おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『ツバキ文具店』小川糸

失くしたものを追い求めるより、今、手のひらに残っているものを大事にすればいいんだって

2017年本屋大賞ノミネート作品『ツバキ文具店』を読みました。

先日発表された2018年本屋大賞では錚々たる顔ぶれの中、辻村深月かがみの孤城が見事大賞を受賞しましたが、今を遡ること一年前、2017年の本屋大賞森絵都・小川糸・村山早紀原田マハ西加奈子森見登美彦村田沙耶香と圧巻の顔ぶれでした。

最終的には恩田陸蜜蜂と遠雷が受賞を勝ち取りましたが、本作『ツバキ文具店』も四位に入っています。

2018年は本作の続編となる『キラキラ共和国』が同賞の10位に収まりましたから、小川糸さんが本屋大賞に輝く日も近いのかもしれません。

かがみの孤城』『蜜蜂と遠雷』については以前にブログに記していますので、そちらもご覧ください。

linus.hatenablog.jp

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尚、本屋大賞について詳しくは下記のホームページをご覧になってみてくださいね。

本屋大賞

 

代筆屋、というお仕事

 

主人公は鎌倉の町で商うツバキ文具店の女性主人です。タイトルから文房具店のお話かな、と思い読み始めましたが、半分は当たりで半分外れ。

主人公は文房具店でありながら、文章や文字の代理を請け負う代筆屋でもあるのです。

そしてそれは主人公を育てた先代(=祖母)から続く生業でもあります。

鎌倉の町ならではというべき風変りの住民たちの中で暮らす主人公の元には、日々代筆の依頼が舞い込みます。

その中には一筋縄ではいかないような、難しい問題も。

それこそが本作『ツバキ文具店』のストーリーなのです。

 

お洒落な街のお洒落なお話

ここ数年、いつの間にか鎌倉の人気がすごい事になっていませんか?

僕の周りだけかもしれませんが、鎌倉が好きで定期的に旅行に行くという人が増えているように感じています。

また、「鎌倉に行ってきたけど良かったよ」という感想もよく聞く気がします。

今年の年末年始には『DESTINY 鎌倉ものがたり』も公開されましたしね。

kamakura-movie.jp

実際に劇場にも足を運びましたが、鎌倉の伝統と怪しさが存分に発揮されていてとても面白い映画でした。

堺雅人の味のある演技はもちろん、高畑充希の演技力も素晴らしかったですよ。

そんなわけで、昨今では間違いなく観光客や実際に移住して住み着いてしまう人々も多いと感じている鎌倉という町……流行りのお店にも似た口コミの良さを感じさせます。

本作もまた、そんな鎌倉の町を舞台にした物語。

伝統と洗練を感じされる様々な店が作中に登場します。

読めば一度は鎌倉に行ってみたいと思わずにはいられません。

 

勿論文房具だって……

しっかりと登場します。

代筆屋たるもの、筆記具にもこだわるのです。

主人公は依頼に合わせて、紙や筆記用具、封筒や切手に至るまでどんなものが依頼主や手紙の内容にふさわしいか細部まで想いを馳せ、選び抜きます。

登場するのもパーカーの万年筆や羊皮紙、ガラスペンにシーリングワックスとなかなか普段ではお目にしないようなものも。

文具店のタイトルにふさわしい文房具のお話だってしっかりと楽しめます。

ただし、やっぱり好みとしては男性的というよりは女性的かな。

小川糸という作者を知っていれば、男性的であろうはずはないとわかるとは思いますが。

 

一応、違和感をひとつ

蛇足になるかもしれませんが、作中の違和感を一つだけ。

代筆をお願いする依頼者の中の一人に、過去に好きだった女性に手紙を送りたいという男性が現れます。

男性はすでに結婚していて、奥さんも子供もいて幸せな家庭を築いている。

自分でもそれをよく理解しているものの、その上で昔愛した人に「今の自分は幸せである」、そして「相手にも幸せであって欲しい」という手紙を送りたいというのです。

しかも文字は女性文字で。

理由は相手も結婚しているから、男性から届いたラブレターのような手紙を万が一にも夫に見られたら気まずい思いをするのではないか、と配慮するのです。

元々男性とも女性ともとれる名前だから、知らない人が見たら同姓からの手紙だと思われるように。

だけど、中身を読めば相手はきっと自分だと気づいてくれるはずだ、と……。

 

気持ちはわかるんですよねー。

そうしたくなる気持ちはわからないでもないです。

でも、それを実行してしまう気持ちはわかりません。

しかも女文字でって……つまり誰かに書かせていると相手にも丸わかりなわけですし。

しかも代筆しているのはどこの誰ともわからない女なわけですし。

過去にどんな関係があったにせよ、受け取った相手の女性は喜んでくれるんですかね?

