『山女日記』湊かなえ
そろそろ私も、新しい景色を切り取りに行こうか。
先日の北村薫『八月の六日間』に続き、“ガチじゃない”ゆるめの登山ものとして定評のある湊かなえ『山女日記』を読みました。
“イヤミスの女王”として不動の人気を誇る湊かなえですが、僕が読んだのはデビュー作の『告白』と『白ゆき姫殺人事件』。
後者の方は以前ブログにも書いています。
かなり簡素な内容ですけど……。
正直なところ、やっぱりわざわざ時間を削って読むからには“読後感”にこだわりたく、出来れば“後味が良い”のが望ましいところ。
バッドエンドよりはハッピーエンドの方が好ましいし、よっぽどの理由がない限り、リドル・ストーリーよりはしっかりと結末まで書いて欲しい。
そういう意味では“イヤミス”って微妙な立ち位置ですよね。
読んで嫌な気持ちになったり、後味の悪さを楽しむミステリーのこと
後味の悪さ保証の物語って……。
人気の理由が今一つわからなかったりします。
そんなわけで、話題の作家さんとは知りつつも、湊かなえをはじめ“イヤミス”と言われる作家の本はあまり手に取らないのですが。
本作は“登山”の本ですからね。
しかも聞くところによると『八月の六日間』と並んで、“ガチじゃない”ゆるめの登山ものとして有名らしい。
さてさて、“イヤミスの女王”がどんな爽やかな物語を書いてくれるのか。
そう期待して、ページをめくりました。
7つの山、7様の登山者
本書では各章のタイトルそのものが妙高山・火打山・槍ヶ岳・利尻山・白馬岳・金時山・トンガリロと山の名前になっています。
内容はタイトルとなった山の山行。
連作短編とまではいきませんが、それぞれの物語や登場人物が少しずつリンクしていたりします。
例えば第一話の妙高山に登場する律子と由美。
二人は同じデパートの同僚ですが、一緒に行くはずだったにも関わらず病気でドタキャンしてしまった舞子は、第六話の主人公だったりします。
続く第二話ではお見合いイベントで出会った男性・神崎と火打山を目指す美津子が主人公ですが、時系列としては第一話と繋がっています。第一話では主人公だった律子と由美が、第二話では脇役として物語に花を添えています。
続く第三話では、律子と由美、舞子の同期三人組に登山のアドバイスをした先輩・しのぶが主人公に。
第四話・第五話ではそれぞれ妹と姉が主人公に。
第六話では、第一話の妙高山に律子・由美と一緒に行くはずだった舞子が主人公に。
……といった具合に完全な連作短編とは言えませんが、それぞれがどこかで繋がっている、という構成になっています。
舞台となる山はそれぞれ百名山だったり、ビギナー向けの入門用として有名な山だったりしますが、山自体に関する描写は極めて少な目。
では何が物語の主軸となっているかというと……主人公たちの頭の中、という事になります。
山登りの最中、女たちの頭を占めるもの
主人公たちは実に様々なことに思いを巡らせます。
ただし、本作において彼女たちが主に考えているのは“男”“結婚”の話がほとんど。
第一話では彼氏との結婚を目前に控えたものの、暗に同居を匂わせられてしまった律子が、結婚をすべきか、やめるべきかと悩み続けます。一方で由美は職場の上司と不倫中。しかもその上司は律子たちが仲人をお願いした相手。
律子はそんな由美に対して嫌悪感を露わにします。
不倫そのものに対する嫌悪感に加え、「もしも相手が自分の彼氏だったら……」などと妄想を膨らませて怒りを増幅させるあたりは、だいぶヤバい人です。
しかもガンガン本人に向けてぶつけます。
「りっちゃん、わたし、もうダメ」
「じゃあ、引き返したら」
ここならそうした方がいいはずだ。牧野さんが教えてくれた回避ルートにすら到着していないのだから。
「え? いや、そういうのじゃないから。お水飲んで、ちょっと休憩したら大丈夫」
「あ、そう」
まぎらわしい。
ギスギスし過ぎでしょ笑
不倫は擁護できないにしても、いくらなんでも由美がかわいそう過ぎます。
しかもなりゆきとはいえ、一緒に山登りに来ている相手なんですけどねー。
だったらもっと早い段階で同行を断るべきだと思うんですけど。
なんとなく彼女のキャラ的に、置き去りにされたとしても他の登山者に拾われて、かえって楽しく過ごしてしまいそうな感もあったりします。
続く第二話で主人公を務める美津子はバブリー世代のアラフォー独身さん。お見合いイベントで出会った神崎に誘われ、登山に来ています。
こちらもせっかく神崎が用意した高級なコーヒーに「酸味が強いのが少し苦手」と言い放ち、ゴディバのチョコレートには「チョコレートはゴディバじゃないと嫌っ! という女だと思われているのだろうか」と過剰なコンプレックスを抱く女性だったりします。
山に連れてきたのは、わたしを変化させたかったのではない。自分の勇姿を見せたかっただけなのだ。見た目はパッとしない自分に、ガスバーナーを上手に扱い、とんぼ玉を上手に作れるからと寄ってきた女に、さらなる得意なことを見せつけて、すごい、と言わせたいのだろう。
……なんですかこの自己中心的な考え方。
神崎さんすごく良い人なんですけどねー。
どうしてこんな女性を選んだんでしょう?
