おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『星やどりの声』朝井リョウ

雨から身を守ることを雨宿りっていうだろう。ここは満天の星が落ちてこないようにする「星やどり」だ。

2018年も12月に入りましたねー。

毎年今ぐらいの時期に入ると、「今年はあと何冊読めるかな?」なんて考えてしまいます。

同時に考えてしまうのが間違いのない本を読みたいという事。

 

年内に読める数が限られているのであれば、できるだけハズレは避けて当たりだけを読みたい。

 

そうなると必然的に手が伸びるのが僕の中での鉄板である朝井リョウ

間違いないものを読みたい時には朝井リョウに限る、と絶大な信頼を置く作家さんです。

 

僕の朝井リョウに対する印象は以前書いた『世界地図の下書き』の記事に詳しく書いていますので、興味がある方は読んでみて下さいね。

linus.hatenablog.jp

 

茶店「星やどり」を軸に展開する六人兄弟の物語

今回読んだ『星やどりの声』は、六人兄弟の物語です。

全6章から成り立つ連作短編集で、六人それぞれの視点から各章が書かれています。

 

しっかり者の長女琴美、就職活動中の長男光彦、双子の高校三年生小春とるり、落ち着かない高校一年生の二男凌馬、常にカメラを持ち歩く大人びた小学六年生の真歩。

 

それぞれに悩みと葛藤を抱えながら生活していく六人ですが、軸となるのは喫茶店「星やどり」。

 

「星やどり」は建築家である父が母律子のために建てた店であり、母が一人で切り盛りする海の見える喫茶店

上から吊り下げられてブランコになった椅子が一つだけ用意されていたり、星の形の天窓が空けられていたりと、なかなかオシャレなお店のようです。

15人も入れば目いっぱいの小さい店にも関わらず常に客はまばらですが、女で一人で運営するのは苦労が多いと見えて、長女琴美や三女るりが時々手伝いに来ていたりします。

 

父は数年前に癌で他界してしまい、母一人を六人の子供たちが取り巻くという早坂家の三男三女親一人の環境。

 

それが、本書の舞台設定でもあります。

 

家族小説3:青春小説7

「家族もの」に分類される事の多い本書ですが、読んだ感想としては家族小説3:青春小説7といった印象でした。

 

それぞれの章で描かれるストーリーは子供たちそれぞれの個々の悩みや葛藤であって、家族に直結するものではないようです。

高校生たちは同じ高校に通い、全員が同じ町で暮らし、共通の知人や「星やどり」を通して他の兄弟たちが登場する事もありますが、各章で重要な役割を負う事はありません。

 

唯一、双子である小春とるりに関しては対比としてお互いの様子が描かれる事が多いかな、というぐらい。

 

そうした中で、各章をまたぐようにして「星やどり」であり母律子に疑念や謎が持ち上がって、長女琴美の最終章で全ては明らかになるのですが……

 

う~ん、なんだかなぁ……

 

という個人的には残念な結末だったりしました。

 

違和感の正体

違和感の理由は朝井リョウ自身のインタビューの中にありました。

読者の方に、“星やどりという喫茶店はお父さんが作ったお店だよ”ということを覚えておいてほしくて、お父さんが天井に窓を作ったこと、お店の名前を突然変えたといったエピソードは、各章で必ず言及するようにしました。そうやって子供たちがお父さんのことを思い出すっていう場面を何度も書いていくうちに、この関係性って実は結構、残酷だなって。だんだんと、これは父の呪縛から解放される話かもしれないと思うようになりました。だからああいうラストシーンになったんです。

今の僕が書いたからこそああいうラストシーンになりました | ダ・ヴィンチニュース

 

父の呪縛から解放……?

 

この言葉だけで、ちょっと衝撃ですよね。

 

繰り返し繰り返し登場する亡くなったお父さんが作った喫茶店

家族の思い出が詰まったその店を“呪縛”という言葉で表してしまうなんて。

 

ここから先はちょっとネタバレを含んでしまうかもしれないので未読の方には遠慮してほしいんですけど……

 

 

 

 

 

 

両親や配偶者が遺した店や仕事を、遺された家族が引継ぎ、立て直す家族ものって小説に限らずドラマや映画、漫画等々、昔からよくある物語の形だと思うんですよ。 

でもって必ず「遺された家族が無事引継ぎ、立て直しに成功する」「店の経営を通じて家族の絆が強くなる」みたいなお約束があったりする。

 

でも朝井リョウはそれを“呪縛”と捉えてしまった

これは読み始める前に期待されるストーリーからすると大きな違和感になってしまいますよね。

 

一応擁護しておくと、現実的には上に書いたようなハートフルな話になるケースって少ないのでしょう。

母親一人で六人もの子供たちを育てるだけでも大変だし、ましてや喫茶店の切り盛りも要求されるなんて、たった一人二人の子育てですら手を余しがちな世の母親たちは話を聞いただけでギブアップしてしまう事でしょう。

 

「死んだお父さんが建てた喫茶店だから」という理由で続けていくのって、確かに“呪縛”に等しい愚行なのかもしれません。

 

最終章で明らかにされる通り、「星やどり」は実際経営難に陥っていたようですし。

 

でもね……だとすればそこはもっときっちり描いて欲しかったですね。

 

先に全6章から成り立つ連作短編集で、六人兄弟それぞれの視点から各章が書かれていると書きましたが、お気づきでしょうか?

 

重要な母の視点がないんです。

 

本書はあくまで子どもたちの目から見た「星やどり」という視点で描かれています。

 

母であり喫茶店「星やどり」は小学生や高校生、大学生といった子どもたちの目線と捉え方、想像によって語られるばかりで、実際に店を営む母律子の考えや苦労が描かれる事はありません。

あくまでそこは読者の想像にゆだねられているのです。

 

デビュー作である桐島、部活やめるってよを彷彿とさせる描き方ですよね。

タイトルにもなり物語の主軸であるはずの桐島本人は一切登場せず、その他の登場人物の口から語られるのみ、という当時衝撃的だったあの手法が今回は母律子に対して当て嵌められていると言えなくもありません。

 

とはいえちょっと丸投げ過ぎたかな、と。

 

もうちょっと母の苦悩や心労を匂わせる場面があっても良かったんじゃないか、と思ってしまいます。

 

そんなわけで子どもたちからさんざん「父との思い出エピソード」が語られた挙句、最終的に待つのがそれって“呪縛”じゃね?という見解は結構残酷だったりするんですよね。

 

なので従来の「故人の店を家族で再建する物語」で繰り返し描かれてきた「ハートフルな家族もの」を想像していると、終盤足元をすくわれるという結果になったりします。

 

執筆当時大学四年生だし

本作は朝井リョウの三作目であり、大学四年生の頃に発表されたそうです。

大学四年生といえばまだ22歳。

社会経験もなく、当然親になった経験もありません。

 

そういう意味では、家族ものを書かせた事にちょっと無理があったんじゃないかな。

 

全体的に長男光彦以下の子供たちに関してはよく描けているように思えるのですが、作者自身より年上である長女琴美や両親に関してはリアリティに欠けているようにも感じられます。

琴美は「宝石店に勤める」と書かれていますが、そんな様子は全く感じられません。

 

最終的に「星やどり」の今後を決めていく場面も同様です。

 

店であり、事業をどうするのか。

 

そこには人手の問題よりも先に、お金の問題があったりするはずですし。

 

「星やどり」が資金難に陥るようであれば、子どもたちの生活にも影響がないはずがないんですよね。ほんのちょっとの倹約でどうにかなる話じゃないんです。鬼気迫るような、暗い影が忍び寄るはずなんです。

 

具体的に言えば、「店を手伝って盛り上げよう」なんて思う前に、「生活苦しいからそそれぞれバイトしよう」と考える方がよっぽど現実的だったりします。

大学行ってる場合じゃないから中退して働こう、とかね。

 

