から語られるのは、彼と東陸一、南条拓也、西山緋音の四人は、渋谷美香子に誘われて〈郷土資料研究会〉なる同好会に所属していたこと。

 さらに彼らを誘った張本人である渋谷美香子は既に校内で何者かに殺害されたことがわかります。四人はその場に立ち会っており、東はその容疑者として、警察に拘束されている。

 衝撃的な事に、渋谷美香子は妊娠中であり、子宮がとり除かれるという無惨な殺され方をしていました。

 北山は渋谷の遺した手帳を餌に”みなさん”を呼び出しました。

 そうして彼は、自らの出生の秘密を語ります。

 彼の母もまた、身籠っているさ中殺害され、彼は殺害犯によって胎内から取り出される事で生を受けたというのです。おそらく、彼の父親の手によって。

 母と美香子の殺され方に類似性を見た北山は、全ての真実を知りたいという想いだけで、“みなさん”を呼び出したのでした。

 

 

『東陸一』

 第二章は東陸一。

 地域の中でも名家の御曹司である陸一は、生まれながらにして跡を継ぐ事が決められています。

 そんな彼が慕ってやまないのが姉の園美。

 彼女は高校を卒業した後、父のコネによってジュエリーショップに就職。品行方正で慎ましい性格の園美でしたが、ある日一人暮らしがしたいと両親に持ち掛けます。

 陸一は度々理由をつけては姉の部屋を訪れますが、どうやら恋人がいるらしいと察し至り、ショックを受けます。

 ところがほんの数ヶ月で、預金通帳に蓄えられていたはずの大金を使い込んでしまい、両親は激高。使った先を問われても、園美は頑として口を割りません。

 迎えた中学校卒業式の日――帰宅した陸一が見たのは、脇差で自らの腹を切り裂いた血だらけの姉の姿でした。

 しかし世間体を気にした両親は姉の死を公にせず、駆け落ちして姿を消した事にする、と陸一に告げます。

 

 園美が死んだ理由を探る陸一は姉が腹違いの子どもだった事を知り、渋谷唯香と何らかの関わりがあった事を知ります。

 唯香のスマホを盗み、中身を調べようとする陸一ですが――唯香には全てお見通しでした。

 陸一は唯香の口から、唯香こそが園美の恋人であったと知らされます。

 さらに園美が死んでいるという秘密すらも唯香は知っているというのです。

 陸一に対し、唯香は一つの動画を見せます。

 それは園美の死の一部始終が撮影された動画でした。

 その中には発見した陸一や、その後園美の遺体をバラバラにする両親の姿が残っていたのです。

 弱味を握られた陸一達家族は、その日以来唯香に這いつくばる奴隷と化したのでした。

 

 

『南条拓也』

 特待生である拓也は、父親も他の身寄りもない中で、知的障害の母親一人の手によって育てられたという異色の生い立ちを持っています。

 しかも母親のしいちゃんは、売春によって生活を成り立たせているのです。

 障害を持つしいちゃんは売春に対する罪悪感など全くありません。他の売り子のようにNGもないため、グループの中では常にナンバーワンの人気を誇っています。

 さらに子供のような無邪気さで、セックスそのものが好き。

 そのため拓也が生活保護の需給を訴えても、どんなに辞めさせようとしても、しいちゃんは売春をやめようとはしません。

 そんなしいちゃんを止めるために、拓也は決意を固めます。

 自ら母親であるしいちゃんの相手となるのです。

 

 そうしてしいちゃんは売春を辞めるのですが……ある日、売春仲間の女の子カオリンが遊びにやって来ます。

 数日後、新入生代表としてあいさつに立った少女の顔を見て拓也は驚きます。

 彼女こそカオリン――渋谷唯香だったのです。

 やがて拓也は再びしいちゃんが売春を再開した事に気付きます。拓也が大学に進学したら、しいちゃんを捨てて家を出ると誰かに吹き込まれたようです。

 口論の末、拓也は衝動的にしいちゃんの首を絞めて殺害してしまいます。

 そこに現れたのは唯香。

 呼びつけた二人の男女に命じ、お風呂場でしいちゃんの遺体をバラバラに解体させます。

 そうしてしいちゃん殺害の事実は、闇に葬られてしまったのでした。

 