更に続く三話目では、しのぶさんがそれはもう酷い目に遭います。
彼女はただ一人で山登りに来ただけなのですが、そこで出会ったのが老齢の男女二人組。夫婦かと思いきや、初めての山登りという木村さんが、たまたまロビーであった本郷さんにお願いする形で一緒に行動する事になったのだという。
この二人がとにかくヒドい。
ベテランであろう本郷さんは何かにつけてダメ出しを加え、求めてもいないアドバイスをしようとします。
「きみの荷物はとても少なそうだが、ちゃんと水は二リットル用意しているのかね」
「ありますよ」
「じゃあ、飲んだ方がいい」
本郷さんに言われて、仕方なく水を飲む。
まぁ登山あるあるですが、確かによく山にいるおじさんです笑
本人は親切心で言っているつもりなのでしょうけど、こういう人と一緒になってしまうと面倒で仕方がありません。
しかしながら、本郷さんに輪をかけてどうしようもないのが木村さん。
彼女は初めての登山にも関わらず、本郷さんの弟子でもあるかのように彼の教えを盲信し、しのぶさんを見下すのです。
「お二人とも、よかったらこれを飲んでください」
リュックから錠剤の入った袋を取り出して渡す。
「なんだね、これは」
「アミノ酸です」
「きみはそんなものを飲んで山に登っているのか。自然を相手に、己の体力を正面からぶつける真剣勝負の場で、薬の力を頼るのはいかがなものかと思うが」
「そうよね、なんだかフェアじゃないような気がするわ」
「水を飲みましょう」
本郷さんがそう振り返り、足を止めた。木村さんはごくごくと喉を鳴らして水を飲んでいる。
「あなたも水を飲むのよ」
木村さんに言われ、欲しくもない水を口に含む。
「ミヤマオダマキだな、これは」
本郷さんが言い、木村さんが復唱しながらメモを取る。そして、私を見上げた。
「あなた、どうしてメモを取らないの。せっかく本郷さんが調べてくれたのに。あなたもこの花の名前を知らなかったんでしょ」
「いや、興味ないので」
「まあ……。花に興味がない人がこの世にいるなんて、信じられないわ」
いや、こんなやつら放っておけよ!
たまたま登っている最中に出くわしただけで、律儀に一緒に付き合う意味がわかりません。
こんな不愉快な人たちに付き合う必要はないでしょう。
せっかくの休日に、時間も費用もかけてやってきた山で、わざわざ不愉快な思いする必要なんてないんです。
“イヤミス”ならぬ“イヤ女”たちの物語
本作は、一言でまとめると上記のようになろうかと思います。
どの話にも、一癖も二癖もある、ものすごく嫌な人たちが登場します。
なのでどの話を読んでも、基本的に読後感が良くないです。
ああ、これが湊かなえか……。
と思い出してしまう後味の悪さ。
話としてはすっきりまとまっているものも少なくないんですけどね。
そこに至るまでのやり取りが人間性を疑うようなヒドいものが多いので、「最後に仲直りしました」的な締め括りをされても「どうだかなぁ」といまいち腹落ちできなかったり。。。
山登りを舞台に、女性たちの人生の一部を描こうとしたのでしょうが、それにしてもほぼ一様に“結婚”、“男”といったテーマばかりなのは、狙ってそうしたのか。
俗にいう“毒女”さんたちの『山女日記』とでも言うべきか。
最初に北村薫の『八月の六日間』と並ぶ“ガチじゃない”ゆるめの登山ものと書きましたが、どちらをおすすめするかと聞かれれば、断然北村薫を推したいと思います。
人にもよるかもしれませんが、登山って一人でも大人数でももっと気軽に、楽めるものですから。
……本当にこの本読んで、山登りしてみたくなる人、いるのかな?
至仏山に行ってきました
『八月の六日間』のブログにも書いていた通り、9/17(月・祝)の連休最終日、山登りに行ってきました。
これまでにも尾瀬は福島県側である燧ケ岳・会津駒ヶ岳・平ヶ岳・田代山・帝釈山などには登ってきたのですが、今回は満を持して、初めて反対側である群馬県側から登ってきました。
ところが御覧の通り、ずっと雲に包まれているような悪天候でさっぱり視界は晴れず、ちょっと残念な登山になってしまいました。
コーヒーは飲んだけれど、飲みながら読書なんていう優雅な時間を過ごせるような状況では全くなく……
ただし、『山女日記』に登場するトリカブトの花が最盛期を迎えていて、とっても綺麗でした。
僕も初めて見たのですが、こんな不思議な形をしているんですね。
ソラマメのような、人間の鼻のような特徴的な形。
雨の中でしたけど、緑の中に群青色が鮮やかでした。
これからの季節は暑さも和らぎ、紅葉も少しずつ進んできます。
皆さんもぜひ一度登山に出かけてみて下さいね。
低い山でも、山頂でコーヒーを飲んだり、カップラーメンを食べるだけでもとっても気持ちが良いですよ。