そういった「自分の希望を家族の為に我慢する」事を称して朝井リョウは“呪縛”と言ったのでしょうけど。

 

でも上にも書いた通り、“呪縛”にしてしまうぐらいなら、もっともっと“呪縛”らしく金銭的・精神的に追い詰められていく様をリアルに描いていった方が良かったんじゃないかな、と。

 

ただそうなると朝井リョウらしさが全くなくなってしまうんですけどね。

角田光代あたりなら“呪縛”に追い詰められて解放されていく家族の様子をリアル過ぎるぐらい描いてくれそうですが。

 

最終的にまとめると、本作に関しては朝井リョウらしさと題材、物語の方向性なんかがちょっとかみ合わなかったかな、という感想です。

期待値が高すぎたのも悪かったかもしれないけど、ちょっと残念かな。

https://www.instagram.com/p/BrRTTL0Fxe5/

#星やどりの声 #朝井リョウ 読了亡き父が作った喫茶店「星やどり」を営む母と三男三女六人の子どもたち一人ひとりの視点で書かれた6章の連作短篇集。家族もの……と言いつつそれぞれの内容は恋愛や友人、就職活動だったり家族以外のテーマが多いのかな?そこに父や家族との思い出や記憶が混ざり合ってくる感じ。ただ朝井リョウ三作目、大学生の頃に書かれた作品とあって当時の作者より年上の登場人物に難が多いかな。社会人の姉とか、母親とか、親になるという事とか。朝井リョウらしさと題材、物語の方向性なんかが噛み合わなかった印象。鉄板と信頼している朝井リョウ作品だっただけに、個人的にちょっと残念でした。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『天皇の料理番』杉森久英

「ものを食うのは、せんじつめてゆくと、口や舌でなく、魂が食うのだ。口や舌はごまかせても、魂はごまかせない。真心のこもった食べ物は、だから何ともいえぬ味がある」

今回読んだのは杉森久英天皇の料理番

集英社文庫版で上下巻の二冊組です。

 

少し前に佐藤健主演でドラマ化されていたのが記憶に残っていて、最近の作品だと思い込んでいたところ、空けてびっくり。

なんとドラマ化は三度目だったんですね。

 

初回のドラマは堺正章主演でなんと1980年の放送。

僕はまだ生まれてもいない時代。

 

更に1993年の高嶋政伸版を挟み、佐藤健版は2015年で三度目のドラマ化。

 

時代を経てもそれだけ色あせない魅力にあふれる作品なんですね。

www.youtube.com

 

問題児・秋沢篤蔵

本作の主人公は大正期から昭和期にかけて宮内省で主厨長を務めた料理人、秋沢篤蔵。

名前をはじめ、細部はフィクションという事で若干変えていますが、実在した秋山徳蔵がモデルとされています。

 

福井県越前市で生まれ育った篤蔵は生まれながらのわんぱく小僧。

背は人より低いけれど、短気で腕っぷしが強くて有名。

 

そんな篤蔵は十歳にして自ら「坊主になりたい」と言いだし、家族の度肝を抜きます。

 

本人の意志を尊重しようという両親の想いにより、一旦は寺へ入る篤蔵でしたが、悪戯が過ぎると即座に破門。

その後もよその商家に養子に出されたりしますが、一度目は両家の都合により破談に。

 

二度目は妻まで娶っておきながら、鯖江連隊の田辺軍曹から教えてもらったカツレツをはじめとする洋食の味に魅了され、料理人を志してたった一人家出をして東京に出る始末。嫁にも義理の両親にも何も告げずに失踪するという鬼畜ぶりです。

 

東京では兄の伝手から華族会館で働き始め、順調に職場にも仕事にも慣れてきたように思えますが、ずる休みをしてよそのレストランに修行に出たりしていたのがバレ、上司に追及されたところ逆ギレして暴行と、若い頃は手のつけられない問題児でした。

 

その後小さなレストランバンザイ軒で働き出しますが、ここも客と口論になってクビに。

 

失敗を重ね、一旦戻った郷里で病に伏せる兄から説教を受け、再び上京。

今度は華族会館に並び当時を代表するレストランである精養軒で働き始めます。

 

ここではグラン・シェフである西尾がフランス修業時代から書き溜めた虎の巻とも呼べるノートを盗み出すという暴挙を働きます。当然大騒ぎになり、こっそり処分する事も脳裏を過りますが、ノートを作り上げるまでの西尾シェフの苦心を思い、篤蔵は正直に名乗り出るのです。

 

西尾シェフは一緒にしまっておいたお金には目もくれず、さらに正直に名乗り出てくれた篤蔵の素直さに感心し、誰にも内緒にしたまま水に流してくれるという有名なエピソードです。

 

……とまぁ、ここまでが上巻のエピソードなんですが。

 

秋沢篤蔵、かなりの悪人ですね。

 

嫁を置いて勝手に東京に出てしまう下りなんて、およそ正気の沙汰とは思えません。

その後可愛いお嫁さんは一度は東京にやって来るのですが……その後篤蔵のとった行動もなかなかの噴飯もの。

 

島崎藤村にも匹敵する鬼畜野郎です。

 

そんなわけで、正直なところ上巻は篤蔵の幼少時代から下積み時代が描かれているのですが、読んでいて気持ち良いものではありません。

 

どこまでが現実でどこまでが架空の話か、線引きは定かではありませんが、確かにこれは秋山徳蔵名義のノンフィクションとして出すわけにはいきませんよね。

 

後半は一転、フランスへ

精養軒の料理長西尾に影響された篤蔵はフランス行きを決意します。

そこからは一転、華やかなフランス料理界へと舞台が変わるのです。

 

篤蔵が修行した店もオテル・マジェスティックからはじまり、カフェ・ド・パリ、オテル・リッツと今でも通用するような名だたる名店ばかり。

リッツといえば料理界の王様ことオーギュスト・エスコフィエのお膝元でもあります。

 

現代のフランス料理の礎を築いたと言われるエスコフィエの元で働いていたなんて……初めて知った僕にとっては大変な驚きでした。

 

また、有名な三ツ星レストランであるトゥール・ダルジャンへ行き、鴨を食べる一幕も。

 

フランス料理の輝かしい黄金時代の真っ最中である事に、本当に驚きを隠せません。

 

上巻があまりぱっとしなかっただけに、下巻に入ってからの展開には驚くばかりです。

 

そして、日本人で唯一「料理の修行のためにフランスへ渡った」第一人者でもある篤蔵は大使館から宮内省でのシェフの座を打診されます。

 

越前の暴れん坊が遂に天皇の料理番となる日が来たのです。

 

天皇の料理番としての日々

当時はまだ日露戦争が終わったばかり。

パリにいる篤蔵の元に、明治天皇崩御の一報が届いた時、篤蔵は一目もはばからず涙を流し、しばらくの間塞ぎ込んでしまい、周囲の同僚たちからは驚きの目で見られたと言います。

 

そんな時代を生きる篤蔵でしたから、他の著名なレストランやホテルからの打診や金銭上での誘惑には目もかけず、宮内省入りを決意します。

フランス仕込みのシェフという肩書があれば、望むだけの報酬が手に入った時代です。

篤蔵は金よりも「天皇の料理番」としての誇りを選んだのです。

 

今とは天皇に対する意識も違いますね。

 

天皇が日々口にする食事を準備するのが篤蔵の仕事ですが、時には英国の陸軍少将や幕僚を招いた食事会を手掛けたりもします。

 

その内容というのがとにかく贅を尽くしたもの。

 

 戦前の皇室がいかに裕福な暮らしぶりだったかをうかがい知る事ができます。

 