鳥肌が立つぐらい薄気味悪くしか感じられないじゃないでしょうか?

どうにもその点については違和感しかないです。

これは僕が男だから???

女性の目線ではまた受け取り方が違うのでしょうか???

一日で一気読みするぐらい面白い作品だったのですが、この点だけは唯一気になって仕方がなかったので、一応記しておこうと思います。

 

とにかく、鎌倉に行きたくなる本です。

ご注意を。

https://www.instagram.com/p/Bio1-w6H5n8/

#ツバキ文具店 #小川糸 読了文房具の話かと思ったら、代筆屋さんのお話でした。お洒落でハイカラな鎌倉の町を舞台に、鎌倉らしい風変わりな登場人物に囲まれた作品。そんな中、主人公に持ち込まれる依頼には一筋縄ではいかないものばかり。でもどちらかというと作中に登場する様々なお店や観光地が気になって仕方ない。鎌倉が素敵過ぎてたまらない。読めばついつい鎌倉に行きたくなってしまう困った作品です。ご注意を。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログも更新しています。宜しければプロフィールのリンクよりご確認下さい。

『還るべき場所』笹本稜平

夢を見る力を失った人生は地獄だ。夢はこの世界の不条理を忘れさせてくれる。夢はこの世界が生きるに値するものだと信じさせてくれる。そうやって自分をだましおおせて死んでいけたらそれで本望だと私は思っている。

パソコントラブルに加えてゴールデンウィークを挟み、長らく更新が途絶えてしまっていたブログですが、ぼちぼち再開していきたいと思います。

その間に読んだままブログに書いていない作品もあるのですが、とりあえずはたった今読み終えたばかりの本から紹介します。

笹本稜平の『還るべき場所』

俗にいう“山岳小説”というジャンルの物語ですね。

山岳小説といえば新田次郎が有名ですが、最近では笹本稜平の右に出る作家はいないのではないでしょうか?

夢枕獏神々の山嶺もありますが、夢枕獏の場合には元々他のジャンルを得意とする作家さんですし。

山岳小説というなかなか読者層が限られるジャンルではありますが、その層の中において笹本稜平は絶大なる信頼と人気を誇っています。

以前『春を背負って』という同著者のブログも書いていますので、興味のある方はそちらもどうぞ

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K2に魅せられた人々

物語は本作の主人公翔平がK2未踏ルートにおいて、最良のパートナーであり最愛の恋人・聖美を失うところから始まります。

失意の中で登山から離れていた翔平は、山仲間である亮太から公募ツアーの協力を求められます。

亮太は翔平や聖美とともにK2に挑んだ友人でもあり、現在はトレッキングツアーを主催する会社を設立しています。亮太はブロードピークへの公募ツアーの後、再び二人でK2に挑もうと持ち掛けるのです。