 

『西山緋音』

 緋音の母は、西山家の後継ぎとして緋音に婿をもらうよう常々言っています。

 なぜか娘がブラジャーを着けているのが気に食わず、ブラジャーを見つけるとハサミで切り裂いてしまうという不思議な思考の持ち主です。

 なんとかしてブラジャーを手に入れたいと考えた緋音は、万引きによってブラジャーを手に入れるようになります。

 いつものようにブラジャーを選んでいたところ、知らない女の子に声を掛けられる緋音。その相手こそ、渋谷唯香です。

 万引きGメンに狙われているのに気づき、緋音を助けてくれたのでした。

 唯香からアルバイトを持ち掛けられた緋音は、早速援デリのやりとり代行等をするようになります。

 そんなある日の事、帰り道でクラスメイトに強姦される緋音。相手は母が婿養子にと望み、緋音が常日頃から毛嫌いする本家の三男坊でした。

 それからは緋音自身も売春に手を染めるようになります。

 自分よりも人気だというしいちゃんに嫉妬し、「息子は大学に行くからしいちゃんなんて捨てられる」と吹き込んだのも緋音でした。

 ある日ブラジャーを探して母の部屋へ忍び込んだ緋音は、タンスの中から母の日記を見つけます。それは緋音の生理の周期等について細かくチェックした恐るべき記録でした。

 緋音が強姦された日には、排卵日の文字が。それにより本家の三男坊に緋音を襲うようけしかけたのは、緋音の母親だったと気づきます。

 激昂した緋音は、寝ている母親を殺害し、ネットで買ったという大型の冷凍庫の中に隠します。

 

 

『渋谷美香子』

 彼女は同じ教師であった英雄と出会います。英雄は彼女が教員免許を持たずに教壇に立っているという秘密を握っており、半ば強引に美香子と関係を結びました。

 美香子が嫁いだ渋谷の家は、嫁を人とも思わぬ鬼のような姑のいる家でした。

 三年子なきは去れ。

 子供が欲しいと願う美香子ですが、なかなか身籠る事ができません。

 そんな美香子の前に、突然英雄が一人の赤ん坊を連れ帰ります。

 自分の子どもだから、うちで育てようというのです。

 それが唯香でした。

 その後美香子自身も身籠りますが、姑は「明日始末しなさい」と言い放ちます。唯香がいればそれでいい、というのです。

 計三度も堕胎し、四度目の妊娠になった頃には姑も始末しろとは言わなくなりました。唯香が姑の思う通りに育たなかったからです。

 今度こそ産めると喜んだ美香子でしたが、唯香はわざと階段にリンスをぶちまけ、美香子を転倒させることでお腹の中の子どもを殺します。

 

 美香子と唯香の、歪んだ母娘関係が明らかになります。

 

 やがて英雄の失踪を気に、美香子は渋谷の家を出ると決めます。しかし、唯香もまた、一緒に連れて行けとせがみます。

 断る美香子を、唯香は「だったらあの子を殺す」と脅します。

 後に自ら命を絶った東陸一の姉――陸一とは腹違いの姉だという彼女の母親こそが、美香子なのです。

 美香子は陸一の父・世一と関係を結び、子どもを産みましたが結婚は許されませんでした。東の家に取り上げられた園美を影ながら見守るため、という理由で美香子はこの町にやってきたのです。

 

 唯香の死後――自分達を呼び出した北山耕平に対し、美香子は驚きの事実を告げます。唯香と耕平は、二卵性双生児だというのです。

 耕平の母親である鈴子の腹から取り出されたのは、耕平だけではなく唯香も一緒だった。そのうち唯香だけを、英雄が家へ連れ帰ったのだろう。

 さらに美香子は、唯香を殺したのは耕平であり、唯香の子の父親もまた、耕平だと指摘します。DNA鑑定でバレるのが怖くて、腹を切り裂いたのだと。

 

 

『渋谷唯香』

 唯香は一度目にした光景をそっくりそのまま記憶するカメラアイという特殊能力を持ち、さらに、一度記憶したものは決して忘れることはないという才能を持っています。

 胎児の頃から記憶を有する彼女は、自分達を生んだ母親鈴子が自らの意で自分達を宿したのではない事を知っています。彼女はむしろ英雄の子である双子を生みたくない、どうにかして殺したいと願っていたのです。しかし英雄はそれを許しませんでした。