第一次世界大戦後には皇太子さまのヨーロッパ親善旅行に同行し、バッキンガム宮殿での晩餐会の裏側に潜入する一幕も。

 

篤蔵を通しイギリス王宮の晩餐会の荘厳さや日本とは異なるシェフの気さくさに触れ、文化の差を鮮やかに描き出しています。

 

第二次世界大戦以後は、食糧難や占領下での生活、以前と比べ質素な暮らし等、皇室にも大きな変化が訪れますが、その長い長い時代を秋山篤蔵は「天皇の料理番」として過ごしてきたのです。

 

単なる料理小説ではなく、戦前戦後の昭和の時代や空気感、天皇に対する思想等の面からも、学びの多い本と言えるでしょう。

 

 

僕の心の書『陰翳礼讃』

しかしどうしてまた本書に魅了されてしまったのかというと、僕は一時期フランス料理に興味を持って勉強していた時期があります。

当時からバイブルとして繰り返し何度も読んだのが海老沢泰久の『陰翳礼讃』

 

調理師専門学校の創始者であり、日本にフランス料理を広めた第一人者である辻静雄の半生を描く伝記小説です。

辻静雄が本場フランスに渡り、本書にも出てきたようなトゥール・ダルジャンやカフェ・ド・パリ、さらにはピラミッドやマキシムといった著名な三ツ星料理のレストランを食べ歩き、シェフやマダムたちと親交を深める様子がこれでもかと書かれています。

 

日本におけるフランス料理の黎明期に彼が残した功績と合わせて、見た事もない勾玉の料理の数々をリアルな筆致で楽しめる本でもあります。

 

これ以外に辻静雄本人も料理やワイン、フランス文化についての沢山の本を記しており、一時期は夢中になって読み漁ったものでした。

 

そんなわけで僕の中では「日本にフランス料理を広めた人=辻静雄」であって、それ以前のフランス料理は「フランス料理を真似た欧風料理(今でいう洋食みたいなもの)」と一人合点していたのですが、辻静雄よりも先にフランスに渡って料理の勉強(しかもエスコフィエの下で!)をしていた人間がいたという事実に本当に驚かされました。

 

しかもよくよく調べてみると、 秋山徳蔵辻静雄には当然ながら交流もあったようですね。

 

辻静雄著の『フランス料理の学び方』には二人の対談も収録されているそうです。

 

辻静雄本で手に入るものはほぼ全て読みつくしたような気になっていたけど、本書についてはさっぱり記憶になかったなぁ。

 

……とまぁ脱線してしまいましたが、そんな訳で本書『天皇の料理番』と先に紹介した『陰翳礼讃』は合わせて読むと日本におけるフランス料理の歴史がとてもよくわかる内容になっています。

 

時間軸的には『天皇の料理番』が先で、その後に『陰翳礼讃』ですね。

 

先駆者としての秋山徳蔵がいて、伝道師としての辻静雄がいた。

 

今風に言えば秋山徳蔵がイノベーターで、辻静雄がアーリー・アダプターでありオピニョン・リーダーだった、という感じかな。

 

どちらも素晴らしい本なので、ぜひ読んでみて下さいね。

https://www.instagram.com/p/BrMCrykFFAQ/

#天皇の料理番 #杉森久英 読了実在した料理人 #秋山徳蔵 をモデルにした伝記本本書は徳蔵の悪ガキ時代から二度の大戦を経て料理人を引退するまでの姿が描かれてます。単なる料理本としてだけではなく、現代とは異なる皇室の暮らしぶりや庶民の天皇に対する意識の違いについても窺い知ることができます。それにしても戦前からフランス料理を学びに単身フランスに渡り、エスコフィエの教えを受けていた料理人がいたとは驚きでした。正統なフランス料理を日本に持ち帰ったのは #辻静雄 だとばかり思い込んでいました。本書と合わせて #海老沢泰久の #美味礼賛 を読めば、日本におけるフランス料理の歴史がより詳しく知ることができます。どちらも優れた小説なのでぜひ読んでみて下さい。 #本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『密室殺人ゲーム・マニアックス』歌野晶午

「ただし、ここにいる四人は真相解明を放棄したわけだけど、そっちいるおたくたちは意思表示をしていませんよね。ワタクシのアリバイ崩しに興味がありますか? 傍観するだけでは物足りませんか? それではどうぞ、かかってらっしゃい。」

第10回本格ミステリ大賞を受賞した歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』のシリーズ三作目、『密室殺人ゲーム・マニアックス』です。

 

一般的に一作目に比べると二作目である『密室殺人ゲーム2.0』は評価が低く、三作目となる本書はさらに落ちるとされています。

まぁ「実際に犯した殺人を題材に謎解きを行う」という『密室殺人ゲーム王手飛車取り』から始まったストーリーはあまりにもセンセーショナルであった反面、回を重ねるごとに新鮮味が薄れてしまうのは仕方のない事なのかもしれませんね。

 

ましては『密室殺人ゲーム2.0』の文庫版あとがきには「『密室殺人ゲーム・マニアックス』については当初の想定外の作品であり、「2.5」とでも呼ぶべき位置づけ」というような事が書かれており、正直読む側としては

 

それを言っちゃあおしめえよ!

 

と言いたくなってしまいます。

 

つまり番外編・外伝的位置づけ……と書かれてしまうと、「じゃあ本シリーズよりは落ちるって事だよね?」と勘繰らずにはいられませんよね。

かもしれませんが……一ファンとしてはシリーズが無事終結するまで見届けないわけにはいかないでしょう。

“どんなところが番外編なのか”という点こそがむしろ本作の見どころ・読みどころなのかもしれません。

尚、第一作・第二作のブログは下記の通りです。

linus.hatenablog.jp

linus.hatenablog.jp

極力ネタバレしないように書いているつもりですが、意図せず漏らしてしまっているケースもあるかもしれませんので、未読の方にはあまりおすすめしません

 

これまで通り始まるいつもの5人組

三作目となる『密室殺人ゲーム・マニアックス』も、基本的な構造はこれまでと同様です。

ダースベイダーやジェイソン等、様々な姿に扮装した“頭狂人”、“044APD”、“aXe(アクス)”、“ザンギャ君”、“伴道全教授”という5人が、インターネット上のチャットを通して殺人事件の推理ゲームを行う展開です。

 

こうして5人揃って始まってしまう時点で、第一作目『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んだ人間からすると謎かけが始まってしまっていたりするんですけどね。

 

今回もまた、「六人目の探偵士」「本当に見えない男」「そして誰もいなかった」という3つの章、3つの謎かけが用意されています。

 

一つ一つの謎の内容・解答については、ある意味では本書の“おまけ”みたいなものですので詳しくは触れませんが、第一章の冒頭、出題者である“aXe(アクス)”が当ブログの最上部で引用したような言葉を発したところから、第三作目としての新たな展開が始まります。

 

それではもう一度

 

「ただし、ここにいる四人は真相解明を放棄したわけだけど、そっちいるおたくたちは意思表示をしていませんよね。ワタクシのアリバイ崩しに興味がありますか? 傍観するだけでは物足りませんか? それではどうぞ、かかってらっしゃい。」

 

……もうおわかりですね?

“aXe(アクス)”は明らかに、5人とは「別のだれか」に向けて語りかけています。

 

つまり……

 

これまでは「選ばれた5人のお遊び」だった密室殺人ゲームが、インターネットを通じてその他不特定多数の人間に向けて発信されてしまうのです。

 

彼らの動画はネット上に公開され、実際にそれを見た嵯峨島・三坂という二人の男が、彼らの残した謎を解こうとする様子が合間合間に挿入されていきます。

 

ええと……

 

先に「前二作に比べると劣る」と書いてしまいましたが、これって

 

めっちゃ面白くないですか?