迷いつつも、亮太の提案を受け入れる翔平。

一方でもう一人、対照的な人物が現れます。

とある電子機器メーカーの社員である竹原。

竹原はその昔、父を山で失い、自身もまたK2へ挑み、目の前で仲間を失うという経験をしています。

翔平同様、以降は山から離れていた竹原でしたが、社の創業者である神津から山登りの指南を求められます。

神津は自社開発のペースメーカーを心臓に埋め込んだ上で、世界最高峰であるエベレストに登ろうと試みるのです。

そして竹原の協力もあり、実際にエベレストに登頂し、続いて同じ八千メートル峰であるチョー・オユーも制覇。

そんな神津が次のターゲットとして定めたのがブロードピーク。

竹原と神津は、亮太の主催するブロードピーク遠征に参加する事になります。

こうしてそれぞれがそれぞれの想いを胸に、K2へと集まるのです。


協力者と敵対者

亮太たちは旧知の間柄であるキース率いる「アグレッシブ2008」と協力し、ブロードピークに登るためのルート工作に取り掛かります。

少人数のパーティで一気に山頂を目指すアルパインスタイルとは異なり、亮太や翔平が実施するのはお金を貰って頂上まで参加者を導く公募登山

膨大な費用がかかる代わりに、危険な箇所にはロープやはしごを張り巡らし、比較的容易に山頂まで登れるよう手伝うという至れり尽くせりの登山です。

しかし一方で、虎視眈々とチャンスを狙う敵対パーティが一組。

アルパインスタイルを自称しつつ、その実キースや亮太たちが拵えたロープやはしごを利用して登ってやろうというハイエナのような連中です。

長い時間をかけて準備を進め、遂に登山へと突入する翔平たちですが、やはりハイエナたちはその期を逃しません。

テントに用意した酸素ボンベを盗んだり、せっかく構築したロープを切ってしまったりと悪事を働きます。

一方で、翔平たちよりも先に出発したキースたちは天候の急変に見舞われ、山頂付近で身動きが取れないという遭難状態に陥ってしまいます。

キースたちの救援に乗り出しつつ、下からやってくるハイエナたちにも脅かされる翔平たち。

単純な山岳小説とは言えないスリルとサスペンスに、後半は読む手が止まらなくなってしまいました。


主役を食う男“神津”

終盤から一躍主人公の座を脅かす存在感を放ち始めるのが、電子機器メーカーの創業者である神津。

ブロードピーク攻略中、血のつながった甥の手によるクーデターで神津は代表取締役会長の座から追い落されてしまいます。

しかし神津は持ち前の辣腕で、国外にいながらにしてクーデターに対する反撃に転じます。

加えて胸に埋め込まれたペースメーカーには致命的な欠陥がある事実も。

いつ爆発するかわからない時限爆弾を埋め込まれたような体でありながら、神津は公募登山のゲストという立場から時には翔平を支え、むしろ引っ張るような存在感を表します。

冒頭の引用文も神津の言葉。

仮に映像化されるとするならば、きっと味のあるベテラン俳優が演じる事になるのでしょうね。

おそらく本書の中で読者に一番深い印象を与える登場人物でしょう。

 

山岳小説というニッチなジャンル

何度も書いてきていますが、山岳小説というジャンルは非常に狭いです。

山岳小説と聞いて挙げられるのは新田次郎孤高の人井上靖氷壁沢木耕太郎『凍』夢枕獏神々の山嶺といったところで、それらを読んだ後は新田次郎の山岳ものや、山と渓谷社が発行するヤマケイ叢書を細々と読むのが通例のようです。

一般的に親しまれるジャンルではないけれど、求める人々にとってはあまりにも作品数自体が少ないものなのです。

そんな中において、今も現在進行形で新たな山岳小説を生み出し続けてくれる笹本稜平は希望の星とも言えます。

現在では先の四作に並ぶ程の作品は生み出せていませんが、いずれ山岳小説の代名詞となるような大作を書き上げてほしいものです。

……しかしながら、K2だのエベレストだの雪山だのと言われても一般的にはやっぱり馴染みのない世界ですよね。

どこか違う世界の話のように感じてしまいます。

でも今は空前の登山・アウトドアブーム。

なんとなく登山に興味はあるんだけど……という方も少なくないと思います。

実は僕も、ちょくちょくと山登りを楽しむ週末ハイカーだったりもします。

せいぜいグリーンシーズンの無雪期に、近隣の山々に出向くぐらいですが。

そんな方々におすすめなのが、下記の本。

www.kurage-bunch.com

漫画です。

漫画なんですが、何が面白いって山岳漫画でありながら、主題が山ではなく食だったりするんです。

まるで食べるために山に登るという主人公の楽しみ方を読めば、自分も真似してみたいと思ってしまいますよ。

WEBコミックなので下記サイトでは実際に連載中の作品を読むこともできます。

ぜひ一度試してみてくださいね。

■『山と食欲と私信濃川日出雄

■『孤高の人新田次郎
 実在の登山家加藤文太郎の生涯をモチーフにした作品

■『氷壁井上靖
 昭和30年に穂高岳で起きたナイロンザイル切断事件を元にした作品。

■『凍』沢木耕太郎
 ギャチュンカンに挑み山野井泰史・妙子夫婦。

■『神々の山嶺夢枕獏
 エベレスト南西壁冬期単独登頂に挑む羽生丈二とマロリーの謎。

『勝つ工場』後藤康治

 

日本生産のう競争力回復、すなわち「日本のモノづくり復活」である。在庫、設備投資、人員の三つの過剰をそぎ落とした日本の工場は確実に復活を遂げている。さらに日本企業の競争力を支える製品開発と生産のふたつの技術、知的財産を守る動きが生産拠点の日本回帰を加速している。「日本で勝つモノづくり」の形が今、確かなものになりつつある。