 陣痛に襲われた鈴子は恐怖のあまり首を吊ります。死体の腹から二人の赤ん坊を取り出したのは、英雄です。

 彼は自分のこどもをどんな形でもいいから沢山この世に残したいという事だけを生きる目的にしていたのでした。

 生まれる前から母親の殺意に晒されてきた唯香にとって、「お母さん」と呼べる存在は初めて自分に愛情を向けてくれた育ての親――美香子でした。

 初めて美香子に抱かれたその日から、唯香の生きる目的は「お母さんと一緒にいること」になったのです。

 

 成長した唯香は「お母さん」こと美香子の実子である園美に近づきます。

 園美の気持ちを弄び、一方で援デリの顧客である銀行関係者から東の家に園美の無駄遣いを吹き込む事で、園美の心を追い詰めていきます。

 

 ここで一旦、唯香としいちゃんが出会った過去へと遡ります。

 鈴子の腹から唯香を取り出した英雄は、美香子の前にしいちゃんに育てられないか掛け合っていたのです。

 しいちゃんであれば、英雄の他のこどもに関する手がかりを持っているかもしれないと考えた唯香は、自ら援デリに加わる事でしいちゃんと懇意になります。

 やがて唯香は自らが援デリの元締めとなり、しいちゃんのアパートの隣の部屋を待機所として借ります。

 そしてしいちゃんの冷蔵庫の中から、英雄のコレクションの記録を探し当てます。英雄には六十人ほどの子どもが存在する事がわかりました。

 その中に、園美の弟である東陸一の名前も見つけるのです。

 これが唯香中一の冬の事でした。

 

 リストから英雄の子どもを探すサンプルとなったのが西山緋音。

 万引きを止めるのをきっかけに、緋音に近づいた唯香は、その裏で緋音の母親にも近づきます。

 緋音をこの町に釘付けにしたい母親の希望をくみ取り、緋音が嫌う本家の男に緋音のGPS情報を送るよう促したのも唯香の仕業でした。

 

 東陸一に近づいた唯香は、園美の話を持ち出します。

 陸一は動揺を示し、園美は既に死んでいると確信を抱いた唯香は、自分が作った〈郷土歴史研究会〉に陸一を引き入れます。

 おそらく園美は「死ぬところが見たい」と言った自分のために、なんらかの記録を残している。唯香の予想通り、園美が死んだ蔵の中から唯香はビデオカメラを発見。それと陸一の出生の秘密(=父親が英雄)をダシに、東家を掌握します。

 拓也が殺したしいちゃんを始末したのは、唯香に弱味を握られた陸一の両親だったのです。

 

 迎えたその日――唯香は北山耕平に呼び出されます。

 彼は唯香の父親が自分の父親であり、自分達が兄妹であると気づいたのです。

 DNA鑑定を勧める耕平に、唯香は既に手遅れであると告げます。自分のお腹の中には、耕平の赤ちゃんがいると。

 産みたいと言った唯香を、耕平は階段から突き落とし、殺してしまいます。

 

 薄れゆく意識の中、最後に明かされる唯香の秘密。

 それは小学校六年生のある日、自分のベッドにもぐりこんできた父の英雄の記憶でした。

 鈴子の腹から取り出された赤ん坊のうち、唯香だけを連れ帰ったのは、唯香にも自分の子を産ませようと考えたからだったのでした。

 しかし、事態に気付いた母・美香子がバッドで英雄を殴り殺してしまいます。

 英雄の死骸は、唯香がバラバラにしてたくさんのホルマリン漬けにしました。それは今も、唯香と美香子が住む家に隠されているのです。

 

 自分が死ねば、あのホルマリン漬けも英雄を殺したのも自分のせいという事にできる。

 唯香は最後まで「お母さん」である美香子を想いながら、死んでいきました。

 

 