 

第一作目である『密室殺人ゲーム王手飛車取り』はあくまで5人の間だけの秘められたゲームでした。

第二作目である『密室殺人ゲーム2.0』では、第一作目の5人の映像が流出してしまい、世間に広まってしまう事で新たな展開を見せました。

さらに第三作目である本書『密室殺人ゲーム・マニアックス』では、自分たちの犯罪と謎かけを自ら発信してしまっているのです。

 

絵に描いたような正常進化ですよね。

 

手がかりだらけの映像を公開した彼らがどうなるか。

彼らの謎を追いかける嵯峨島や三坂たちがたどり着いたのは。

 

書いてるだけでものすごく面白そうです。

 

 

以下、余談

先に書いておきますが、あとは読んでも読まなくても良い内容です。

本書には直接関係のない話ですので。

 

何せ推理小説って、何を書いてもネタバレになりそうで感想が書きにくい。

 

正直上に書いたような内容も、知らないで読んだ方が楽しめるはずですし。

 

そういう意味では推理小説って、面白さを他人に広めるのが難しい題材ですよね。

 

リアル書店やネット書店でも、時たま「叙述トリック特集」とか「どんでん返しフェア」みたいな特集組んでたりして、うんざりしてしまいます。

 

そうと知って読む推理小説ほど、つまらないものないんですけど。

 

「この小説は叙述トリックがすごい作品です」なんて先に知ってしまったら、穴が空くほど文章とにらめっこしてしまいますよね。

 

この“私”って女っぽく書いてあるけど本当に女?

ちょっと待って。この“彼”ってどっちの“彼”?わざとわかりにくく書いてない?

 

そんな風に勘繰りながら読む小説ってすごくつまらないし、最終的に読み終わった後も「騙された」と悔しく思うばかりで「びっくりした」「予想外だった」みたいな本来の楽しみは味わえない気がします。

 

とはいえ、SNSなんかでも普通に「叙述トリック系の面白い本でした」みたいに100%悪意なくネタバレ感想垂れ流しちゃってる人がいたりして、もうそれに関しては交通事故にでも遭ったと思うしかないわけなんですが。

 

時々改めて、綾辻行人館シリーズを何の予備知識もなく読めた僕は幸せだな、なんて思ったりします。

https://www.instagram.com/p/Bq1aNY5lrs6/

#密室殺人ゲームマニアックス #歌野晶午 読了第10回本格ミステリ大賞を受賞した #密室殺人ゲーム王手飛車取り シリーズ三作目前作のあとがきによると当初は構想になかった2.5作目らしい巻を重ねる度に評価は右肩下がりなんだけれど、なかなかどうして、密室殺人ゲームは正統に進化を遂げていて存分に楽しめました。 ……もしかすると読んでる本人がマニアだからかな?2018年もいよいよ12月。残すところ1ヶ月で何の本を読もうか迷いどころですね。何か面白い本があれば教えて下さい。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『本のエンドロール』安藤祐介

「印刷会社は……豊澄印刷は、メーカーなんです」

 

最近年のせいか、涙もろくなってきたんですかねぇ。

 

常々「本を読んで泣く事はない」と公言しているのですが、先日読んだ『東京タワー オカンとボクと、 時々、オトン』に続き、本作は胸にぐっと迫るものがありました。

 

linus.hatenablog.jp

 

決して「泣かせる話」ではないんですよ。

大切な人が死んだり、大事なもののために自分を捨てたりとか、そういう話ではない。

 

にも関わらず、エピローグではこみ上げるものを堪える事ができませんでした。

 

先に書いておきます。

 

読んでください。

 

読むべき本です。

少なくとも僕の中では、羊と鋼の森に迫るぐらいの感動と、後をひく余韻が残りました。

 

2018年3月刊行の本書がどんな賞レースに該当するのか、ノミネートされるのか、そもそももう遅いのかわかりませんが、もし間に合うのであれば本屋大賞にはぜひノミネートして欲しい

 

出来れば次の本屋大賞の本命として堂々受賞に至ってほしい

 

そう思って止まない本でした。

 

読んでいて苦しい

主人公は豊澄印刷の営業部に勤める浦本。

彼は元々別な印刷会社で包装物の営業を担当していた中途入社組。

会社説明会で冒頭の「印刷会社はメーカーだ」という言葉を口にした事で、社内からは失笑を買います。

 

補足しておくと、本書で言う「メーカーだ」は自動車に例えればわかりやすいかもしれません。

自動車の企画や設計、販売を行うのはトヨタや日産をはじめとする「メーカー」です。

ですが自動車の部品製作や一部の組み立て工程を請け負う工場はどうでしょうか?

「メーカー」と呼べるでしょうか。

 

豊澄印刷はあくまで出版社の意向・注文を受けて実際に形にするという印刷会社です。

自分たちで本の企画や編集作業を行うわけではありません。

 

浦本の主張がどんなに的外れかは、同じ営業部のエースである仲井戸の言葉がわかりやすいです。

「文芸作品の中身を作っているのは作家や編集者です。私たちは、それを書籍という大量生産可能な形式に落とし込み、世の中へ供給するための作業工程を請け負っています。その作業工程におけるプロとしての立場に徹するべきです。」

どうやら社内の大勢は、仲井戸と同一認識と思って良さそうです。

 

どうして浦本の主張が失笑を買ってしまうのかというと、浦本は本作りに対する熱意に溢れるがため、かえって空回りしてしまうタイプなのです。

本来の営業業務から逸脱した言動をしてしまったり、出版社の無理難題をそのまま持ち帰って現場を混乱させたりと、社内からや冷ややかな目で見られています。

そんな彼だけに「印刷会社はメーカーだ」という主張は、「そんな勘違いして余計な事に首突っ込む前に目の前の仕事を完璧にやり遂げてくれよ」という反感を買ってしまうわけです。

挙句、印刷工場の責任者である野末には「伝書鳩」と呼ばれる始末。

 

出版社と社内の双方から板挟みに遭い、なんでもかんでも押し付けられる営業という辛い立場……。

浦本は毎晩遅くまで働き、休みの日にも容赦なく電話がかかってきます。

序盤は正直、読んでいて心苦しくなってきます。

 

様々な会社でよく見られる一般的な光景なのかもしれまんが……僕自身同じような立場で仕事をしていた事もあるので、浦本の気持ちが良くわかりました。

決して悪意があるわけではなく、むしろ誠意と熱意を持って取り組んでいるはずなのに、現場や会社の都合が優先されて忸怩たる思いをせざるを得ない毎日……。

 

加えて、浦本に敵対心を燃やす野末にも複雑な家庭の事情がある事も判明。

野末に関しては不運・不幸としか言えないような苦しみであったりもします。

 

もう読むのやめようかな。

 

この本ってなんだか痛々しいだけの物語なのかもしれない。

 

もうちょっと味方や理解者がいてくれてもいいのに。

 

あまりにも登場人物たちが嫌らしい人間ばかりで、浦本が可哀想になってしまい、読むのをやめようかと迷った程です。

 

でも、安心してください

本書では5つの章立てがされていますが、それぞれが登場する本のタイトルにもなっています。

簡単に言うと、五冊の本を作り上げる過程でそれぞれ問題が持ち上がり、都度周囲や運に助けられながらも苦労して世の中に本を送り出していくという物語です。

 

先に書いた通り、浦本を襲う問題は情け容赦なく、読んでいて本当に心苦しいものばかり。

ですが物語が進むにつれて、少しずつ周囲の様子も変化していくのがわかります。

最初は少なかった浦本の理解者が増え、スタンドプレーと揶揄された浦本の行動に賛同する者が出てくるのです。

そうして、最初は頑なに思えた仲井戸や野末といった人間もまた、浦本を認め、心を開き、最終的には誰よりも浦本をよく理解し、協力する仲間へと変わります。

 