あな空しや。

技術大国日本の在りし日を思わせます。

出版は2005年。

本書『勝つ工場』はまだまだ日本の製造業が元気だった時代に書かれた本です。

 

シャープに東芝……当時は華々しかった企業の数々

本書は日本経済新聞夕刊での連載を経て2005年に刊行された『強い工場』に続く位置づけで出版されました。

『強い工場』、ブログには書いていませんでしたが日本津々浦々の様々な工場が紹介されていて、なかなか勉強になる本でした。それもまた過去の話なので、紹介されている中には既に閉鎖されたりと悲しい末路を辿ったものも少なくありませんが。

本書にもまた、キャノンやスズキ、松下電器産業、シャープ、富士通東芝トヨタなどの有名企業が名を連ねます。

シャープをはじめ、上記の企業の多くが現在どんな状況にあるかは言うまでもないかと思います。

登場する企業の一つ、エルピーダメモリに至っては既に消滅しています。

また、『強い工場』を読んだ期待値からするとちょっと残念なラインナップとも言えます。『強い工場』はもっとマニアックな工場まで踏み込んでいたんですよね。

今回の『勝つ工場』では改めて紹介する必要もないぐらい有名どころ過ぎませんか? という感想です。

しかも紹介されているのはシャープのプラズマクラスター液晶テレビ等、今となっては哀愁漂うものばかり。

世界の亀山モデルと絶賛する作者の文章に、空しさを禁じえません。

でも、十数年前までは確かにそうだったんですよ。

購入した際、テレビの上部に貼られた「世界の亀山モデル」というシールを剥がさずにそのままつかい続ける家庭も多かったのです。加えて当時は、台湾や韓国製のテレビは貧乏人が買う恥ずかしい粗悪品と思われていたものでした。

確かに当時は、日本の製造現場は強かった。

 

既に始まる少子化の波

日本では失業が大きな問題だった1990年代と打って変わって、若年層の人手不足が目立ち始めている。しかもこれは日本がこれから抱える労働力不足の前奏曲にすぎない。日本の働き手(労働生産人口=15歳から64歳まで)は2015年までに600万人以上も経るからだ。

1992年に成人を迎えた若者は210万人いたが、2005年には152万人に減った。2010年にはさらに120万人まで落ち込む。

2005年出版の本書で、既に少子化による労働力の減少が危惧されています。

十年以上経ちますが、未だに同じような事言い続けている人、多いですよね。

むしろ最近になって「人手不足」と言い出した企業や人の方が多いようにも感じます。

2005年といえば就職氷河期が終わるか終わらないか。企業も派遣や期間雇用、契約社員といった準職員での雇用ばかりで正社員への登用は高いハードルと化していました。当時から考えれば先見の明があったというべきかもしれません。

すでに『ライフシフト』や『未来の年表』といったベストセラーでもさんざん言われていますが、人口減少がさらに加速度を増すのはこれからです。

未だにあぐらをかき続けている企業は一体どうなってしまうのでしょう?

 

当時を懐かしむ本

さっくり書いてしまいましたが、「こういう時代もあった」と参考までに読むべき本かもしれません。

個人的に製造業・工場について調べたくて『強い工場』とセットで購入した本だったんですけどね。

もう少し具体性のある本を探したいと思います。

最近僕を知った方にとっては文芸書ではない事に驚かれた方もいるかもしれませんが、基本的に僕は雑食ですのでどんな本でも読みます。時々こういったビジネス書的なものも混じったりしますので、ご了承下さい。

https://www.instagram.com/p/Bhv9z_gH3Gu/

#勝つ工場 #後藤康治 読了2005年出版。以前読んだ #強い工場 の続編的位置付け。とはいえ #強い工場 が地方に散らばる工場たちの取り組みやあり方について詳細に取材と分析を重ねたものだったのに対し、本書は大手企業の有名商品をそのまま並べた感じでいまいち。#世界の亀山モデル とかね。文芸書が続いていたのでここいらでちょっと趣向を変えてみたのだけど残念だったかなぁ。ブログにはもうちょっと詳しく書いています。気になる方はご一読下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい .※ブログはプロフィールのリンクよりご確認下さい。

 

『武道館』朝井リョウ

卒業って何? NEXT YOUをやめるってこと?

