幸福を測る万人共通の物差しなんてないからね。いくら容れ物が立派でも、中身がすかすかじゃどうしようもない。ところが世のなかには、人から幸せそうに見られることが幸せだと勘違いしてるのが大勢いるんだよ。
『春を背負って』は亡くなった父の代わりに脱サラし、山小屋を継いだ主人公を中心に描かれる6話の連作短編です。
数少ない山岳小説の中では意外と有名で、登山者を中心に根強く愛されている作品です。
ちなみに、ベスト3と呼ばれる大作については下記の『神々の山嶺』のブログをご確認下さい。
真の主役はゴロさん……?
物語が始まってすぐ、主人公の山小屋に登場する「ゴロさん」がとにかく濃い人物です。
ゴロさんは亡くなった父親の手伝いをしていた男で、山小屋のシーズン以外は東京でホームレスとして生活しています。
あまり個性を感じさせない主人公に対し、強いインパクトを持つ「ゴロさん」こそが真の主人公と呼んでも過言ではありません。
ほのぼのとした6つの物語
主人公とゴロさんの出会いを描いた第一話を始め、「花泥棒」「野晒し」「小屋仕舞い」「擬似好天」「荷揚げ日和」という6つの物語で構成されています。
「花泥棒」
父を亡くしたOLによる遭難騒ぎ。
父の愛した奥秩父に咲くシャクナゲを一目見て死のうとやってきた自殺願望のある美由紀でしたが、亨とゴロさんの開放により生きる気力を取り戻します。
「野晒し」
ガレた沢の源頭で野晒しとなった白骨化した遭難者を発見する亨とゴロさん。
一段落した頃に、宿泊を予約していた84歳の男性が夜になっても到着していないことが判明する。事態は遭難騒ぎに発展。
「小屋仕舞い」
脳梗塞で倒れるゴロさん。
tPA療法が必要になるも、本人は拒否を続ける。
tPA療法には本人或いは家族の同意が必要なのだが、ゴロさんには家族がいない。
必死に説得をする亨だったが。
「擬似好天」
吹雪と積雪によりが身動きがとれなくなった3人パーティ。
そこへメンバー一人、女性の下にの夫が交通事故で意識不明の重体になっていると連絡が入る。
下山を試みる3人に擬似好天だからそこから動かないように説得するが、夫の容態を心配する女性は、ひとり下山を開始し、行方不明となってしまう。
「荷揚げ日和」
ゴールデンウィークを控え、小屋開きの準備をする亨とゴロさん。
そこで猫と少女を発見する。
どうしてこんなところに、猫と少女がいるのか突き止めようとする二人。
上記のような内容ですが、いずれもほのぼのとしたムードが特徴です。
遭難に関わる話もありますが、「死」に直結するような話ではない点が山岳小説では珍しく感じられます。
新田次郎『孤高の人』、夢枕獏『神々の山嶺』、どちらも「死」と表裏一体になりながら山を目指す物語ですからね。
また、同じように「山小屋」を舞台とした作品としては浅葉なつ『山がわたしを呼んでいる!』なんていう作品もあります。
こちらは「山小屋」という言葉のイメージからアルプスの少女ハイジ的な世界観を夢見て標高3,000mの山小屋までアルバイトをしに来てしまったという女子大生を主人公にした話。
いわゆるライトノベルですが、より手軽に山小屋について触れる事が出来ます。
これから春になり迎える登山シーズン、まったりとこんな山岳小説も良いのではないでしょうか?