あのさ、オレ様は殺しただけなの。検屍はしていないから、死因なんてわからねーよ。いちおう殺害方法を説明しておくと、最初に後頭部をガツンガツンと何回か殴って、やつはそれで床に倒れて動かなくなったんだけど、念のため胸を数回刺した。頭と心臓、どっちが直接の死因になったんだろうね。
のっけから清々しいぐらいの猟奇的なセリフを取り上げました。
「ザンギャ君らしい」と前作『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んだ人ならば思わずほくそ笑んでしまう一幕です。
『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んだのは僅か10日ほど前の話なのですが、非常に気に入ってしまい、そう間をおかずして続編の『密室殺人ゲーム2.0』を手に取りました。
ちなみに『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んだ際のブログはこちらです。
取り留めもなく「新本格推理」であり「歌野晶午」の話に終始していますが、興味がある方は読んでみてください。
再び繰り広げられる殺人推理ゲーム
無灯火の自転車で走行していて警察に職務質問を受ける不審な男。
ほぼ同時刻、女子大生が賃貸マンションの一室で死んでいるのが発見される。
事件を受けて再び任意聴取に呼び出された男は、自らの犯行と認めつつも、動機については「ゲームである」と供述し、メモ用紙に謎の数字の羅列を記したまま、黙秘に入ってしまった。
……といったプロローグから始まり、次のページの中央に記された、
Q1 次は誰が殺しますか?
という見出しで本作は始まります。
そうしてお馴染みの“頭狂人”、“044APD”、“aXe(アクス)”、“ザンギャ君”、“伴道全教授”という5人が登場。事件についての考察を始めます。
ところがどうやら、本事件に関しては5人ではない他の人間による犯行らしい。
その点がタイトルにもつけられた「2.0」たる所以。
本書の扉にも書かれているのですが、「2.0」とは「Web2.0」からきています。
Web2.0とはティム・オライリーという人が提唱した概念であり、ウェブの新しい利用法を指す言葉として2005年頃から急速に広まったそうです。
結局定義が曖昧なまま自然消滅してしまったようですが、本書においてはティム・オライリーが当初に唱えていた下記のような考えを下敷きにしているようですね。
旧来は情報の送り手と受け手が固定され送り手から受け手への一方的な流れであった状態が、送り手と受け手が流動化し誰でもがウェブを通して情報を発信できるように変化したウェブを「Web 2.0 」とする。
つまるところ、前作『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を経て、『密室殺人ゲーム2.0』で起こっている事態というのは……
彼ら以外にも、殺人ゲームに興じる模倣犯が他出している
という現象に他なりません。
もうゾクゾクッとしちゃいますね。
しかしながら前作では大きな謎を残したまま終わってしまいましたから、我々読者の一番の興味はそこに尽きます。
5人はまだ健在だった。
殺人ゲームは続いていた。
というだけで既にワクワクが止まりません。
ただ、「5人揃っている」というのがポイントだったりもするんですが。
どうして全員いるのか。
前作との時系列はどうなっているのか。
彼らとともに推理ゲームに身を投じつつ、我々読者は、一方で作者との推理ゲームを進めるという展開になります。
何書いてもネタバレ
前作のブログでも書きましたけどね。
……書けないですよ。推理小説の感想とか。
何書いてもネタバレになっちゃいますもん。
物語の構成としては、基本的には前作を踏襲しています。
Q1の『次は誰が殺しますか?』こそ他者の犯行を題材としていますが、Q2ではお馴染み伴道全教授の軽い問題が楽しめます。
「場つなぎに軽めの問題を出しておったのだよ」
「ああ、いつもの脱力系」
「癒し系」
「どんな問題よ?」
この辺りの掛け合いも前作同様で面白いです。
そしてQ3ではザンギャ君の猟奇的な事件。Q4では頭狂人の倫理感に問われる事件。Q5ではaXeの雪密室と、それぞれが個性的な事件を披露し、最後のQ6は044APD。
彼は前作同様、5人の中では抜きんでた推理力を持つ実力者として位置づけられています。
他の4人が意気込む中、044APDは物語のトリを飾るにふさわしい事件を起しますが……。
見誤ったかな?
正直なところ、前作に比べると「新鮮さ」や「面白さ」という点においては肩透かしな面は否めません。
それもそのはず、2作目となる本書では登場人物たちが起こす殺人推理ゲームと並行して、前作から続く大きな“謎”について、実質的には作者と読者間の推理ゲームが展開しているのです。
ある意味では我々読者の一番の興味は後者にこそあると言っても過言ではありません。
ただ推理ゲームだけだとしたら、どうしたって前作を超える作品にはなりませんからね。
何かしらとんでもないネタを仕込んでいるのだろうと身構えながら読み進めているわけです。
ところが、その“謎”については物語の半ば過ぎで、あっけなく解説されてしまうのです。
……あれ、これでネタバレ終わり?
と首を捻ってしまうような淡白さ。
もしかしたらもう一回、二回ぐらいのどんでん返しがあるんじゃないか。
歌野晶午ならやりかねない。
そう思って読み進めていくんですが……ちょっと残念な終わり方になってしまいましたね。
ただしあとがきによると元々本書は三部作で考えられていて、しかも現在刊行されている『密室殺人ゲーム・マニアックス』については当初の想定外の作品であり、「2.5」とでも呼ぶべき位置づけなのだとか。
それ次第では『密室殺人ゲーム2.0』の評価も大きく覆されてしまうかもしれませんし。
解説 杉江松恋を見たら当たりと思え!
本書の解説は杉江松恋です。
個人的には彼の名前を見た時点でガッツポーズ。
何せ杉江松恋の解説は非常に質が高いからです。
以前に読んだのは藤ダリオの『出口なし』でしたが、「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットと続いてきたミステリの新潮流がホワットダニットだ」とする論考は非常に興味深いものでした。
従来の推理小説の謎としては「Who=誰がやったのか?」「How=どうやったのか?」「Why=なぜやったのか?」というものが主流でしたが、昨今では綾辻行人『another』などにみられる「What=何が起きているのか?」という謎がトレンドになってきている、というもの。
『出口なし』自体は作品としてさほど良いとは言い難いのですが、巻末の杉江松恋の解説は一読の価値があると思っています。
少し長いですが一例を挙げましょう。
おもしろいのは彼らの間に「密室とアリバイはトリック界の飛車と角であり、ネタを考えるにあたってはどうしてもその二つに頭が行きがちになる」という認識があることだ。「犯人当て」はミステリーにおける「王将」の謎だが、このゲームにおいては犯人=出題者という前提があるためそれを問題にすることができないのである。逆に、その限定があるからこそ他に類例のない設問が創造できたのだと言うこともできるでしょう。
参加者たちの出題は、やむをえず「飛車」と「角」を取りに行こうとするものと、それ以外の喜作に走ろうとするものに二極化している。(~~中略~~)だからといって「飛車」「角」ばかりに気を取られていると出題者にしてやられる。中には「王将」をだしに使って「飛車」を取るようなトリックが紛れているからだ(だから『王手飛車取り』)。
『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の意味について、これほど簡潔で明瞭な解説はありませんよね。
作品名の意味について、理解しないまま読み終えてしまっていた読者も多かったと思います。
正直、僕もそうでした。
本のタイトルなんて色んなパターンがあるから、「ゲームっぽい感じが王手飛車取りかな?」なんて適当に納得したり。
……そんなわけで、本書は作品としては前作『密室殺人ゲーム王手飛車取り』に劣りつつも、巻末には杉江松恋の解説というなかなか豪華なおまけもついています。
ぜひ併せて読んでみて下さい。