僕の中では鉄板の朝井リョウです。

……とか言いつつ、よくよく調べてみたらブログにはまだ一記事も書いた事がないと気づいて驚き。

ブログを書き始める前だったり、中断していた最中だったりで、まだ書いてなかったのね。

なので証明はできませんが、僕的には朝井リョウが大好きですし、彼の作品は間違いのない鉄板として信じ込んでいるところがあります。

第148回直木賞を受賞した『何者』は言わずもがな、デビュー作となった桐島、部活やめるってよも良かったですし、個人的には短編集の『もういちど生まれる』も好きです。前段が長く苦しい『チア男子!』も時間が空いてみるともう一度読んでみたくなる魅力があります。

そんな朝井リョウの中では比較的新しい本作『武道館』です。

 

朝井リョウが描くアイドルグループ

朝井リョウという作者は主題をとことん取材する印象があります。

特に前述の『チア男子!』はその表れと言えるでしょう。

そんな彼だからこそ、アイドルグループを描くにあたっては緻密な取材や情報収集を欠かさなかったに違いない、と思います。

本作で登場するのは六人組アイドルグループNEXT YOU。

冒頭からセンターの杏佳が卒業を告げるところから始まります。

悲しみに沈む暇もなく、残された五人はNEXT YOUとしての活動を継続。

オリコンにランクインしたり、ドラマやバラエティーなどの番組に出演したりと活動を広げる一方、成長期に入り太り気味な真由に対し「超絶劣化」と揶揄したり、インタビュー映像の中に移りこんだPCのブックマークバーに違法動画サイトが見つかって炎上したりと、一喜一憂を繰り返すような日々を過ごします。

また、恋愛スクープによる丸刈り謝罪会見や握手会でのアイドル襲撃事件など、実際にあった出来事がちょくちょく登場するのも見逃せないところです。

読むに連れて、いつしかNEXT YOUのいちファンになったような気持ちで五人を見守ってしまいます。

 

相変わらずの特徴的な比喩

朝井リョウと言えば独特の比喩表現が特徴的です。

早く大勢の人の前で歌いたい、という気持ちが、ストローから息を吹き込まれた牛乳みたいにぽこぽこと音を立ててふくらんでいく。

電源を入れると、寝起きの悪い子どものごとく、もぞもぞとパソコンが立ち上がる。

 僕はいつもこういった独特の表現を探して読んでしまいます。

また、

煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのに、本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる。

こんな日常の中で感じながらも言葉には言い表すことのできない感情をいとも簡単に文章に表現してしまうのも朝井リョウの特徴と言えるでしょう。

その際たるものが『何者』だったと思うのですが、片鱗は本作でも垣間見られます。

 

作者の誤算……?

物語はそう大きな事件や謎もないものの、展開が上手でサクサク読み進められてしまいます。

普通に面白い小説です。

流石に朝井リョウ、鉄板です。

ただ、残念ながら個人的には読後感は微妙だったんですよね。

やっぱり読んでいるうちに、彼女たちに感情移入してしまうわけです。

特に主役である愛子には頑張って欲しいし、いずれ碧を押しのけてセンターに立って欲しいなんて思ってしまいます。

ところが、起承転結で言う“転”の部分ではちょっと衝撃的な出来事が起きてしまい……まぁ確かに、アイドルを描いた小説である以上避けては通れない部分ではありますが。

でもやっぱり、胸に針が刺さったような気持ちで本を閉じる結果になってしまいました。

救いがないわけじゃないんですけどね。

やっぱり最高のアイドルになって欲しいと願ってしまうわけです。

この辺りの読者の感情移入は作者の誤算といったところでしょうか?

 

ドラマ化されました

本作『武道館』はBSフジとフジテレビそれぞれでドラマ化されたようです。

現在もホームページが残っていますので、興味があればこちらもどうぞ。

www.fujitv.co.jp

https://www.instagram.com/p/BhodlP4HT3V/

#朝井リョウ #武道館 読了僕にとっては鉄板の朝井リョウ。本作はアイドルグループ #nextyou とその一員である愛子を主役とした作品。.. 「煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのにら本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる」.こういう何気ない感覚を言葉に表せる朝井リョウってスゴいですよね。.その他、今回も独特の比喩表現も目白押しです。.. 「電源を入れると、寝起きの悪い子どものごとく、もぞもぞとパソコンが起ち上がる」こういう一文を見つけるだけで嬉しくなってしまいます。普通に朝井リョウらしく面白かったのですが、唯一の難点は感情移入し過ぎてしまった点。なんだかなぁ。胸に針が刺さったような読後感でした。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい.※ブログも更新しています。プロフィール欄のリンクよりご確認下さい。