一つの問題を乗り越える度に仲間が増えていく様子を見守っている内に、序盤にあったような心苦しさもいつの間にか払拭されてしまうのですが、やがて、当初は対社外・対社内という浦本の視点で描かれていた本書の根底に、もっと大きな問題が横たわっているのに気づかされます。

それこそが、登場人物たちの心を一つにしたきっかけと言っても過言ではありません。

 

 

電子VS紙

豊澄印刷もまた、電子書籍という時代の波に襲われます。

浦本は電子書籍統括営業という肩書をつけられ、積極的に電子書籍にも対応していこうという会社の方針が示されます。

そんな中、受注を伸ばし、印刷機稼働率を保つ事で電子化の波に抗おうと奔走する浦本たちでしたが、決死の抗戦むなしく、五台あるうちの一台の廃止が決定してしまいます。

 

それも、元々予定されていた入替を取りやめにしての、廃止です。

 

浦本たちは肩を落とします。

印刷工場で働く野末達の落胆ぶりはそれ以上です。

言うまでもありませんが、機械の減少はやがて現場で働く人間のリストラにも直結しかねない問題です。

 

この先、紙の本の需要はどんどん減っていってしまうのか。

いずれ電子にとって代わられてしまうのか。

紙の本の持つ存在意義とは。

 

本書の中で場面や人を変え、何度も何度も論じられるテーマ。

 

なかなか答えの出せないその問題に対し、浦本たちは幾つかの答えを導き出します。

あるいはそれらは、到底答えとは言えないかもしれません。

でも少なくとも現在の出版業界・印刷業界の立場や立ち位置を表していると言えます。

 

どうしてこんなに胸が詰まるのか

エピローグではそれまでの伏線を活かした非常に自然な形で、まるで本書の集大成のように、新たな本が生み出される過程が描かれています。

 

そこに関わった人。

関わった機械。

関わった企業。

 

沢山の人と想いの先に、一冊の本が生み出されるのだと、改めて思い知らされます。

 

自分が今手にしているこの本もまた、同じような過程を経て生まれてきたのかと思うと、感慨を抱かずにはいられません。

 

決して感動させるべく書かれたシーンではないはずなのですが、じんわりとこみ上げるものを堪える事ができません。

 

本を閉じた後も、ぼんやりと考えてしまいます。

 

自分にとって、本とはなんなのか。

紙と電子の違いとは。

これから先も、自分は紙の本を読み続けるのだろうか、と。

 

話題作……ではあるはず

講談社のページを見てみると、現在(2018年11月29日)時点で本書は第5刷との事です。

bookclub.kodansha.co.jp

また、本書の刊行に合わせてyoutubeでは専用動画まで配信される力の入れ様。

www.youtube.com

その他様々な媒体でも著者インタビュー等で取り上げられており、少なくとも注目を浴びている作品には違いありません。

xn--nckg3oobb0816d2bri62bhg0c.com

実際僕が読もうと思ったのも、Instagramのフォロワーさんの投稿を見たのがきっかけでした。

ところが……

 

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……あれ?

投稿122件ってなんか少なくないですか?

 

もう一つ人気を探るバロメーターとして、アマゾンのレビュー。

 

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……15件。

めっちゃ少ないですね。

 

今のところなんの賞レースにも入っていないので、認知度が低いのは仕方ありませんが……それにしても少なすぎるように感じます。

 

逆に言うとそう思えるぐらい良い本なんです。

 

ちょっと個人的に分析してみたんですが……もしかしたらプロモーションをしくじってるのかもしれませんね。

例えばアマゾンに書かれている内容紹介。

作家が物語を紡ぐ。編集者が編み、印刷営業が伴走する。完成した作品はオペレーターにレイアウトされ、版に刷られ、紙に転写される。製本所が紙の束を綴じ、"本"となって書店に搬入され、ようやく、私たちに届く。廃れゆく業界で、自分に一体何ができるのか。印刷会社の営業・浦本は、本の「可能性」を信じ続けることで苦難を乗り越えていく。奥付に載らない、裏方たちの活躍と葛藤を描く、感動長編。

……なんかちょっと、違うんだよなぁ、と。

間違ってはいないんだけど、実際に読んで得られた感動を代弁しているわけじゃない。

さらに輪をかけて誤解の元になっていると思われるのが、その後。

印刷・製本等業界で働く人々から大絶賛!

本ができた感動は携わった人の思いが読者に届けられたときに得られるもの。ひとりでも多くの本好きに読んでほしい本だと確信しています。【印刷営業 男】

組版って、バランスよく、美しく並べて、読みやすい状態にすること、PCやスマホで文字を打つときは気にしないですよね。この本を読むときに少し気にしてもらえたら嬉しいです。【DTP組版 女】

「本」に関わる全ての人の姿を見せてやろうというタイトルに偽り無しの本でした。この中の一つに関わってるのだと思うと不思議な感じです。【印刷機オペレーター 男】

組版、校正、印刷、製本担当者は職人です! 組版の奥深さ、校正の大切さ、職人のこだわりをお楽しみください!【生産管理部 男】

世間的に出版不況と騒がれる我が業界の縁の下を、インキ臭く描いた、異色の小説が生まれました。ヤバい本を生み出すドラマは、きっと湿し水をあなたに与えてくれます。出版社と読者の真ん中で、日夜汗まみれパウダーまみれな僕達には、いつだって刷らなければならない本がある。閉塞感の強い時代に、ちょうしよく、空気を入れたい。仕事を探す若者に、仕事に疲れたつくり手たちに、僕ら現場からオススメします。【印刷営業 男】

小口側の扇のような丸みを見てやってください……。そこに私の奥義があります。【製本工場勤務 男】

実は1枚1枚、均一な印刷される前の白紙用紙を作って届けるのにもドラマがあります!! 用紙会社の思いも届け!!【用紙代理店 男】

本書に登場するような現場で働く人たちの声を載せるというアイディアは悪くはないんですけどね。

確かにそこにも興味は持つんですよ。

しかしながらどうも本書、「業界人も絶賛する本作りについて詳しく書かれた本」というイメージがマイナスに働いてしまっている気がします。

 

確かにどんな本を読むよりも本作りについて詳細に描かれているのですが、それはあくまで本書の一要素であって本筋ではないはずなのに。

 

そういう僕もうまく説明できないのですが、上に書いてきたような「電子vs紙」みたいなテーマでもあるし、野末を通して描かれてるような「人生の悲哀」みたいなものだったりもするし。

 

もっともっと色々なものが複雑に絡まりあってすごく良い作品に仕上がっているのに、「業界人も絶賛する本作りについて詳しく書かれた本」に帰結してしまっているのがとにかくもったいないなぁ、と。

 

今頃読んだ僕が言うのもなんですが、ちょっと皆さん、一度読んでみませんか。

僕的には『羊と鋼の森』と同等クラスの良書でしたよ。

 

少なくとも決して読んで損したと思えるような本ではありませんから。

 

まだの方はぜひ読んでみて下さい。

自信を持ってオススメします。

https://www.instagram.com/p/BqwNC79FyXt/

#本のエンドロール #安藤祐介 読了ヤバいですね。すごく良い本でした。#羊と鋼の森 クラスの大物です。 ほうぼうで紹介されている通り印刷会社を軸に出版業界について書かれた本だけど、それだけではありません。人間ドラマとして、昨今の出版業界を取り巻く状況を描いた社会派小説として、本当に素晴らしい作品です。決して泣かせる為の物語ではないはずなのに、エピローグでは胸にこみ上げるものがありました。本では泣かないはずだったのに、最近は涙脆くなったのかな?読んだ後、本について、本を読む事について深く考えさせられてしまいます。インスタのタグが122件?Amazonのレビューが15件?どう考えても少なすぎる。もっと読まれて然るべき作品なはずです。今更言うのもおこがましいですが、ぜひ皆さんも読んでみて下さい。後悔はしないはずです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

 

 

『空飛ぶタイヤ』池井戸潤

「その事故で、トラックを運転していたドライバーは両脚切断の大怪我を負った。カーブでタイヤが外れたそうだ。そんなにタイヤってのは外れるものかな、沢田さんよ。お宅のタイヤは空でも飛ぶのか」

現在放送中の『下町ロケット』が好評な池井戸作品から、空飛ぶタイヤを読みました。

第28回吉川英治文学新人賞の受賞作品であり、第136回直木三十五賞の候補作でもあります。

 

……候補作って事は、残念ながら直木賞は落選しているんですよね。

 

ちなみにこの第136回、直木賞は「該当者なし」という残念な結果に終わっています。

prizesworld.com

そんなわけで直木賞を受賞し、ドラマシリーズも好調な『下町ロケットシリーズ』や「倍返し」が流行語となった『半沢直樹シリーズ』に比べるとどこか格落ち感のある本書なのですが……

 

スゲー面白かった

 

っていうか『下町ロケット』より断然面白くない?