致命的な欠点

こうして読み返していくと、いくつもの欠点が浮かび上がります。

まずは緋音ですね。

彼女のエピソードは全て、本作には必要がない。無くても成立するという完全な蛇足です。

殺した母親を冷凍庫にしまう、というのも目茶苦茶です。

何もしなくても彼女は二三日後には間違いなく逮捕されてしまいますもんね。冷凍庫を注文する前に、自分で気づきそうなものですが。

それこそ陸一の両親にバラして貰えば良かったのに、そうしなかったのが不思議でなりません。

 

家庭環境等々、非常に不快感の伴う場面が多いのですが、実際に登場人物達が殺人を犯すシーンや動機に関しては、意外とあっさりとしているのも謎です。えー、そんな事で殺しちゃうの?死んじゃうの?と。

園美にしても蔵の脇差で割腹自殺は流石に選ばんでしょ。ましてや保険金目当てで。

もうちょっと事故に見せかけるとか、苦しまずに死ぬ方法を考えると思うんだけどな。

拓也がしいちゃんを殺す経緯なんて唐突過ぎてびっくりしてしまいました。そこで殺してやるーとはならんでしょ。

 

感嘆に唯香に屈する陸一の両親なんて、アニメもびっくりのお粗末な展開ですよね。

いや弱味握られたからって女子高生相手にそう簡単に奴隷化はしないでしょ。

ましてや殺人の片棒担がされたりするぐらいなら、唯香自身を始末しようとか考えると思うのですが。

その辺りの逡巡や葛藤が全くないまま、あっさり奴隷化してしまうのは流石にご都合主義が過ぎますよね。

 

そして一番致命的なのは――何といっても渋谷唯香の生きる目的や、そこへ向かうプロセスの意味不明さでしょう。

ここに説得力がないのが、物語を最高に陳腐化してしまっている。

全ての発端である渋谷唯香自体が「いや、そうはならんやろ」というツッコミの塊みたいな存在なので、そこから派生する数々のエピソードが絵空事にしか感じられないのです。

「お母さんと一緒に暮らしたい」→「親父の隠し子集めてウンダ―カンマー作ろう」って言う時点でもう理解の範疇を軽く超えているという。

 

唯香で言えば本当に一人か?と疑わしく思えるほど同時進行的にあまりにも多くの事をやり過ぎているのも気になるところですが……この辺でやめておきましょう。

 

面白いとか面白くないとか抜きに、いったん設定から書き直してみませんか、というのが僕の結論です。

ここまで混沌としていると言う事は、おそらく著者の中でも時系列やストーリーが明快でないまま書き終えてしまったのではないか、と邪推します。

そうしてしっかりと骨太な枠組みから組み直せば、遥かに優れた作品に生まれ変わる事でしょう。

そうでない限り……無料のネット小説として流し読みし、雰囲気だけ楽しむのが一番かな。

 

 

 
 
 
 
 
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『恋する山ガール』御堂志生

「お前に惚れてる。全部欲しい」

 

御堂志生『恋する山ガール』を読みました。

Kindle Unlimitedで何か山登りに関連した小説ってないかなと検索したところ、引っかかったのが本書でした。

 

形式が電子版のみで単行本や文庫本といった実本としては出版されていないようだし、パブリッシングリンクなんて出版社聞いた事がないなぁと思ったら、電子書籍専門の出版社だったんですね。

なるほど、今の時代はそういうのもあるのか、と感心しました。

 

以前にも触れた通り、漫画やアニメ界隈では登山やキャンプといったアウトドアを題材としたゆるい作品が人気な一方、小説業界においては硬派な山岳小説ばかりなのが実情です。

ゆるキャン△』に触発されたライトノベルとかありそうだけど、意外とないんだなーというのが個人的には不思議。

 

そんな中見つけたのが、明らかにラノベの雰囲気がプンプン漂う作品が本書。

電子のみの発行というのが引っかかるところですが……まぁ内容を読んでみる事にしましょう。

 

 

山コン⇒遭難で救助騒ぎへ

主人公は藤沢蘭。

高校の頃にアルバイトをしていた飲食店にそのまま就職したという、21歳。

女子大生のアルバイトめぐみに合コンに誘われ出掛けてみたところ、着いたのはとある山の登山口。

合コンは合コンでも、山登りをしながら合コンするという一時期流行った山コンというものでした。

 