 

 

『光』三浦しをん

「ねえ、なにか変じゃない?」

と美花がつぶやいた。「海が……」

信之と輔は、美花の指すほうへつられて顔を向けた。

海が低く鳴っていた。沖合に横一直線に白い筋が見えた。それは最初、水平線を渡っていく細いウミヘビのようだったが、あっというまに厚みを増して迫り、岬から湾へ入ったと思った途端、ゆっくりと大きく鎌首をもたげた。

津波だ」

舟を編むで2012年本屋大賞を受賞した他、まほろ駅前多田便利軒』神去なあなあ日常など、映像化された作品も多い人気作家三浦しをん

僕はなんといっても『風が強く吹いている』が大好きなんですが。

今回読んだのは『光』

冒頭の通り、突如津波という悲劇に襲われる子どもたちを主役にしています。

 

島の何気ない日常を襲う津波

舞台は美浜島。

中学二年生の信之と美花、そして信之を兄のように慕う輔の日常から始まります。

父親の家庭内暴力に苦しめられる輔。

こっそりと早熟の性を楽しむ信之と美花。

深夜、島の神社で密会しようとする二人に、輔がついて来てしまう。

そこで突如襲われる津波

あっさりとした筆致で描き込まれた自然の脅威により、島民266名の大半が命を失います。

生き残ったのはたまたま神社を訪れていた三人と、灯台守の老人、そして輔の父親だけ。

駆けつけた自衛隊の活躍により、信之や美花の両親も発見されます。

しかし、信之の妹琴実だけは最後まで見つからないままでした。

 

二十年後に明かされる秘密

災害救助でやってきた自衛隊たちとともに島に残った信之たち。

そんな中、信之は美花を救うために一つの過ちを犯してしまいます。

そしてその事件は、誰にも知られないままに大津波災害の裏でひっそりと葬られてしまうのでした。

秘密を知るのは信之と美花だけ……のはず。

なのに二十年近くが経った後、再び信之の下に当時の罪が突きつけられるのです。

そうして物語は動き始めます。

 

そして失速へ

物語の主脈は二十年前の罪に対し、三人がどういった行動を取るかというものなんですが。

正直、津波が来て三人が島を去るまでの方が盛り上がりすぎてしまい、以降の二十年後のお話については失速感を否めません。

そもそも後から調べてみると、この物語の意図ってすごく暗いテーマなんですよね。

津波の被害から生き残った子どもたち」を描くにしては、夢がないというか。

それもそのはず、本作は2008年の出版。そもそもは2006~7年の間に小説すばる誌上で連載されていたもので、東日本大震災の前に書かれたものなのです。

あの震災を実際に体験してしまうと、津波から唯一生き残った三人の子どもたちであるならばもっと夢や希望や使命感みたいなものを持って生きていて欲しいと思ってしまったりするんですが。

そこはそもそも作者の意図するところではないとわかってはいても、なんとも複雑な気分になってしまいます。

下記のインタビューに詳しく書かれていますが、文体の件だったり、作者にとってはだいぶ実験的な作品だったのかもしれませんね。

『光』三浦しをん|担当編集のテマエミソ新刊案内|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

 

映画の方が面白そう……かも

こちらの作品も2017年に映画化されているそうです。

www.fashion-press.net

www.youtube.com

輔役の瑛太さんの迫真の演技もあって、映画の方が断然面白そうです。

作品全体を包む暗いムードも忠実に再現されていそうですし。

後日改めてこちらも見てみたいと思います。

https://www.instagram.com/p/Bhd_2zWnHC6/

#三浦しをん #光 読了2017年に映画化もされた作品。美浜島という島に住む信之と輔、美花の三人を突如津波が襲い、彼らの他には灯台守のおじいさんと家庭内暴力を振るう輔の父だけを残し、美浜島の島民は全て命を落としてしまう。災害救助で自衛隊が遺体の回収に当たる中、信之と美花は誰にも話せない大きな罪を起こし……場面は一転、20年近く経った東京の町へ。三浦しをんだし、あらすじ見ただけでかなり期待していたのですが、正直いまいちでした。津波に襲われるまでが一番の盛り上がりかな。その後の信之たちの人生は……そんな風になっちゃうの? とただただ残念なばかり。期待し過ぎたかなー。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※いつものごとくブログも更新しました。プロフィールのリンクよりご確認下さい。