僕的には圧倒的に『空飛ぶタイヤ』の方が楽しめた作品でした。

 

人身事故とリコール隠し

そこそこあらすじは知られているかとは思いますが、念のためおさらいをすると、主人公は運送会社の社長、赤松。

ある日従業員の乗ったトラックのタイヤが脱輪し、歩道を歩いていた主婦に直撃。

痛ましい人身事故を起こしてしまうのでした。

 

トラックの製造元であるホープ自動車の調査結果は、赤松運送の“整備不良”。

事故の被疑者となった赤松運送に対し、刑事からは情け容赦ない尋問を受け、大口取引先からは取引停止、銀行からは融資の見送りと、事故をきっかけに赤松運送は坂道を転げ落ちるように窮地に立たされます。

 

ホープ自動車の調査結果に納得のいかない赤松は再三にわたり調査結果の開示と事故車両の返却を求めるものの、ホープ自動車からはなしの礫。

そんなさ中、似たような事故が過去にもあった事を知った赤松たちは、ホープ自動車に対し疑念を深める。

 

……といった内容です。

 

三菱自動車で実際にあったリコール隠しを題材としているというのは有名な話ですから置いておくとして、概要だけ見ると『下町ロケット』等で何度も繰り返されてきた「追い詰められた中小企業」を中心とした物語ではありますが、なにせ本書は700ページ超の大作。

それだけではとどまらない世界が広がっているのです。

 

 

池井戸作品全部のせ

ページ数のボリュームに比例して、主役である赤松の他、脇を固める面々もなかなかの粒揃いです。

特に敵対関係であるホープ自動車社内にも、疑惑の中枢たる品質保証部と販売部の対立があったり、赤松運送・ホープ自動車両者に関わる東京ホープ銀行内においても、融資担当者や役員の間で様々な思惑が複雑に絡み合います。

 

つまり『下町ロケットシリーズ』のような「中小企業小説」であり、『鉄の骨』や『陸王』のような「大企業の腐敗」について書かれた小説であり、『半沢直樹シリーズ』のような「銀行小説」でもあるのです。

 

つまりこれって……

 

池井戸潤の集大成ですよね?

 

それぞれの面白いところを集めて、一つの作品にまとめたのが『空飛ぶタイヤ』だとも言えるのではないでしょうか。

簡単に言うとそれぞれの作品の「良いところ」を集めた「全部のせ」的な作品。

ただでさえ外れの少ない池井戸作品ですから、最早面白くないわけがないのです。

 

また、wikipediaにもありますが「本当に経済小説として書いた。まともに経済小説を書こうと思って書いたのは、これがはじめてだ。」というのは池井戸潤本人の言葉。

以前存在した著者本人が自身の作品を紹介するサイトに記載されていたようですが、残念ながら現在は存在しません。

ウェブアーカイブというサービスを使えば他の作品の紹介も含めて読む事ができますので、池井戸ファンなら一読をオススメします。

http://web.archive.org/web/20071209221046/http://home.att.ne.jp/orange/ikeido/myst_book.htm

 

気になるのは完成度

気になってしまうのが完成度です。

以前『下町ロケット2 ガウディ計画』のブログで僕は下のように書きました。

物語って基本はプロットと呼ばれる要点だけで出来た骨組みのようなものがあって、そこに肉付けして行ったり、場合によっては時間軸を前後させたりして作り上げていくものだと思うんですが、そのプロットをそのまま読まされてる感があるですよね。

 

言い換えると、非常に台本っぽい。

セリフの前に(……場面は学校。A子とB子が対峙。物陰から見守るC子)みたいに簡潔に書かれている場面描写を彷彿とさせます。

 

……これってもしかして、未完成作品じゃないか?

linus.hatenablog.jp

 

下町ロケット2 ガウディ計画』は新聞連載とドラマ放映の同時進行という極めてタイトなスケジュールから生まれた作品だった為、プロット感が残る“未完成作品”になってしまったんじゃないかという、我ながらなかなか辛辣な意見です。

 

実際かなり細かく場面や登場人物が切り替わり、ドラマをそのまま文章化したような作品に仕上がっていましたからね。

 

その点、三社(←ここに警察や学校も絡む)の様々な事情や思惑が絡まりあうという本作も完成度は大いに気になるところだったんですが……。

 

全っ然問題なかったです。

 

もちろんそこは池井戸作品、多少のご都合主義は作風として割り切りが必要な点もありますけどね。

でも『下町ロケット2 ガウディ計画』に比べると作品としての完成度は格段に上回っていました。

同様に場面はかなり小刻みに切り替わりますが、違和感もほとんどありませんし、むしろ次から次へと問題が起きたり思惑が外れたりで読んでいるこちらもなかなか安心できず、一喜一憂を繰り返しつつハラハラしながら先の展開を見守るような興奮を楽しめました。

 

下町ロケット』よりも完成度は高いと思うんですが、実際直木賞を獲ったのは『下町ロケット』なんですよねー。

 

なんか不思議。。。

 

映画、見たかったなぁ

本作は今年映画公開されました。

soratobu-movie.jp

www.youtube.com

池井戸作品であり、主演・長瀬智也という嵌まり役のキャストもあって観たいという気持ちはあったんですが、残念ながら見ていないんですよねぇ……。

というのもほぼ同時期に『羊と鋼の森』の公開があったから。

linus.hatenablog.jp

羊と鋼の森』は原作を読んでかなり感銘を受けた作品でしたから、未読の『空飛ぶタイヤ』と比べてしまうとどうしても優先せざるを得なかったんですよねぇ。

そうそう映画を見に行くというのもなかなか難しかったりして。

 

でもこうして読み終えた今となってみれば、やっぱり見ておけば良かったという後悔でいっぱいです。

休みの機会にでも、先日読んだ『容疑者Xの献身』と合わせてDVD鑑賞する事にしましょうか。

https://www.instagram.com/p/BqrIhCwlHOR/

#空飛ぶタイヤ #池井戸潤 読了#第28回吉川英治文学新人賞 受賞作品ずっと読みたかった作品。池井戸作品には外れはないと常々思っていますが、個人的に本書はその中でも一番ですね。池井戸作品の中で一番良かった。中小企業と銀行と大企業という著者お得意の題材全部のせ。700ページのボリュームで下町ロケット2に見られたような未完成なプロット・台本感もなし。残念ながら映画は見られなかったのですが、早くDVD借りてきて観たいですね。下町ロケットより断然面白かったですよ。終始ハラハラさせられっぱなしでした。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『容疑者Xの献身』東野圭吾

「最後に石神と会ったとき、彼から数学の問題を出された。N≠NP問題というものだ。自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうか確かめるのとは、どちらが簡単か――有名な難問だ」 

今更感もあるかもしれませんが、今回読んだのは東野圭吾の代表的シリーズでもあるガリレオシリーズ』

その中でも代表作と呼べるのが本書容疑者Xの献身ではないでしょうか。 

ガリレオシリーズの三作目にして初の長編作品。

第134回直木三十五賞をはじめ、第6回本格ミステリ大賞本格ミステリ・ベスト10 2006年版、このミステリーがすごい!2006、2005年「週刊文春」ミステリベスト10と数々の賞を総舐めにした東野圭吾自身の代表作でもあります。

テレビドラマにもなった『ガリレオシリーズ』の劇場版として、2008年映画化。

www.youtube.com

さらに日本を飛び出して、韓国版や中国版、舞台版と今もなお広がり続ける超大作です。

 

量産型佳作作家・東野圭吾

ふと気づいてみたら、ブログで東野圭吾作品について書くのは初めてだったんですね。

ちなみにこれまで読んだのは『天空の蜂』『夜明けの街で』『放課後』『秘密』『探偵ガリレオ』『ある閉ざされた雪の山荘で』『パラレルワールド・ラブストーリー』といったところです。

 

あんまり多くはないですよね。

 

それもそのはずで、僕的にはどちらかというと東野圭吾作品は「避けたくなる」作品でした。

単刀直入に言って、東野圭吾に対する僕のイメージは『量産型佳作作家』というものです。

とにかく次々と作品を発表し、どれもそれなりの話題作となるものの、実際読んでみるとそこまで感動も感慨もなく……。

しかしながら大きな“ハズレ”も少ないため、突出した読みやすさとメディアの販売促進でもって次々と消費されていく量産型の作家さん。

少し前だと赤川次郎と重なる部分も多いように感じられます。

 

そういう作家さんって、なんとなく「物の真贋をわかった気になっている」ような人たちには避けられがちですよね。

……という自虐なんですけど。

 

これまでの東野作品ではベスト

前置きが長くなってしまいましたが、『容疑者Xの献身』。

これについてはめちゃくちゃ良かったです。

 

母娘の前に現れた別れた夫を、衝動的に殺害してしまう。

混乱する母娘に手を差し伸べたのは、隣人である数学教師・石神。

密かに想いを寄せていた隣人を救うため、石神は事件の偽装に乗り出す。

 

簡単に述べると上記のようなあらすじです。

 

東野作品ならではの軽快さ・読みやすさも健在ですが、それに加えてやはりなんといってもトリックが素晴らしい。

 

読み進める中でこびりつくように残っていた違和感が、最後にはすっきり一掃されるという鮮烈なものでした。

本格ミステリ大賞受賞は伊達ではないですね。

受賞に関しては一部の本格推理小説作家から疑問を呈する声も挙がり、「本格か否か」という論争に発展したと言われていますが、正直すげーどうでもいいです。

 

だって面白いもん。

 

っていうか二〇堂〇人の負け惜しみなんじゃねえの、と思ってしまいます。

(↑伏字は万が一エゴサーチされたら面倒くさいから)

その他、容疑者の行動が道義的にどうかとか云々かんぬん。

 

本格推理小説なんて殺人だけにとどまらず切ったりくっつけたり運んだりやりたい放題だと思うんですけどね。

動機にしたって金や怨恨はチープ過ぎるからと半ばタブー化され、精神異常者や芸術、科学への傾倒等々、わけのわからないものが増え続けちゃってるんですけど。

 

あとは「登場人物の描き方が薄っぺらい」みたいな批判もあったかな。

 

でもあんまりグダグダと細かく書かれてもなんだかなぁ、とせっかくのテンポが崩れてしまうのでこれはこれでありだと思いますけどね。

 

ちなみに直木賞の場合は選評がネットで見られますが、本書が受賞した134回は圧巻ですね。

ほぼ全会一致で独り勝ち状態です。

本格ミステリ大賞と評価基準は違うとはいえ、こうなるとそもそもフェアかアンフェアかという論争自体がナンセンスに思えてきます。

prizesworld.com

ここまで明暗が明らかなのも珍しく思えますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。

 

 

マニアがジャンルをつぶす

上記はブシロード社長である木谷高明氏の言葉です。

買収からV字回復を果たした新日本プロレスについて語った中での一言なんですが、現在ではプロレス界を飛び出して様々なシーンで使われているようです。

コアなユーザーがライトなユーザーを拒絶していたがために、プロレスが衰退していった面もありました。僕は“すべてのジャンルはマニアが潰す”と思っていますから。

www.news-postseven.com

かなり説得力に満ち溢れた言葉ですよね。

耳が痛い言葉でもありますが。

 

でも真理を突いていると思います。

 

推理小説も『新本格推理ブーム』で盛り上がって以降、妙に小うるさくなった印象があります。

ノックスの十戒ヴァン・ダインの二十則、読者への挑戦状といった古典的な要素を持出し、いかにも「こうでなければならない」的に自分たちを締め付けた挙句、どれも似たような、既視感のある作品だらけになってブームが終息していってしまったという印象です。

 

全ての手がかりが読者に向けて提示されるべき

 

みたいな主張って「でも作品によるよね」という注釈つきとすべきであって。

やらない方が作品としての完成度や面白さが増すのであれば、やらない方が良いに決まってます。

 

とはいえ、特に意味もなく“それっぽさ”を出したいが為に謎を匂わせたり、作品自体がしょうもないのに荒唐無稽な“ハズシ”を入れたり、伏線張りまくって放り投げたりするのはもちろん不愉快ですけどね。

そういうものに対しては容赦なく異を唱えます。

 

前にもあったなぁ。

推理小説風でありながら、ただの純愛小説だったとか。

 

あれは未だに思い出すだけで腹立たしいです。

linus.hatenablog.jp

 

ガリレオシリーズ』は当たり?

僕的に東野圭吾の評価はあまり高くないのは先に述べましたが、本書を読み終わった後で思い返してみると、先に読んだ『探偵ガリレオ』もなかなか悪くなかったんですよね。

もしかしたら『ガリレオシリーズ』は当たりなのかもしれませんね。

 

とりあえずは『容疑者Xの献身』のDVDを借りてきてみたいと思います。

 

堤真一松雪泰子も演技派で好きな役者さんですから、非常に楽しみです。

今まで幾度となくテレビ放送もされてきたのに、どうして観なかったんだと笑われてしまうかもしれませんが。

 

原作ありきの映画は原作先読み主義なので、ご容赦ください。

 

追記

劇場版見ました

今更何言ってんだと言われそうですが、ようやく年末の忙しさも落ち着いたので劇場版『容疑者Xの献身』のDVDを借りてきて見ました。

 

僕はテレビドラマのガリレオシリーズを全く観ていなかったので、同ドラマシリーズに対しては「福山雅治主演の人気ドラマ」ぐらいの予備知識しかありませんでした。

 

ですので冒頭の爆破シーンなんかは、いかにもテレビ的であんまり好きじゃないなぁと思ったりもしたんですが。

 

改めて観てびっくり。

 

評判通り、堤真一の演技が素晴らしいですね。

原作を読んでいるにも関わらず、ラストはついつい涙してしまいました。

 

石神が彼女たちとの出会いとその後の日々を回想するシーン。

実に切なかった。

 

そして原作には登場しない内海刑事も、柴咲コウの勝気そうなイメージと違い、実に女の子らしい可愛らしさを発揮していましたね。

 

名作と言われるのもうなずけます。

 