ところが早々にリタイヤ者が出たり、別ルートで下山したいというカップルが現れ、蘭もまた、来た道を戻ろうという一人の男と一緒に山を下る事に。

途中、当たり前のように男にキスを迫られ、走って逃げたところ、山の中へ迷い込んでしまい……日も暮れ、雨が降り出して、彼女は本格的に遭難してしまうのでした。

 

そんな彼女を助け出してくれたのが、静岡県警山岳レスキュー隊。

副長である御﨑は、蘭の不用意さを声を荒げて糾弾します。

反発心を覚えつつも、自らに非があるだけに言い返せず堪える蘭。

これが彼らの出会いとなります。

 

後日蘭は、蘭を合コンに誘っためぐみとともに、富士の五合目にあるという山岳救助隊の基地にお礼を言いに行く事に。

しかし、ワンピースのようなひらひらした格好で現れた蘭は、再び御﨑に叱られます。

しかも御﨑は既婚で子どももいると聞かされ、ショックを受ける蘭。

 

蘭は御﨑を見返すためにスポーツショップへ行き、店員に行って登山用品計20万円分を購入します。

そして初心者向けの登山ツアーに参加するために、再び富士山を訪れるのです。

 

 

ゆるい≠いい加減

まぁ、想像はしていたのですが……はっきり言って、クオリティーは低いですね。

登山を題材にとは言いますが、山コンや山岳救助隊という文言をダシに使われたようなもので、まるで経験も取材もしないままイメージだけで書いたのが丸わかりです。

 

店員に二十万円分もの登山用品を買わされるなんてあまりにも非現実的ですし、その中身がなんなのか確認も試着もしないまま、そっくりそのまま持って山登りに来るなんて無頓着にも程があるでしょう。

寝袋が寝袋だとわからないまま、リュックに入れて持ち歩いているんですよ? 漫画に毛が生えたようなラノベとはいえ、いくらなんでも目茶苦茶過ぎませんか?

 

どうやら著者的にはそういうぶっ飛んだ人間を「おっちょこちょいで可愛らしい」ぐらいに感じているようで、失敗や嬉々に直面する度に、白馬の王子様役である御﨑が助けてくれる……というラブコメが本書のキモです。

全く山である必然性はないのです。

本書の中には、山登りの楽しさや魅力のようなものは一切登場しません。

山に関わるのは、名もなき詐欺店員や、同行するツアー客を嘲って楽しむような嫌らしい人間ばかりです。

ヒーロー役である山岳救助隊の人間離れしたカッコ良さを描くためだけに、山が存在するのです。

 

処女喪失でハッピーエンド

あまりにも馬鹿馬鹿しいのですが、本書のクライマックスは主人公の処女喪失。

蘭と御堂の間にあった勘違いが解消され、両想いだと判明した途端、二人は一目散にホテルへ。

戸惑う蘭に、御堂はすぐさま事に及ぼうとするものの……彼女が処女である事に気付き、己の性急さを詫びます。そしてもう一度、今度は優しく、丁寧に彼女を抱くのです。

二人は無事結ばれ、後日、今度は仲良く連れだって富士山に登る二人の姿が……というハッピーエンド。

 

……控え目に言って、クソですね。

 

上述したクライマックスの濡れ場は、読んでいて恥ずかしくなる程安っぽいものです。

まるで思春期の中学生の頭の中を文章にしたような、今時エロ本でも見ないような描写やセリフが目白押しです。

 

「あっあん、やぁん」

「綺麗なピンクだ。花びらも……本物のランの花のようだな」

 

まさかこのクソ寒いセリフを言わせたいがために主人公の名前を蘭にしたわけじゃないだろうな。

せっかく読み始めたのだからせめて最後までは読み切ってやろうという使命感すらも、全てを無に帰す絶望に打ちひしがれずにはいられません。

 

僕はまだKindle Unlimitedの無料枠の中で読んでいたのが救いですが、もしこれをお金を払って読んでいたらと、想像しただけでぞっとします。

まぁでも中学生ぐらいまでならもしかしたらエロ本感覚で楽しめる……かも?

 

そういう嗜好の方にのみ、おすすめしておきたいと思います。

綺麗なピンク(笑)

すげーパワーワードwww

 

 
 
 
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