『あの日にドライブ』荻原浩

人生は一本道じゃない。曲がり角ばかりの迷路だ。タクシードライバーらしい比喩を使えば、そういうことなのだ。

『海の見える理髪店』で第155回直木賞平成28年/2016年上半期)を受賞した荻原浩

その時にも書きましたが、僕は荻原浩が苦手です。

linus.hatenablog.jp

ところが、『海の見える理髪店』がなかなか良かったんですよね。

なので本書『あの日にドライブ』に再度チャレンジしてみました。

 

銀行員からタクシードライバーへの転進

主人公は元銀行員。

理不尽な銀行員としての生活に耐え続けてきたのですが、ある時ついに我慢の限界を迎えてしまいます。

退職後は条件に拘りすぎて再就職もままならず、とりあえずのつなぎとしてタクシードライバーをやってみる事に。

タクシードライバーをあくまで仮の姿を自認している主人公だけに、当然のことながら仕事はうまくいきません。ドライバー仲間も一癖も二癖もあるいかにも人生の負け犬といったおじさんばかり。

家で帰っても妻は冷たく、娘や息子からは蔑まれるばかり。

現実から目を背けるように、主人公は「もし銀行員を続けていたら」「学生時代の彼女と今でも続いていたら」と白昼夢を夢想し続けます。

ただそれが……クドい。

 

半分近くが妄想

主人公はことあるたびに妄想の世界へと飛んでいってしまいます。

タクシーに乗せた紳士がどこかの大企業の社長で自分の能力を見出してくれたら……妻が昔付き合った彼女だったら……といった具合です。

その度に物語は足踏みを余儀なくされますので、読んでいてどうにもストレスになってしまいました。

基本的に主人公は「過去の自分にしがみつき」「現在の自分から目を背け」「周囲を見下し」といった感じなので、ユーモラスな文章にごまかされてしまいますが物語そのものが負の塊です。

中年男がウダウダ言ってる、と言えばわかりやすいでしょうか。

もちろん途中から現実を見据え、前向きに進み始める辺りが見所になってくるんですけどね。

それにしてもいちいちしょうもない妄想するな、と突っ込みたくなってしまいます。

 

今を大切に生きよう

でもちゃんと文学はしてるーなんて思ったり。

途中から主人公は現実を直視し始めます。

どうしたら客が掴まえられるか工夫したり、もし他の相手と結婚していたらとハズレくじを引いた気分なのは妻も同じなんじゃないかと思いなおしたり。大学時代の彼女に見せていた執着もあっさり振り切ってしまったりします。

立ち直りの物語、なんですよね。

その代わり、劇的な展開はありません。

シニカルに、コミカルに中年男の苦悩と哀愁を描いた作品と言えると思います。色々と非現実的過ぎるところもあるけれど、ある部分では妙にリアルだったり。

なのでこれが好きだという人の気持ちもわからないでもないんです。

ただやっぱり個人的には……う~ん、苦手かな。

https://www.instagram.com/p/BhZBScInW-i/

#あの日にドライブ #荻原浩 読了タクシーの運転手である元銀行員の主人公。再就職に失敗し、とりあえずの繋ぎとして始めたタクシードライバーの仕事はなかなか上手く行かず、先の見通しも暗い。そんな中で銀行員のままであり続けていたら、大学時代の恋人と結婚らしたらと現実逃避のように夢想する。やがて小さなきっかけから仕事のコツを掴み、今の現実を直視するように。まぁなんていうか……僕の苦手な荻原浩そのものでした。ブラックユーモアを交えながら進む軽い文体はファンもいるのだろうけどやっぱり苦手。でもところどころ皮肉を効いていて「これは」と思わせるところも。うーん、荻原浩って読みどころが難しい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログも更新しました。よろしければプロフィールのリンクよりご確認下さい。

『成功者K』羽田圭介

本の宣伝です。本が売れない期間を長く経験しましたから、とにかく顔を売ってから本を売る、というチャンスを逃したくないと思ってしまうんでしょうね。

『スクラップ・アンド・ビルド』に続き二冊目の羽田圭介作品『成功者K』です。

2017年3月発行という事で既に発売から一年が経っていますが、細々と目にする気がしています。

ちなみに『スクラップ・アンド・ビルド』の際に書いた、“なんだかぎくしゃくした旅番組”に出ていた際にも、この『成功者K』が印刷されたTシャツを着ていました。

www.oricon.co.jp

すっごく微妙ですけどね……。

 