実に面白い。

 

https://www.instagram.com/p/Bqn-trQlnqg/

#容疑者xの献身 #東野圭吾 読了#第134回直木賞 受賞作品東野圭吾ってあんまり得意じゃないんですけどね。多作で話題作も多い一方、大味でガツンと来る作品に巡り会える確率は低い印象なんです。でもこれは良かった。ちょっとずつ重なってい違和感が最後にぐるりと解消されるカタルシスと、石神に漂う切なさの組み立てが素晴らしい。食わず嫌いは良くないですね。ガリレオシリーズは今後も読んでみます。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『ネバーランド』恩田陸

「お互い自分の身を守れるように一つだけルールを考えたから、それに従ってもらえないかな」

「ルール?」

 統が素早く反応した。

「うん、一つだけ嘘を混ぜてほしいんだ」

冬休みに帰省せず寮に残る事を決めた四人の男子高校生。

迎えたイブの夜、彼らだけの秘密の告白ゲームが始まって……。

 

上の設定に興味を持ったら即読むべきでしょう。

今回読んだ本は恩田陸ネバーランドです。

 

 

始まりはホラーから

物語の主人公は美国(よしくに)。

『帰る』という言葉に女々しさを感じるという彼は、今年初めて残る事を決断します。

 

一緒に残るのは寛司と光浩の二人。

 

遠く博多から来ているという光浩は毎年寮に残り、明るく快活な寛司は両親が離婚調停中である事から美国とともに初めての居残りを経験します。

 

そこへやってくるのが統(おさむ)。

彼は元々自宅からの通学組ですが、片親である父は遠く種子島の研究所におり、たった一人で生活している彼は、当然のように三人の間に混ざり込むのです。

 

スーパーで買い出ししてきたごちそうやケーキに囲まれる中、イブの夜だから懺悔大会をしようと提案する統。

 

彼の口から語られたのは、「自分が母親を殺した」という衝撃的なものでした。

統は「白い服を着た女が追いかけてくる」と恐怖の告白をするのです。

 

翌朝、目を覚ました彼らの前に、首つり死体のように吊るされた人形が現れ――

 

……って

 

めちゃくちゃホラーじゃないですか?

 

イブの夜、ろうそくの明かりの中で告白ゲームを始める四人の少年。

そこで語られる実の親の殺害。

翌朝現れる謎のおぞましい人形。

 

いかにも定番中の定番といったホラーの舞台装置が整いすぎてしまいます。

 

また、人形のいたずらを仕掛けたのは誰なのか。

 

文中に明言はされませんが、やはり四人の中の誰かなのだろうと勘繰らずにはいられません。

 

誰が。

どうして。

 

綾辻行人の『囁きシリーズ』を彷彿とさせるホラー&ミステリーな雰囲気が高まります。

 

 

それぞれが抱えた事情と悩み

ところが物語はそこから四人それぞれの事情へとピントがズレていきます。

寮で自殺したクラスメート。

美国が彼女と別れた理由。

突然訪れる寛司の両親。

光浩の生い立ちの秘密。

 

などなど。

 

序盤に流れたホラーテイストはいつの間にやら消え失せ、何やら青春群像へと変貌するのです。

 

そうしてお互いの事を知るにつれ、最初は喧嘩やいさかいの絶えなかった四人の間で、少しずつ絆が深まっていきます。

 

 

腐女子向け・ボーイズ萌え

とにかく全般に言えるのは「腐女子向け」という事でしょう。

短くはない冬休みを四人だけで過ごす事になったとはいえ、男目線で読むと違和感を感じざるを得ない部分も多々あります。

そもそも最初から連れだって買い出しに行くし。

クリスマスイブぐらいはありかなーと思わなくもないですけど、翌日からも光浩が料理当番のようになって、朝と夜に決まって食事を準備してくれたりします。

突然テニスで争ってみたり、別な日には「ランニングする」と言い出した美国に他の三人まで参加したり。

決まって芝生なりコートなりの上で四人が仰向けになって空を見上げてみたり。

 

違和感の最たるものは寛司の言動でしょう。

美国がお気に入りだという彼は、ちょくちょく美国への好意を口に出します。

 

「惚れ直してくれた?」

「うん。体抜きでだけど」

 

こういう会話って男同士でするもんかなー、と……。

 

なんとなく女の子同士だと「かわいい」「大好き」みたいな言葉を同性同士で割と気軽に言ったりする感がありますが、男同士だと、それこそ少女漫画の中ぐらいじゃないでしょうか。

 

そういう意味では恩田陸自身が腐女子要素を持った人物なのかもしれません。

 

ちなみにあとがきには

 

「高校生がさわやかすぎる」と言われることもあるのだが、私の知っている高校生、私の知っている少年たちはこうなのだ。ま、多少の理想は入ってますが。

寮が舞台ということで、知り合いの編集者で某超有名私立高校で寮生活を送っていた男性に話を聞いた。しかし、あまりにも美しくない実態に、参考にはしないことにした。

 

と著者本人が書いていますので、現実感よりも美しさを優先した確信犯なのでしょう。

 

とはいえ、気になる人には気になってしまうかもしれませんが……。

 

回収されない伏線

 また、恩田陸作品を読む上で要注意なのは回収されない伏線がままある、という点でしょう。

処女作である『六番目の小夜子』の時からその傾向はありましたけどね。

 

linus.hatenablog.jp

 

本書も初期作品という事で、その傾向がまだ強く残っています。

統の告白だったり、美国が見たお化けの正体だったり……全容がすっきりとしないまま、物語が終わってしまうのです。

 

ミステリー作品を読みなれていて、きっちり伏線が回収されないと気持ち悪いという方には、恩田陸は向かないかもしれません。

 

とはいえ、きっちり回収して丸く収める恩田陸作品として『ドミノ!』があげられると思うんですが、僕個人的には『ドミノ!』よりは本書の方が楽しめました。

 

linus.hatenablog.jp

 

なので伏線回収=面白い、という単純な図式ではないという事も付け加えておきます。

 

なんか悪評が多い気がするけど

 

結果として、一番重要なのは面白いのか、つまらないのか、という点に尽きると思うんですが、これが意外と

 

 

面白い(笑)

 

 

さんざんけなしといてそれってどうなの? ……とは自分でも思いますが、どうしても本書については“アラ”の方が目についてしまいまして。

 

ストーリー的にもそう起伏があるものではありませんし、一人一人の内面や背景を描くという意味では夜のピクニックに近いと言えるのかもしれません。

 

全体通してみると普通に面白い。

 

まず冒頭のホラー&ミステリー風味で物語に惹き込まれてしまうし、その後はちょっと昭和テイストを感じる青春描写が鼻につく点を除けば、テンポもよく、四人の関係もよく現れていて、退屈することなくサクサク読めてしまう。

 

270ページ弱という決して長くはない作品の中に7日間1日ずつ章立てされているおかげで、軽快な短編集でも読んでいる気分で読み進められました。

 

蜜蜂と遠雷夜のピクニックに比べれば見劣りするのは仕方ありませんが、物語の完成度としては悪くはなかったと思いますよ。

 

あとは何度も描いてきた“腐”っぽい情景描写や回収されない伏線といったアラの部分が受け入れられるかどうか、でしょうね。

 

個人的には悪くなかったので、また別の恩田陸作品を探してみます。

 

では。

linus.hatenablog.jp

https://www.instagram.com/p/BqeT90MFYoR/

#ネバーランド #恩田陸 読了冬休み、寮に残った四人の男子高校生たち。イブの夜、告白ゲームが始まりそこで明かされる壮絶な過去。やがて他の三人にもそれぞれに秘密や悩みがある事がわかり……。 といった概要に惹かれるようであれば即買いでしょう。しかしながら注意点があります。①腐・BLっぽい②色々古い(初版2000年)③初期の恩田作品は伏線回収されない場合がある特に伏線回収にこだわる派の人には恩田陸は勧めないかなぁ。個人的には普通に楽しんでしまいました。やっぱり恩田陸は好きです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい.. ※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。