成功者K=羽田圭介

本作品はある意味ではかなり衝撃的です。

成功者Kは売れない小説家だったものの、芥川賞の受賞を機にテレビに出演するようになり、帽子とマスクなしでは街を歩けないほどの知名度と金を手に入れます。

それだけに飽き足らず、自らに好意を寄せるファンに手を出し、さらには10年来の友人や仕事上で出会った相手にまで、次から次へと欲望のままに手を掛けます。『スクラップ・アンド・ビルド』を思い起こさせられますが、とにかく“性”の描写が多い

いや、そのまま“性交”と書かれている文字が多い。

自分を取り上げてくれるメディアにも出演費を吊り上げ、仕事をえり好みし、旧来の仕事相手には軽んじるような言動を見せたりもします。若い女優の彼女を作り、業界人のパーティに参加したり。

成功者Kは、とても的確に一般的に想像されうる「テレビ成金」が出来上がる様を描いているように感じられます。

ただ問題となるのは、果たして成功者K=羽田圭介なのかどうか、という点です。

あまりの赤裸々な語りぶりに、読んでいる側としては「女弟子の布団に顔を埋めてもだえ苦しむ田山花袋「姪に手を出し孕ませた挙句に海外に逃亡する島崎藤村を想像するのと同じぐらいの複雑な気持ちを抱かざるを得ません。

※『蒲団』田山花袋・『新生』島崎藤村を参照のこと

 

成功≒性交

あまりにも性描写が多すぎるので、「これって成功と性交をかけてるよな」と思ったりしたのですが、よくよく調べてみたら作者が「そうだ」って明言してますね。残念。

www.shosetsu-maru.com

表には隠された意図に気づいたりするのも読書の醍醐味だと思うのですが、こう謎解きされてみるとなんだかちょっと興ざめしてしまいます。

成功者K=作者なのかという問題についても、“成功者の虚像”とはっきり言い切っています。

でも全てが全て虚像ではなく、実際に作者の経験をそのまま投影している点も多いようなので、虚実混交が正解なのでしょうね。

 

本当の顔

個人的に一番気になったのは上のフレーズです。

テレビ局から密着取材を受ける成功者Kに対し、取材者が繰り返し述べる言葉。

どんなにカメラを回し、どんなに密着を続けても、「Kさんの本当の顔が見えない」と困り続けるのです。

それに対し、成功者Kもまた「本当の顔ってなんのことだろう?」と疑問を抱きます。Kにとってはカメラが向けられたからといって別に構えているつもりはないし、演じているつもりもない。女性関係を疑われているのかと疑心暗鬼になるKでしたが、どうやらそうでもないとわかると、K自身がわからなくなる。

自分から見た、他人から見た「本当の顔」。

これについて、本書の中では明確に答えは書かれていません。

多分、答えは出せないものでしょう。羽田圭介ばかりではなく、他のどんな人間にとっても。

そんな「本当の顔」を巡る葛藤も本書のひとつの見所と思っていただけたら楽しめるかと思います。

 

賛否両論のオチ

賛否両論とは書きましたが。

実際には“否”の方が多いでしょうね。

突然謎掛けを出され、宙ぶらりんのまま放り投げられる感覚。

答えのヒントについては上のインタビューに書かれていますので、読んでみて下さい。

まぁ、後から説明しないとわからないような物語も今時どうなのかと思ってしまいますが……しっかりと明確な答えを出すばかりが小説ではないですからね。これも一つの物語の形なのでしょう。

それにしても羽田圭介……やっぱりちょっと評価しがたいですね。

もうちょっと他の作品も読んでゆっくり考えてみることにします。

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#成功者k #羽田圭介 読了#スクラップアンドビルド 以来、二冊目の羽田圭介。ある意味衝撃的です。芥川賞をきっかけにテレビに出まくり成功者になったKが10年来の友人やら好意を寄せてくれるファンやらに片っ端から手を付けまくります。これって羽田圭介本人の暴露本?#蒲団 の #田山花袋 か #新生 の #島崎藤村 かというぐらいのおっぴろげ具合に、思わず引き込まれてしまいます。最終的には唐突な謎かけからの放り投げという大胆なオチ。もうね、羽田圭介、なんと評価して良いのやら。批判が多いのもよくわかります。でもこの人、なんだか個人的に気になってしまうんですよねぇ。 あ、ちなみに成功者Kが羽田圭介本人かどうかという点に関してはブログに書きましたので、ネタバレ覚悟の方はブログの方もご覧になって下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログはプロフィールのリンクよりご確認下さい。